
新高塚小屋で落ち合う約束が、その先の高塚小屋に変更になった連絡を受けた僕は少々気分がブルーでした。
というのも、確実に日没を迎えてしまうからです。ちなみに、この日の日没は7時半頃でした。登山者にとっては、こんな時間まで歩くのは、はっきり言ってルール違反です。遭難、滑落の可能性も高まり、小屋に入る事すら迷惑となります。ましてや、ザックを開ける物音すら睡眠を邪魔してしまうのです。
山は日の出と共に行動開始し、日没とともにすべての作業を終了するのが当たり前のルールなのです。
手前の小屋(新高塚小屋)は、『新』とはいうものの先の高塚小屋の方が新しく比べものにならないくらいキレイなのです。ただし収容人数は3分の1でわずか20名。新しい方に向かうつもりだった仲間達は、出発直前に大人数のパーティーが先の小屋に向かったという情報を知ったのです。
そこで急遽手前の小屋(最初に決めておいた方)に留まったということでした。慌てて僕に向けて連絡したものの、電波の通じないことで有名な屋久島の山中では、僕にその連絡が届かなかったのです。
彼らは行き交う登山者に伝言を託してくれたのですが、ウエアの色などの情報が間違っておりそれが僕に伝わることはありませんでした。仲間達は僕の寝床の確保と夕食の支度までしてくれていたのに…本当に申し訳なかったです。
さて、そんなことは悔いてもどうなるものでもありません。僕は僕の安全性を重視しなければならず、彼らは彼らでそこに留まることが最善の策だったと思います。
高塚小屋に着いたのが20時少し前。雨が降る中、有り得ない時間にたどり着いた僕はむろん小屋の内部に仲間達がいると信じて疑わなかった訳です。もちろん、小屋の扉を開けることすら出来るわけもなく、テントを張れる場所を探しました。どこもかしこも泥沼のようになったテントスペース…。かなり迷った結果、板が張られた特等席(もちろん先客で占領されています)の一部に潜り込むことにしました。テント内浸水と撤収の難度を考えるとここにするしか方法がないかな…。
周りの方々はすでに明かりを落とし、眠りに入ろうとしています。
どうしてもテントを組む時の音は消す事が出来ず、さらに濡れた身体をなんとかするためにはビニール袋などの音も発してしまいました。コンビニ袋一枚広げるのに2分ぐらいかけながら、ゆっくりゆっくり寝床を作っていきます。ぐちゃぐちゃですが、なんとかカバーにくるんだシュラフをセットしました。
最後は食事。テント内でバーナーの轟音をさせる勇気もなく、食事すらあきらめようとも思いましたが、昼食を行動食(カロリーメイトとかソイジョイとかの類)だけで歩き続けてきたので、体力回復のためにもやはり食事は採っておこうと思いました。
バーナー、水、アルファ米(お湯で戻せるごはん)、フリーズドライカレーを持ってテントの外に出ます。傘をさして小屋の裏手に行き、雨の中の野外調理をしました。アルファ米の中にカレーをドライのまま押し込みお湯を注ぎます。濡れたタオル(雑巾と言えるぐらいにひどい)でくるんで、なんとかテント内に戻ります。
隣のテントのチャックの音がします。こちらを確認しているのでしょうね。本当に迷惑をかけて申し訳なかったです。
無事カレーライスを胃袋に流し込んだ僕は、びしょびしょの上着だけ着替えてあとは我慢しました。そしてそのまま眠りへと堕ちていきました。明日は隣の撤収音が目覚ましになると思って、僕自身は目覚ましをかけませんでした。
案の定、まだ暗いうちから撤収を開始してくれて、僕自身も目覚めました。相変わらず雨は降りっぱなしです。まず、外に出て小屋の内部に入り仲間の存在を確認します。
あれ…?いないぞ?
…思わぬ展開にうろたえました。
先に出発するというにはあまりにも無理のある時間だったので、おそらく手前の小屋に留まった可能性が高いのではないかな?とそこで初めて計画変更に気が付いたというわけです。
ただ、もう一つの可能性として否定出来ないのは、この小屋に来たもののスペースが全く無く、さらに下の白谷小屋まで強行したのではないか?ということ。だとすれば僕自身も先を急ぐ必要があります。
うーん…どっちだろう。
慌てたところでなんとかなるものでもないので、時間の無駄を省くように手際よく撤収します。昨晩ご迷惑をおかけした隣接のテントの方々に帽子を取って深々とお詫びを言いました。割と若い方々でお怒りの罵声は飛んで来ませんでした。ちょっと安心しました。
それでは出発します。
もう一つだけ心配なこと…白谷雲水峡までの登山道には沢を渡るところが何ヶ所かあります。強く降ったら渡れない可能性が高くなります。
万が一仲間達がそれを危惧して荒川登山口(途中で全然別の場所に分かれます)に下山してしまったら万事休すとなります。
行き交う登山者に沢の状況を聞きながら白谷へ下山して行きます。
さて、その後の僕はどうなるのでしょうか…。仲間達は今どこに…。
その3へ続く。