ホヲリノミコト(山幸彦)とワニだった海神の娘トヨタマヒメとの間に産まれたのが、今回の天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(アマツヒダカヒコナギサタケウガヤフキアヘズノミコト)です。
母のトヨタマヒメは、お産のワニ姿を見られたので、海に帰ってしまいましたが、産まれた子のことを心配して、乳母役として妹の玉依昆売(タマヨリヒメ)を地上に寄こしました。
ワニの妹ですからタマヨリヒメもワニでしょうね。
でも、ウガヤフキアヘズノミコトは子守役で自分の叔母でもあるワニと結婚して(英国のチャールズ皇太子も子守役と結婚しましたね)、4人の子供までもうけました。
この4人の末弟が初代神武天皇ですので、神武天皇の血の四分の一はワニになってるのですが、あまりそのことを言う人はいませんね。
この神代三陵の最後ウガヤフキアヘズノミコトの陵は、鹿児島県大隅半島にある吾平山上陵(アヒラノヤマノエノミササギ)で、神宮は宮崎県の鵜戸神宮ですが、これは維新後、薩摩の輩が無理矢理鹿児島県内に陵を持ってきたようで、実際は宮崎県にあるほうが納得します。
ここにも五島列島を離れる昨年4月末に寄り道して訪れる予定でしたが、出発1週間前に熊本大地震が起こり行けなくなりましたので、今回は陵印の写真のみになりました。
天皇陵巡り終了までには行って報告する予定ですが、完全ではなく1ヶ所だけ欠けてるのも、また良いかなあとも思っています。
返事
花水木さん:元々猫背でャPットに手を入れて歩く私、
初老になって、その姿ますますみじめになっています。
神話は真面目に読んでると、矛盾点が多いのですが
物語として読むには、それはそれでよろしいかと。
しかし・・・読み方がむつかしいですね。
音読しろと言われたら、嚙んでばかりで先に進めません。
血縁は薄い方が、優秀な子供ができるとか聞きました。
息子の嫁はフランス人でも良いかしら?と思ってましたが、福島県の方でした。(毎度の事ながら、関係ない話ですみません。)
更に関係ない話ですが、家の次男が大学の専攻が古事記だったと昨日聞きました。
その面白さに気づいたのが、卒業後だったとか。
アプローチの仕方が解らなかったからそうです。
息子が何を学んでいたかを知らない母親も困りますけどね。