原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

残暑の中の市場調査

2008年09月02日 | 仕事・就職
 9月に入って尚残暑が厳しい今日のようなけだるい日の午後には、私の脳裏に、ある外回りの仕事の記憶が蘇る。

 私が30歳代にして再び学業の道を志し勤労学生をした経験があることに関しては、本ブログのバックナンバーで再三既述している。
 当時、私は学業の合間に様々な職種の仕事に励んだものであるが、その中に医学関係の市場調査を人材派遣の身分で依頼されたことがある。この仕事は“外回り”の市場調査だったのだが、後にも先にも私にとって“外回り”の仕事経験はこれのみである。

 この仕事について簡単に説明すると、某一部上場大手化学関連企業が医療機器分野に新規参入するにあたり、その顧客である中小開業医の要望等を聞いて回る事前のマーケティング調査という内容で、1ヶ月間限定の仕事だった。 大学の夏季休暇後半の8月中旬頃から9月中旬頃まで、私はこの仕事に挑んだという訳だ。
 私にとって“外回り”の仕事は初体験であり、自由度の高さに期待していたのだが、そのような甘っちょろい期待は初日からはかなく崩れ去るのである。

 これが大変な激務であった。なぜならば電車と徒歩での外回りなのだが、とにかく時期的に暑さが尋常でない。 妙齢というにはもう図々しい年齢ではあったが、とにかく独身女性がハイヒールを履いて来る日も来る日も猛暑の中を1日中歩くのは厳しい。
 しかも、当然ながらノルマがある。訪問病院数をこなさなければならない。 そして、何よりも調査内容の専門性が高い。暑さでへばっていたのでは、顧客である医師相手に対等に渡り合えないのである。
 最悪なのは、猛暑の中やっと病院までたどり着くと、事前にアポイントメントをとってあるにもかかわらず、急患等の急用を理由に調査を拒否される門前払いのパターンが何とまあ多かった事だ。 これにはがっかりで暑さのみが身にしみる。
 時には、患者が少なく暇そうにしている病院に行くと、医師の雑談の相手である。中には妙齢の(?)女性である私を相手に1時間も2時間も四方山話をするご年配のお医者さんもいらっしゃる。これなどは可愛げがあるので私など喜んでお付き合いするのだが、肝心の調査情報は得られずじまいで時間ばかりが過ぎ去っている。

 そんな中、大変熱心に調査に応えて下さる医師もいらっしゃる。これには頭が下がる思いだ。ちょうどそういう医療機器が開発されるのを待っていたとおっしゃって、ご自身の医療現場の有意義な情報を提供して下さる。 後で調査書に1件1件の調査内容をまとめるのも仕事のひとつなのだが、用紙に書ききれず別紙で数枚にまとめて報告した程である。こういう調査に協力的な顧客はリストアップして、継続的に調査に協力いただくことになる。

 人間相手であるため嫌な思いも当然する。 ある病院では、調査に応じてくれたのはいいのだが、開口一番「女のあなたに何がわかるんだ!」とくる。一応、名刺を持たせてもらっているので、それを差し出し医学関係の肩書き等よりその道の専門性があることを提示するだが、専門的な話は一切させてもらえず、意地悪な質問ばかりを投げかけてくる。 そもそも調査に応える気がないのなら、門前払いをしてくれた方がましだが、どういう訳か人をつかまえて自身の憂さ晴らしをする人種がいらっしゃるようだ。 これにうまく対応するのも仕事のひとつである。

(ここで補足説明をしておきますと、この市場調査の仕事は人材派遣としては通常の“時給制”であり“達成ノルマ制”ではなかったため、報酬としては当時の私にとって相当高い仕事ではありました。)


 この仕事において一番印象深い出来事は、実は仕事そのものではない。
 9月に入って今日よりも数段暑い最高気温が35℃位の日のことである。 いつものように、うだる暑さの中汗を拭き拭きけだるく目的の病院を探して歩いていたのだが、その病院が風俗街を通り過ぎた所にあるため必然的に風俗街を通ることになる。 これがアッと驚きだ。 真昼から“ソープ嬢”のスカウトに遭うわ遭うわ… なのだ。 本当に腕を掴んでお店の中に引っ張りこもうとさえする。すると、隣のお店も負けじと私の腕を引っ張りにくる。 もちろん断るのだが、とにかく店内で話だけでも、と皆さんおっしゃって離してくれない。 何とか難を逃れつつ、(こんな残暑厳しい中での外回りの仕事も大変だし、涼しい室内で“ソープ嬢”でもやる方が楽かなあ)、との思いが少し私の頭を巡る…。
 ちょうどバブル期最盛期の話である。 “ソープ嬢”も求人難の時代だったのであろう。

 長々と市場調査の話について書いてきたが、こんな残暑厳しい9月の午後に私の脳裏をよぎるのは、“ソープ嬢”としてスカウトされそうになった“バブル”の日の思い出なのである。  
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