先程、ときおり愛読している公式サイトの【 NEWSポストセブン 】を見たりした中で、
『 セルフレジに戸惑う高齢者が発したひと言で ふと我に返った話 』と題された見出しを見た。
私は東京の調布市に住む年金生活の74歳の身であるが、
我が家の平素の買物は、私が家内から依頼された品を求めてスーパーなど行っている
買い物メール老ボーイとなって早や15年生となっている。
こうした中で、あるスーパーに於いて、一年前の頃より「自動会計レジ」(セルフレジ)が導入されて、
私は戸惑ったりしてきた体験があり、どのようなことですか、と思いながら記事を精読してしまった。
この記事は、ライターの宮添優さんが「自動会計レジ」によって明るみに出た格差についての寄稿文であり、
公式サイトの【 NEWSポストセブン 】に2019年1月27日に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・人手不足を補い、効率化を目的として、様々な場所で自動化がすすんでいる。
大手チェーンを中心にすすむ「自動会計レジ」(セルフレジ)に対しては、
高齢者を中心とした使い方に馴染めない客をめぐって、様々な角度からの苦情が絶えない。
ライターの宮添優氏が「自動会計レジ」によって明るみに出た格差について、考えた。
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東京下町のとあるスーパー。
年末の買い出し客で、大混雑のフロアを右往左往しながら、なんとか年越し用の食材をカゴにぶち込むと、
そのままレジの長い行列に並んだ。
会計までに何10分も並ぶのか・・・そんな筆者の不安は、杞憂に終わった。
なぜならそこは「自動会計レジ」だからである。
会計は奥に設置された機械で行い
「従来の3分の2ほどの時間で、会計が済ませられる」(同スーパー店員)のだ。
端の方に設置された2列のレジは、
店員が商品一つ一つレジを打ち、会計まで済ませる従来通りのもので、長い行列のほとんどは高齢者だった。
「年寄りは二の次ってことかねぇ、もう20分は並んでるよ」
従来型レジに並んでいた東京・葛飾区の女性(70代)はいう。
一度知らずに自動会計レジを使ってみたものの、会計機の使い方がわからず、
店員に教えてもらいながら操作したところ、後ろの客からは舌打ちされ、
周囲の客からの視線に、肩をすくめざるを得なかった。
だから、何10分かかろうと従来型のレジ列に並ばないと、安心して買い物も出来ない。
女性にとってこうした経験は、デジタル化社会、スマート化社会が
いかに自分や年寄りから離れた世界の出来事かと思わせるには、十分な「トラウマ」となった。
こうした疎外感を感じる高齢者は少なくない。
別のスーパーでも「自動会計レジ」をめぐる高齢者トラブルが後を絶たないと、
同スーパーのマネージャーが解説する。
「やり方がわからない、こう(自動化を)して我々をいじめるのか、
という高齢のお客様からのご意見は多いです。
その都度、従業員がご説明に当たらせていただいており、お客様が“買えない”という事態は、発生していないのですが、
一方で別のお客様から“高齢のお客様を自動会計レジに並ばせるな”などといったご意見も頂戴しており、
こちらとしては、その都度フレキシブルに対応するしかないのが現状です」(スーパーマネージャー)
古くは「駅の自動改札化」がなされた時も、
同じような高齢者からの反発、意見があったと聞く。
つい先日、筆者も駅の自動券売機売り場や改札で、ICカードの使い方がわからないと、
申し訳なさそうに駅員の世話になる高齢者を見た。
もし、孫ほどの年齢の駅員に邪険に扱われれば、
もう二度と電車など乗りたくない、そう思うのも仕方がないだろう。
周囲にいた中年、若年の客たちも、件の高齢者に冷たい視線を投げかけていた。
お恥ずかしい話だが、筆者も彼らと同じで手間取る高齢者を、苛つきながら見ていた。
話は慌ただしい年末のスーパーマーケットに戻る。
筆者が自動会計機で会計を済ませ、商品をレジ袋に入れていたところ、
やはり会計機の使い方がわからないという高齢女性が、
従業員に指示されながら四苦八苦しつつ、財布から小銭を取り出していた。
お気の毒に・・・と思って眺めていた筆者。
だが、その女性からは、なんとも可愛らしく、
そして上手い生き方をしているとしか思えない、予想外の発言が飛び出した。
「こういうのは、わからないけど、未来みたいで楽しいわね。
おばあちゃんは、若い人に教えてもらうしかできないけど、がんばって覚えるからね」
女性の言葉を聞いた客、そして従業員、全員の心が温まった気がした。
同時に、筆者は間違いなく
「年末の忙しい時に、モタつく老人がいて迷惑だ」と考えていたことにも気づかされた。
高齢者と若年層の間には、収入など立場の違いから
これまでにないほどの高い壁が聳えているようにも感じるが、
その壁を取り去る方法が、街角のスーパーの何気ない出来事から見いだせたような、そんな気がした。
30代の筆者ですら、今の若者文化については「わからない」と匙を投げてしまうし、
理解しようとも、迎合しようともしない。
きっと筆者は、現代社会でも嫌われる老人のように、
偏屈で不寛容で、押し付けがましい「年寄り」になるはずだと、自分でも思っている。
でも本音では、この老婆のように、社会に温かく迎えられ、若者に愛されるような、
可愛らしく、気の利いたことを言ってみたい。
慣れないことに、戸惑う人を邪険にするのではなく、自分が知らない、
分からないことに対して、頑なになるのでもなく、互いが寛容の精神を忘れずに・・・。
わからない人を除外する、わからないから離れる、というのは最悪だ。
超高齢化社会を迎える我が国だからこそ、
高齢者には、長く社会の一員として、頑張ってもらわなければならないし、
不満はあるかもしれないが、中年、若者たちには、
高齢者と上手く付きあってもらい、この社会を持続させていくほかない。
例えば、多少割高になろうとも、
高齢者が安心して買い物ができるサービスを提供するスーパーがあってもいいだろうし、
無人レジ、ICカードなどの使い方を教えるセミナーがあってもよいだろう。
高齢者という、決して「マイノリティ」ではない人々に、
ビジネスチャンスを見出す若者だって出てくるはずだし、
そうした情報を発信する“You Tuber”などが現れ、注目されるなどという事があるかもしれない。
高齢者問題については、感情的な議論が先行し、
世代間のギャップは、ますます深まるばかりにも思える。
卓上の議論ではない、奇抜なアイデア、イノベーションの登場を期待したい。・・》