夫の両親が、ヨーロッパ旅行から想定外に早く戻ってきた、その翌日。
家に帰ると、冷蔵庫の中に見覚えのない食品があれこれ入っていて、
テーブルの上に、雑多なものが無造作に置いてあった。
それらは、夫の母が、自分が食べないであろうと思われる食品であったり、
自分が不要な、あるいは自分が買ったものではないと思われるものだ。
食べかけの瓶詰めピクルスや、しなびかけた野菜は我が家でも食べないから、そのまま廃棄。
スターバックスなんかで売っている、保冷機能付きのカップの蓋だけ4枚とか、
裸のストロー3本とか、誰かの頂き物の置物は、うちにあっても仕方がないから廃棄。
捨ててくれればいいのに、とも思うし、
一言なにか言ってくれてもいいのに、とも思うけれど、
夫の母は、意地悪でそういうことをするのではないのだ。
ただ、そういう人なのである。
意地悪というのは、相手に不快な思いをさせようという気持ちをもって行う行為や発言だと思う。
そして意地悪、というと思い出す人がいる。
社会人になって初めて勤めたところは、ローカルのテレビ局だった。
私は美術部というところにいて、Tは報道部の庶務に配属されていた。
Tは化粧が濃く、服装も派手で、長く伸ばした爪は、いつも隙なく裏側まで艶々に塗られていた。
「医者か弁護士と結婚して、マニキュアを塗りながら帰りを待つのが夢」
と、うっとりと話すTは、間違いなく私がそれまでの人生で出会ったことがないタイプの人間だった。
Tは、「郵便局に行ってきまぁす」と言って出かけて
2時間後に、平気な顔をしてブランドものの紙袋をいくつか抱えて帰ってくる。
性格が悪いとか、そういうんじゃないんだけれど、とにかく不思議な人だった。
あるとき、Tが美術部にやってきて、郵便物を置いていった。
その中に、私宛に来た、クレジット会社からの封書があった。
Tは、郵便物をテーブルに置くと、シナシナとドアまで歩いてゆき、
ドアの手前でゆっくりと振り向いて、部内に響く声で言った。
「シロちゃん、それ、督促状、みたい」
その中身が何であったか忘れたが、督促状ではなかったのは確かだ。
Tは、嬉しくてたまらぬ、得意満面の顔で部内をひととおり眺めてから出て行った。
これはあとでわかったことだけれど、
Tは局内のお金持ちの子女たちと好んで付き合っており、彼らに合わせて買い物をしていたから
クレジットカード破産したとか寸前だったとかいう話。
お金持ちの子女たちというのは、誕生日に父親が新車のアウディにリボンをかけてテレビ局に届けてくれるだとか、
月に50万円の洋服代を貰っているだとか(言っておくけど30年ぐらい昔の50万だから)いった人達で、
普通の家庭で育ったTが、そもそも彼らと同じになろうとするのが無理である。
20年近くたってから、Tとは意外な場所で再会することになる。
念願どおり医者と結婚して、テレビ局時代の仲間が勤めているブティックに行き、
「私の夫、医者なの」
と、聞いてもいないのに得意だったという話は聞いていたが、
その結婚は幸せではなかったらしく、その後Tも苦労をしたのだと思う。
再会したときには独身で、幸せになろうと模索していた。
同じく模索中にあった私は、表面だけの挨拶をして、
互いの来し方については一切触れずに別れた。
夫の母が我が家に置いていった物たちを、
私はガレージにあるゴミ箱に捨てた。
夫の母がそれを見ればいい、と思ってそうしたのだけれど、
数分後、それを拾って、自分のゴミ袋に入れてそっと捨てた。
私の中にも意地悪はあって、それはできれば見たくないものだけど、
その部分だって私の一部。
私がしたことで、誰かが思いがけず傷つくのはどうしようもないが、
意地悪な気持ちで何かをする自分に気づくとき、なんともいえずいやぁーな気分になるのである。
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家に帰ると、冷蔵庫の中に見覚えのない食品があれこれ入っていて、
テーブルの上に、雑多なものが無造作に置いてあった。
それらは、夫の母が、自分が食べないであろうと思われる食品であったり、
自分が不要な、あるいは自分が買ったものではないと思われるものだ。
食べかけの瓶詰めピクルスや、しなびかけた野菜は我が家でも食べないから、そのまま廃棄。
スターバックスなんかで売っている、保冷機能付きのカップの蓋だけ4枚とか、
裸のストロー3本とか、誰かの頂き物の置物は、うちにあっても仕方がないから廃棄。
捨ててくれればいいのに、とも思うし、
一言なにか言ってくれてもいいのに、とも思うけれど、
夫の母は、意地悪でそういうことをするのではないのだ。
ただ、そういう人なのである。
意地悪というのは、相手に不快な思いをさせようという気持ちをもって行う行為や発言だと思う。
そして意地悪、というと思い出す人がいる。
社会人になって初めて勤めたところは、ローカルのテレビ局だった。
私は美術部というところにいて、Tは報道部の庶務に配属されていた。
Tは化粧が濃く、服装も派手で、長く伸ばした爪は、いつも隙なく裏側まで艶々に塗られていた。
「医者か弁護士と結婚して、マニキュアを塗りながら帰りを待つのが夢」
と、うっとりと話すTは、間違いなく私がそれまでの人生で出会ったことがないタイプの人間だった。
Tは、「郵便局に行ってきまぁす」と言って出かけて
2時間後に、平気な顔をしてブランドものの紙袋をいくつか抱えて帰ってくる。
性格が悪いとか、そういうんじゃないんだけれど、とにかく不思議な人だった。
あるとき、Tが美術部にやってきて、郵便物を置いていった。
その中に、私宛に来た、クレジット会社からの封書があった。
Tは、郵便物をテーブルに置くと、シナシナとドアまで歩いてゆき、
ドアの手前でゆっくりと振り向いて、部内に響く声で言った。
「シロちゃん、それ、督促状、みたい」
その中身が何であったか忘れたが、督促状ではなかったのは確かだ。
Tは、嬉しくてたまらぬ、得意満面の顔で部内をひととおり眺めてから出て行った。
これはあとでわかったことだけれど、
Tは局内のお金持ちの子女たちと好んで付き合っており、彼らに合わせて買い物をしていたから
クレジットカード破産したとか寸前だったとかいう話。
お金持ちの子女たちというのは、誕生日に父親が新車のアウディにリボンをかけてテレビ局に届けてくれるだとか、
月に50万円の洋服代を貰っているだとか(言っておくけど30年ぐらい昔の50万だから)いった人達で、
普通の家庭で育ったTが、そもそも彼らと同じになろうとするのが無理である。
20年近くたってから、Tとは意外な場所で再会することになる。
念願どおり医者と結婚して、テレビ局時代の仲間が勤めているブティックに行き、
「私の夫、医者なの」
と、聞いてもいないのに得意だったという話は聞いていたが、
その結婚は幸せではなかったらしく、その後Tも苦労をしたのだと思う。
再会したときには独身で、幸せになろうと模索していた。
同じく模索中にあった私は、表面だけの挨拶をして、
互いの来し方については一切触れずに別れた。
夫の母が我が家に置いていった物たちを、
私はガレージにあるゴミ箱に捨てた。
夫の母がそれを見ればいい、と思ってそうしたのだけれど、
数分後、それを拾って、自分のゴミ袋に入れてそっと捨てた。
私の中にも意地悪はあって、それはできれば見たくないものだけど、
その部分だって私の一部。
私がしたことで、誰かが思いがけず傷つくのはどうしようもないが、
意地悪な気持ちで何かをする自分に気づくとき、なんともいえずいやぁーな気分になるのである。
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