太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

ドレッサーと婚礼家具

2019-11-06 19:32:06 | 日記
婚礼家具という言葉も意味も、今の若い人たちは知らないかもしれない。
娘が結婚するときに持たせる家具を、婚礼家具と呼んだ。
桐の箪笥を含む、何点かがセットになっている。
婚礼家具を揃えて嫁に行く時代は、30年以上昔に終わりつつあった。
二十代前半で嫁に行った友人たちは、婚礼家具を揃えていたから、
ちょうどその頃が端境期だったと思う。
友人の家が家具屋で、「婚礼家具がまるきし売れなくなった」と言っていたのを覚えている。

だいたい、婚礼家具セットは場所を取りすぎる。
狭いアパートの六畳間に置けば、箪笥部屋になってしまう。
私は29で結婚したが、相手の両親はもう他界していたし、
相手も再婚だったし、住むアパートにも場所はなかったので家具は買わなかった。
留袖などの着物だって、自分で着られるわけじゃなし、
必要になるとも思えなかったので、断った。
私と同じころに結婚した妹は、相手側のご両親も健在で、
世間体や体裁を気にする母は、妹には婚礼家具や、着物などを用意していた。
最後に結婚した姉は、合理的な姉らしく、そんなものはいらないと言って
持っていかなかった。

二十代前半で結婚した友人の家に行くと、、しゃれたマンションの和室に
婚礼家具が押し込められている。
亡くなった母親が揃えてくれたので、格別の思いがあるという。
妹の家を建て替えたとき、限られた土地に店と住まいを作らねばならず、
そのうえ子供が3人いて、できれば婚礼家具セットはどうにかしたかったのだが、
「でもねえ、お母さんの気持ちを思うとネエ」
婚礼家具セットは、むりやりどこかに押し込んだ。

婚礼家具には、そういう親の思いがくっついているので、始末が悪い。
捨て魔の私だったら、たぶん処分していると思うけど。



婚礼家具の中に、ドレッサーが含まれていることも多かった。
婚礼家具はいらないが、ドレッサーには、心をくすぐられるものがあった。
母や祖母は鏡台を持っていたが(鏡台は畳に座ってお化粧する)
鏡台ではなく、洋風なドレッサーの前に座ってお化粧をする、ということに
憧れのような気持ちがあったのだ。
テレビドラマで、夫婦の寝室にあるドレッサーの前で妻が顔にクリームを塗ったり、
髪をとかしたりする、あれだ。


あれは中学3年か、高校1年ぐらいだったろうか。
どういう事情か忘れたが、父と二人で街に行く機会があった。
伊勢丹デパートの催事場で、籐でできたドレッサーが安く売られていて、
私は父にせがんでそれを買ったことがあった。
私はそのドレッサーが嬉しくて嬉しくて、毎日椅子に座って鏡を見た。
化粧品などひとつも持っていないから、中に入れるものとてなく、
仕方がないので鉛筆やオルゴールなんかを置いていた。


結局、私にとってドレッサーは、その、化粧もしないのに買ったドレッサーだけだ。
なぜなら、お化粧するなら洗面所が1番いいに決まっている。
シャワーのあとで顔に何か塗るのにも便利だし、物をしまう場所もある。
明るい照明があるから化粧するにも具合がいい。
寝室にドレッサーがあったとしても、それは物置きになるのは目に見えている。
だいたい、寝室で優雅に髪をとかしてから寝る、などという生活は私にはありえない。


あの籐のドレッサーは、どうしたんだったか。
結婚するときには実家に置いていったから、しばらく納戸のどこかにあって、
実家を二世帯住宅に建て替えるとき、たぶん処分したのではないか。
父はもう覚えていないだろう。
1度も使わないのに、買ってくれてありがとう、と、
父がもう少し元気だった頃に言えばよかったと今になって思う。