
2002年の春のことだ。
香港にゆきたんく一家とのりたんの両親ででかけた。
となると飛行機に乗らねばならない。
この時までは北海道に行った時と、シンガポールに行った時の2回しかない。
少しは揺れたが怖さを感じるほどではなかった。
そして3回目・・・。
飛行機で一番危険といわれる離陸から安定飛行に入り、シートベルトもはずし、機内のドリンクサービスが始まり「旅っていいなぁ。」と思った直後だ。
九州上空くらいだったか。
ドリンクサービスのコーラが横揺れでバシャバシャこぼれた。
機内放送が聞こえた。
機長(英語)とスチュワーデス(日本語と中国語)のアナウンスで「ただいま気流が大変に乱れております。シートベルトを着用願います。」
と言ったところか。
しばらくして今度は縦揺れが始まり、隣にいた飛行機慣れをしている女房も「これは、あんまりだ。」とつぶやく。気の小さい私の頭の中に昭和60年の事故のことが思い出される。「ダッチロール」、「フゴイド(縦ゆれ)」…。女房が追い討ちをかけるように「コックピットで何か分かっても絶対に乗客には言わないからね。」
スチュワーデス席の脇の電話が何回も鳴り、非常事態を感じさせる。
気の小さいゆきたんくだ。「もうだめなのか・・・。」と本気で思った。
そして香港までの飛行機の旅の中でラスト1時間だけゆったりした。
食事のサービスも揺れが収まったので出されたが食欲はなかった。なんとフォークとナイフがプラスチック製だ。テロ防止のためということは分った。脳裏にWTCテロの事件が思い起こされる。
帰国後に知ったのは、毎年中国から長崎の方へ空の旅をする黄砂が今年は多く、この年は北海道まで飛んだという話だった。その黄砂が吹きすさぶ中を通過したらしい。
あれから数回の空の旅を経験したが、その時ほどこわい思いをしたことはない。