今年も、節分のお祓いにでかけてきた。
ホノルルにある、妙法寺でのお祓いも、今年で3回目になる。
友人に誘われて気軽な気持ちで行った3年前のお祓いを機に、
それまで停滞していた夫の仕事運が劇的に良くなった。
あとから思えば、夫は厄年の真ん中で、あの節分できれいさっぱりそこを抜けたかのようだった。
昨年の節分では、読経の間ずっと、夫はあらゆる「神々」の顔だけを脳裏に見させられた。
そして今年、神々の顔はでてこなかったが、お祓いのあと、厄年の人が前に呼ばれて豆まきをするのだけれど、
後厄でもないのになぜか夫の生まれ年も呼ばれた。
せっかくなので夫を前に出して、豆まきをさせてもらった。
これもきっと何か意味があるのだろう。
椅子に戻ってきた夫が、不安そうに聞いた。
「今年はよくないことが起こるの?」
「よくない年は今日で終わりで、明日からの1年はすごくいい年なんだよ」
夫は安心してガッツポーズをした。
適当に言っただけだけれど、単純な夫にはこのほうがいい。
妙法寺に行くと、いつもそこだけがオアシスのようにきれいな気が満ちている。
太鼓の音や、住職が手に持って鳴らす拍子木のようなものの甲高い音が鳴るたびに
その空気がますますピンと張って、澄んでゆくように思う。
「どんな宗教でもかまわない」
「神を信じていてもいなくてもかまわない」
という、住職さんのほんわかした雰囲気も心地いい。
ハワイは今日2月7日で、
明日8日が新月。
今年は、私が働いている職場が引越しを控えている。
場所というのはとても大事で、大きくエネルギーが変わる。
変化を前にして心がざわざわすることが多いけれど、
いいことにも、よくないことにも流されないようにしようと思っている。
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ホノルルにある、妙法寺でのお祓いも、今年で3回目になる。
友人に誘われて気軽な気持ちで行った3年前のお祓いを機に、
それまで停滞していた夫の仕事運が劇的に良くなった。
あとから思えば、夫は厄年の真ん中で、あの節分できれいさっぱりそこを抜けたかのようだった。
昨年の節分では、読経の間ずっと、夫はあらゆる「神々」の顔だけを脳裏に見させられた。
そして今年、神々の顔はでてこなかったが、お祓いのあと、厄年の人が前に呼ばれて豆まきをするのだけれど、
後厄でもないのになぜか夫の生まれ年も呼ばれた。
せっかくなので夫を前に出して、豆まきをさせてもらった。
これもきっと何か意味があるのだろう。
椅子に戻ってきた夫が、不安そうに聞いた。
「今年はよくないことが起こるの?」
「よくない年は今日で終わりで、明日からの1年はすごくいい年なんだよ」
夫は安心してガッツポーズをした。
適当に言っただけだけれど、単純な夫にはこのほうがいい。
妙法寺に行くと、いつもそこだけがオアシスのようにきれいな気が満ちている。
太鼓の音や、住職が手に持って鳴らす拍子木のようなものの甲高い音が鳴るたびに
その空気がますますピンと張って、澄んでゆくように思う。
「どんな宗教でもかまわない」
「神を信じていてもいなくてもかまわない」
という、住職さんのほんわかした雰囲気も心地いい。
ハワイは今日2月7日で、
明日8日が新月。
今年は、私が働いている職場が引越しを控えている。
場所というのはとても大事で、大きくエネルギーが変わる。
変化を前にして心がざわざわすることが多いけれど、
いいことにも、よくないことにも流されないようにしようと思っている。
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