5月9日、午前中は曇り、と報じられていたので、朝の8時半過ぎから堂ヶ島の中心街の近くにある遊歩道を
一時間ばかり散策した。
この後、『海の道』を歩く予定にしていたので、短めとなったりした。
そして堂ヶ島最大の魅力と称せられる天窓洞は、白い凝灰岩からできており、その地下は蜂の巣のように海蝕トンネルができている。
この洞窟への入口は、東口と南口、西口があり遊覧船は、この南口から入り中央にある天井が丸く抜け落ちた天窓まで進み、
暗い洞窟の中に天井から、光の帯が海面まで差し込み神秘的な光景が見られる、伝えられている。
私たち夫婦は、1995(平成7)年6月初旬に、家内の両親を誘い、土肥温泉に宿泊した時、
この堂ヶ島に立ち寄り、遊覧船に乗船して、イワツバメが舞う中、神秘的な天窓洞を見たりした。
今回、私たちが散策したは、天窓洞を上からも見ることができる堂ヶ島遊歩道のコースである上、
周辺の島々が展望できる快適な路であった。
翌日、小雨が予報されていたが、曇り一時快晴となり、10時半過ぎから、街中、付近を散策した。
そして私は家内と別れて、天窓洞にある『昭和天皇歌碑』を訪ねた。
何かしら昭和29年に昭和天皇がお越しになられた際、と御詠みなされた歌碑であった。

たらちねの
母が好みしつわぶきは
この海の辺に
やがて花咲き匂ふ
この後、与謝野鉄幹・晶子の歌碑があると知り、私は立ち寄ったりした。
昭和10年の早春に、ご夫妻は堂ヶ島に訪れ、天然記念物に指定されている天窓洞を見て詠まれた、
と伝えられる歌である。

”島の洞 御堂に似たり舟にして 友の法師よ 参れ心経“ 鉄幹
”堂ヶ島 天窓洞の 天窓を 光てくだる 春の雨かな“ 晶子
私は和歌も詠めないつたない身であるが、晶子さんが詠まれた一句に、
やはり歌人としては才女だ、と微笑んだりした。
やがて私は、お土産屋さんで家内と合流した後、『加山雄三ミュージアム』が視えたが、
私は街起こしに協力している加山雄三さんの主旨は理解できるが、
私は加山雄三さんの言動には苦手であったので、通りすぎたりした。
そして私たちは街外れを散策した後、昼食代わりに食堂に入ったりした。
家内は生しらすと生桜エビを盛った丼(どんぶり)を食べたりしたが、
私はイカの『舟上沖干し』を注文した。
大きめのイカが、二日干しより幾分固かったが、これが私としては最適であり、
ビールを2本ばかり飲みながら、至って満足な風味となったりした・・。
しかしながら家内は、期待した味より欠落した為、コーヒーを注文して飲んだりしていた。
やがて食堂を辞して、私は『セブンイレブン』に立ち寄り、
本日発売の総合月刊雑誌の『文藝春秋』(6月号)を買い求めたりした。
この後、歩いて宿泊先の『堂ヶ島温泉ホテル』に帰還する途中に、小さなお堂が視えたので、
私たちは立ち寄った。

宿泊先に戻った後、このお堂は『堂ヶ島薬師堂』で、鎌倉時代に製作された寄木造りによる木像薬師如来坐像、
木像阿弥陀如来坐像、木像釈迦如来坐像が安置され静岡県の重要文化財に指定されている、
と知り、私は無知なことが多すぎる、と微苦笑したりした。
*当面はコメント欄を閉鎖させて頂きます。
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一時間ばかり散策した。
この後、『海の道』を歩く予定にしていたので、短めとなったりした。
そして堂ヶ島最大の魅力と称せられる天窓洞は、白い凝灰岩からできており、その地下は蜂の巣のように海蝕トンネルができている。
この洞窟への入口は、東口と南口、西口があり遊覧船は、この南口から入り中央にある天井が丸く抜け落ちた天窓まで進み、
暗い洞窟の中に天井から、光の帯が海面まで差し込み神秘的な光景が見られる、伝えられている。
私たち夫婦は、1995(平成7)年6月初旬に、家内の両親を誘い、土肥温泉に宿泊した時、
この堂ヶ島に立ち寄り、遊覧船に乗船して、イワツバメが舞う中、神秘的な天窓洞を見たりした。
今回、私たちが散策したは、天窓洞を上からも見ることができる堂ヶ島遊歩道のコースである上、
周辺の島々が展望できる快適な路であった。
翌日、小雨が予報されていたが、曇り一時快晴となり、10時半過ぎから、街中、付近を散策した。
そして私は家内と別れて、天窓洞にある『昭和天皇歌碑』を訪ねた。
何かしら昭和29年に昭和天皇がお越しになられた際、と御詠みなされた歌碑であった。


たらちねの
母が好みしつわぶきは
この海の辺に
やがて花咲き匂ふ
この後、与謝野鉄幹・晶子の歌碑があると知り、私は立ち寄ったりした。
昭和10年の早春に、ご夫妻は堂ヶ島に訪れ、天然記念物に指定されている天窓洞を見て詠まれた、
と伝えられる歌である。

”島の洞 御堂に似たり舟にして 友の法師よ 参れ心経“ 鉄幹
”堂ヶ島 天窓洞の 天窓を 光てくだる 春の雨かな“ 晶子
私は和歌も詠めないつたない身であるが、晶子さんが詠まれた一句に、
やはり歌人としては才女だ、と微笑んだりした。
やがて私は、お土産屋さんで家内と合流した後、『加山雄三ミュージアム』が視えたが、
私は街起こしに協力している加山雄三さんの主旨は理解できるが、
私は加山雄三さんの言動には苦手であったので、通りすぎたりした。
そして私たちは街外れを散策した後、昼食代わりに食堂に入ったりした。
家内は生しらすと生桜エビを盛った丼(どんぶり)を食べたりしたが、
私はイカの『舟上沖干し』を注文した。
大きめのイカが、二日干しより幾分固かったが、これが私としては最適であり、
ビールを2本ばかり飲みながら、至って満足な風味となったりした・・。
しかしながら家内は、期待した味より欠落した為、コーヒーを注文して飲んだりしていた。
やがて食堂を辞して、私は『セブンイレブン』に立ち寄り、
本日発売の総合月刊雑誌の『文藝春秋』(6月号)を買い求めたりした。
この後、歩いて宿泊先の『堂ヶ島温泉ホテル』に帰還する途中に、小さなお堂が視えたので、
私たちは立ち寄った。

宿泊先に戻った後、このお堂は『堂ヶ島薬師堂』で、鎌倉時代に製作された寄木造りによる木像薬師如来坐像、
木像阿弥陀如来坐像、木像釈迦如来坐像が安置され静岡県の重要文化財に指定されている、
と知り、私は無知なことが多すぎる、と微苦笑したりした。
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