<シュルエット>
影を追いかけると
おんなじ距離へ
スッとにげる
前へ行っても後ろへ飛んでも
スッとうごく
私とあなたのように
いつもおんなじ距離で
その距離は
月と太陽よりももっと遠く
おとなりのドアのように
ずっと近くて
たぶん
他の人には見えているんだね
だって影のこっち側からのぞくと
近づいたり遠のいたり
ゆれたりゆらいだり
距離がうごいていて
とても不思議なんだ

<こころを癒す言葉>
そうしてめぐる、風とか、水の音色とか、匂いとか、取り巻くもの。そっとかき寄せ
るのか、抱かれているのか、きっとどちらともつかなくもありどちらでもあるんだろ
う。そういうものなのだろう、
< @_Heliophila_さん 写真家 2012・5・25twitterより>
こころがとてもピュアになったとき自然が見え、聴こえ自分がそこに体を委ね癒す
ことができるのだろう。詩的で空気みたいないい言葉だ。 いろいろな方の日々の
twitterのつぶやきの中からお気に入りとして保存している。その中からの一篇。

<四十肩>
スポーツジムで顔見知りのご婦人、肩が痛く腕が上がらないとのこと、
病院で「四十肩ですね」と言われたと嬉しそう。・・んー・・複雑・・・
ここは平和だと思った。

<がくあじさい>
がく紫陽花のつぼみがぐんぐん大きくなってきた、花のつぶつぶのつぼみも飛び散る
花火のような装飾花も今にも弾けて開きそうだ。力をためて。
くもりそらはねかえすほどあじさいのつぼみはここにちからをためて


<陶芸教室ー筒物 手びねり>
直径8mm位のひもをつくりぐるぐると積み上げ接続部分を上下に伸ばしながら
1体に成型する。これは1本づつひもを四角に積んで成型。本来はたたらという
板を作って貼り合せるのが早く、綺麗なのだろうが、それだけの技術がない。
先輩方と一緒にやると自分の未熟さをひしひしと感じる。
赤土 手びねり 65×65×高220mm
<土練ー菊練 作業写真>先生と土練実習中の受講生の方。
陶芸の大事な作業のひとつ。ろくろにしろ、手びねりにしろ作品を作る前に土を
馴染ませ、中に含まれる空気などを追い出す作業。こねた形が菊に似ているの
で「菊練」と呼ばれる。コツが有りあまり力をいれなくてよい。

<柏葉あじさい>
私の仕事の席は2階である。朝出勤するとまず、窓を開けて、新鮮な空気を入れる。
その時ふと下を見ると、柏葉あじさいが白い花をつけているのが見えた。 「ああも
うこの花の咲く季節なんだ。」早速次の日出勤を回り道してその花を見に行った。
思ったよりおおぶりな木に白い花が雨にぬれていた。
柏葉の真白き花の咲き出でてつゆのはしりの雨にぬれおり
<思わず笑ってしまったマウスのこと>
最近のマウスはコードレスが多い。
コードが無い分机の上を自在に動き回れる。どうしてこれでパソコンが
動くのだろうと不思議に思う。蓋を開けても電池しか見えない。
昨日外出から帰った同僚がパソコンに向かいしきりと腕を動かして
「アレ?アレ?」と首をかしげている。彼は普段綺麗な卵型のガラス製
ペーパーウェイトを使っている。それを右手に包んで目は画面にくぎづけ。
そのペーパーウェイトもどこかに電池を入れないと?動かないらしい・・・
「動くかっ!そんなもんで」
思わず笑ってしまったけれど。明日はわが身である。^_^

<100日目>
今日。5/24でブログ「詩歌集 雪割一華」を開設して丁度100日目となるその日はまだ
雪の降る2月末の事だった。仲の良い友人達と湯原温泉に1泊2日の旅行に出かけ、
帰りのバス待ちの時間に友人の力を借りて登録した。以前から仲良くしていただいて
る方が作品を発表するブログをもっておられたので同じ形が欲しくてたまらなかった
のである。昨日でトータル アクセス17000回 ゲスト6700人にのぼった。当初しばらく
は非公開の予定だったが、不慣れなため設定を間違えた。でもそれで良かったのだ
ろう。今も開設を手伝ってくれた友人、編集など細かくアドバイスしていただいたTWの
友人にとても感謝している。そして、自分に創作の場を作ってくれた「雪割一華」にも。
皆様へ粗末ですが自分の思い付くままに大事に書いてゆきますのでたまにのぞいて、
お声などお聞かせいただければ励みになります。
そして 心から ありがとう
<プラタナス*鈴懸の木>
去年の秋の
落ち葉が残していった
一通の木の葉の手紙
茶色く古びてしまったけれど
文字もうすくなったけれど
舗道を吹き抜ける風が
体をつき抜けて行った
冷たさを思い出させる
五月の透明な光の中で
若葉のキラリと重なる
プラタナスの緑の葉陰は
そんなことなどなかったように
碧い空に翻っている
もうすぐ一年
「きっと忘れずに帰ってくるよ」と
書いてあったんだよ
京都の街は
また、プラタナスの
季節になっているよ

<昼咲月見草>
黄色い月見草に比べこぶりのピンクの花。夕化粧のようにミニサイズでもないが道端に
咲くと、とても存在感がある。名前のように月となかなか逢えない花。
陽を浴びてピンクの花は風に揺れ日蝕の日の月と出逢えり

<雲間のリング>
932年前、平安時代の人はこの太陽のリングを見てどう思ったのだろう。不可思議
な自然現象を神のなせる業として大いにおののいたに違いない。生物はこの太陽の
素晴らしいエネルギーを享受して日々生きることを許されている。自然界のものは
皆太陽の申し子なのだ。宇宙レベルの偉大さもそうだし、窓の植木鉢の草の芽もそ
うだし。そこを泳いでいる自分もそうだし。ナチュラルに生きよう。無理せず、背伸
びせず、自然体で。そして、太陽と月の重なりの大きなパワーを貰えたことに感謝
して。 ☆金環日蝕の日光を浴びながら☆
金環蝕
2012-05-21 | 短歌


<金環蝕>
932年ぶりと言う日食。日本中が雲行きをながめながら悲喜こもごもだった
ようだ。雨の降ったところもあるようで厚い雲にはらはらしながら少しでも
観測できた近畿はまず良しとせねばなるまい。一応リングには巡り遇えたの
だから。
雲間より待ちわびる環の現われて言葉失うため息の中


<陶芸教室 作陶>
1回目信楽赤土を使い筒物をつくる。手まわしのろくろを使いひも状に伸ばした
粘土をぐるぐると積み重ねてゆく。花瓶といっても各々個人のオリジナリティー
が随所に発揮され、それぞれ違う形に出来上がって行く。
この写真の受講生はみなさん同じ課題に取り組んでいる。次回に表面を削った
りして形を整えてから乾燥→素焼きの工程へ進む。約1時間半の作陶である。
とても楽しい時間を過ごす。完成品は、去年の作品です。

<日の出ずる国・太陽>
5.21の金環食で太陽がちょっとしたブームだ。もともと太陽の姿は地球規模から
見るとまるで変化はない。今回も地球と太陽の間を月がよぎるだけなのだが。人
間達にはめずらしい光景なのだ。21日はいい天気であれと祈る。500mm望遠・オ
ート
あまてらす神のすがたに手を合わせ我が心今日も曇りなきよう

<あさつゆ>
ゆうべの雷雨がうそのような静かな朝。カラスムギの大きなつゆが水晶の様に
つらなっている。向こうの景色はみんな逆さまでユーミンの「ソーダ水の中を
貨物船が通る♪」が、ふと頭の中をよぎった。とてもいい朝である。