又小川君の地図を借用してます(わかりやすいですね)。
神宮道の南は粟田口と呼ばれていて、昔は刑場があったようですし、ここから東海道(青線)はゆっくり右にカーブしていきますが、本来の東海道は地図の粟田口の粟から都ホテルまでの薄緑の道だったようです。
写真は三条通から南に入る山裾にある粟田神社の参道入り口です。
久しぶりに見ますが(この奥にママ友の大きな家が有って、よく家族で押しかけてました)、えらく綺麗に整備されてました。
道中の安全を祈って、東海道を行き来する旅人たちの信仰もあつかったようです。
日ノ岡峠に向かう道は緩やかな登りになりましたが、右手山側にこの都ホテルが有ります。
私達世代はこの都ホテルでの結婚式が一番だったようですが、特にここの葵の間での披露宴はステイタスシンボルだった気がします。
近鉄系のホテルだったんですが、今は外資系のウエスティン都ホテル京都です。
道はゆっくりカーブして蹴上(ケアゲ)です。
この蹴上浄水場は1914(明治45)年に日本初の急速濾過式浄水場として給水を開始していますが、ツツジの名所でも有ります。
小学生の頃はバスでここを通過する時は、全員が自分の髪の毛をつまみ上げて、「けあげ」の大合唱でした。