宿輪(しゅくわ)の道路沿いの岩に、化石が出ています。
淡水貝の化石なので、2千万年前、日本が大陸と陸続きだった頃、五島のあたりは、大きな淡水湖だったと言えるそうです。
ほんまかいなと思いますね。
相ノ浦(あいのうら)の道路に、こんな模様が出ていました。
フークにつぶされた、猫の化石のように見えますが、舗装の失敗で付いた単なる模様ですか。
奈留島を隅から隅まで見る会でした。
淡水貝の化石なので、2千万年前、日本が大陸と陸続きだった頃、五島のあたりは、大きな淡水湖だったと言えるそうです。
ほんまかいなと思いますね。
相ノ浦(あいのうら)の道路に、こんな模様が出ていました。
フークにつぶされた、猫の化石のように見えますが、舗装の失敗で付いた単なる模様ですか。
奈留島を隅から隅まで見る会でした。
長い長い年月でみればすべてのものが変化しているのですね。ものみな変わらないというものはない。
奈留のことも知らないことばかりです。
日本海そのものが、大きな湖(淡水湖)で、
朝鮮半島から対馬、壱岐、五島といったあたりは地続きだったと、聞いたように思います。
つまりは、湖畔のような感じのところだったのかな?・・・という風に理解しています。