先程、ときおり愛読している公式サイトの【 PHPファミリー 】を見ている中、
『 否定的な言葉に注意! 脳は思考より言葉を信じる 』
と題された見出しを見たりした。
私は何かとプラス思考の74歳の年金生活の身であるが、
《・・脳は思考より言葉を信じる ・・》って、どのようなことなの、と思いながら、
記事を精読してしまった・・。
この記事の原文は、『PHPスペシャル』 2月号に掲載された記事のひとつで、
人財教育家、メンタルコーチされている飯山晄朗(いいやま・じろう)さんの寄稿文であり、
公式サイトの【 PHPファミリー 】に2019年1月17日に配信され、無断であるが転載させて頂く。
《・・否定的な言葉に注意! 脳は思考より言葉を信じる
☆脳は「思考」より「言葉」を信じる
うまくいけば「やったぁ!」、うまくいかなかったら「もうやだ!」。
このように私たちには、つい言ってしまう口ぐせがあります。
意識しなくても、勝手に口から出てくる言葉だけでなく、
頭の中に浮かぶ言葉も含めると、かなりの数の言葉を、私たちは毎日つぶやいています。
そんな言葉は、脳に大きな影響を与えています。
言霊と言われるように、言葉には命が宿り、私たちの心に不思議な作用を及ぼすと信じられてきましたが、
これは、「入力(思い・イメージ)よりも
出力(言葉・動作)を信用する」という脳の仕組みのことを言っているのでしょう。
うまくいけば「やったぁ!」、うまくいかなかったら「もうやだ!」。
このように私たちには、つい言ってしまう口ぐせがあります。
意識しなくても勝手に口から出てくる言葉だけでなく、
頭の中に浮かぶ言葉も含めると、かなりの数の言葉を私たちは毎日つぶやいています。
そんな言葉は、脳に大きな影響を与えています。
言霊と言われるように、言葉には命が宿り、私たちの心に不思議な作用を及ぼすと信じられてきましたが、
これは、「入力(思い・イメージ)よりも、出力(言葉・動作)を信用する」
という脳の仕組みのことを言っているのでしょう。
☆「思考」を変えないと「言葉」は変わらない
言葉を発すると、言語中枢のある左脳から脳梁に情報が伝わり、
右脳でイメージを生み出します。
そして、イメージに沿って、右脳から感情脳の扁桃核に情報が伝達され、感情が引き出されます。
そこで生じた感情に応じて、思考が生み出されるようになっています。
つまり、言葉と思考は密接にかかわっていて、
言葉が後ろ向きになると、同調するように思考も後ろ向きになってしまいます。
ネガティブな言葉をつい使ってしまう自覚がある方は、思考のクセを見直してみてはいかがでしょうか。
その一つの方法に「肯定的な願望を持つ」というものがあります。
☆理想の自分を具体的に思い描いてみる
「つらいな」、「苦しいな」と言葉にすると、途端にやる気がなくなりますが、
そんなつぶやきをしてしまう原因は、「願望」がないからかもしれません。
願望とは、「将来の自分への肯定的なイメージ」のこと。
「全国大会の大観衆の中でプレーをしている」、「全社員の前で表彰されている」など、
望む結果が得られて喜んでいる将来の自分をイメージしましょう。
願望を持たずにしていることは、やらなければいけないこと、
つまり義務でしかなく、がんばる意味を見失うため、自ずと言葉も後ろ向きになります。
一方、願望を持つと、やらなければいけないことも、楽しめるようになり、
つらくても前向きな言葉で自分を励ませるようになります。
「願望なくして辛抱なし」なのです。
☆願望を紙に書き出す
願望を実現している理想の自分を思い描くときには、
頭の中でイメージするだけでなく、日記にして文章に書いてみると有効です。
ここで重要なことは、文章だけでなく、
実現した状態の絵を描くか、イメージできる写真を貼ることです。
絵や写真を使うと、脳にイメージが定着され、見るだけでワクワクするようになります。
そして、前向きな思考が頭の中をめぐるようになると、
おのずと口ぐせもポジティブなものに変化していきます。・・》
今回の記事を読み終わった直後は、私はマイナス思考だった小学生の当時を思い馳せて、
独り苦笑したりした。
私は小学5年の頃まで、劣等感と卑屈にさいなまれ、いじけた可愛げのない屈折した児であった。
兄の2人は学校の成績が良く、私は通信簿は『2』と『3』ばかりの劣等生で、
通信簿を学期末に頂くたびに、
お兄さんの2人は優秀だったのに、と担任の女の先生が溜息まじりに言われたりしていた。
この当時の私は、クラスの仲間からは、私を『三原山』とあだ名を付けられていた。
何かと平素は無口の癖に、ときたま怒り出し、周囲の多くの同級生が困惑し、
伊豆七島のひとつの大島には『三原山』があり、幾10数年ごとに爆発する活火山の由来だった。
やがて小学6年生の頃になると、突然に人前でおしゃべりをすることが大好きと変貌して、
見知らぬ小父さん、小母さん対しても、私の方から話すようになり、
母、兄妹、そして父の妹でこの当時未婚だった叔母も驚いていた・・。
これ以来、私は何かとプラス思考のお調子者のひとりとなって、
学生時代、社会人のサラリーマンの中、
ときにはトンボのように自由にふるまったり、おだてられると高揚しながら奮闘したりしてきた。
こうした中で、同じ業務をするんだったら、明るく楽しく・・と職場の中で、
幾たびも公言したりしてきた。
或いは睡眠不足で疲れ果てながらも、自分の敵は自分です、と自身を叱咤激励したりしてきた。
このように私は、小学生、中学生の時代は劣等生であり、できれば消しゴムで消したいが、
こればかりはなぁ・・と苦笑したりし、あまり思いだしたくないのが本音である。
私は亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。
そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、
女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。
或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらくねぇ・・、と私は笑いながら逢ったりして、
日中はコーヒー、夕暮れからはビールか水割りのウィスキーを飲みながら、談笑をしたりしている。
ときおり国内旅行は私たち夫婦の共通趣味のひとつで、幾たびか遊学を重ねてきたが、
旅先でも、私は食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、話しかけて談笑したりしている。
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。
こうした中、我が家の私たち夫婦の両親は、家内の母だけとなり、遠い地に独り戸建に住んでいる。
ここ5年、家内が遠い地に住む家内の母の介護で、家内の妹と交代しながら、
家内の母宅に5泊6日前後で行っている時は、私は我が家でひとりぽっちの『おひとりさま』の生活をしている。
こうした時、何かとプラス思考の私は、これも人生だよねぇ・・と微苦笑しながら過ごしたりしている。