私の地毛は生まれつき茶色に近い黒褐色だ。
日本人の髪の毛の色は「黒」と表現される事が一般的だが、その実、その「黒」のバリエーションは多彩で人により様々であろう。
子供の頃の私の髪の毛は直毛。 おかっぱ頭の頭頂部に“天使のリング”が綺麗に出来る程にツヤツヤしていた。
しかも、色が黒ではなく茶色がかっているのも子供心にお気に入りだった。
時々「髪の毛が茶色いね」と声を掛けられるのだが、私にとってはそれが“褒め言葉”として響いた。
当時の学校(小中学校)ではそれを“指導対象”とすることもなかったため、自慢のツヤツヤ茶髪で学校生活を大手を振って渡って来た。
時は高校時代へと移るが、私が通った高校では「パーマ禁止令」もなかったため、私も高3時にロングヘアにパーマをかけた。 そうしたところ髪の毛の先の方が痛み始め、毛先部分が茶色を通り越し“金髪”状態になった。
高校3年生の卒業間近の頃、元々学校嫌いかつアウトサイダー気質の私は、郷里名門高校の制服を当時流行っていたスケバンスタイルに自力で大改造した話題はバックナンバーにても記載したが… まるでそれにマッチするかのような、毛先金髪化だった。
それに対し学校側から直接指導を受けたことはないのだが、教員から「最近校内で髪を染めている生徒がいたりして風紀が乱れているため、やめるように。」なる警告が発せられた。 すぐさま、(あー、私の事だ。)と察したものの、これを学校嫌いの私の反発心が受け入れられた快挙!、とプラスに捉えた。
その後毛先を切って卒業式を迎えた。
卒業式の翌日にスケバンスタイルに大改造した制服をすべて捨て去る事により、“学校嫌い”に苦しめられ続けた学園生活と私なりに見事におさらばした事に関しても、バックナンバーにて既述している。
と言う訳で私にとっては地毛が茶色だった事とは、(元々人と同じであることを好まなかった)子供時代の自慢であり、はたまた学校に対する反発行動が叶ったとの意味で大いなる勲章だったとも言えよう。
ここのところ、メディアにて学校現場に於ける「黒髪指導」の話題に触れる機会が多い。
その中から、一つのメディア情報を要約して以下に紹介しよう。
「頭髪指導に従えないなら授業は受けられない。黒染めするか、学校をやめるか選べ」
昨年9月、大阪府立懐風館高校(羽曳野市)の教諭は当時2年生のA子さんに告げた。教諭からの度重なる頭髪指導にストレスは限界だった。 「もう嫌や! 黒染めはしたくない! 地毛が茶色いだけで、なんでこんな目にあわなあかんの!?」
それ以来、A子さんは学校に通えないままだ。
生まれつき髪の毛が茶色かったA子さんに学校は「ルールだから」と、写真撮影日など入学式の前から黒染めを強要。 度重なる頭髪指導で精神的苦痛を受け、不登校になったと大阪府に対し裁判を起こした。
慰謝料など約220万円の損害賠償を求める訴状を今年9月、大阪地裁に提出、第1回口頭弁論が10月27日に開かれた。府側は「学校の指導は適切」と、請求棄却を求め、全面的に争う姿勢を示している。
代理人の弁護士がA子さんの母親が頭髪の件で学校に配慮を求めていたにもかかわらず、入学前に複数の教諭が「髪を黒く染めろ」と迫った。入学後には頭髪指導のたびに黒染めを強要され、A子さんは髪を黒く染め続けたことを明かした。
A子さんは訴状の中で当時の心情を振り返る。 「黒染めをしなかったら学校に通えない、大学に進学できないと思った」
こうした指導はA子さんだけに限らない。同校の頭髪指導は厳しくて有名だった。
黒染めを繰り返した結果、A子さんの頭皮は薬剤の影響でかぶれ、髪の毛もボロボロになった。代理人は憤慨する。 「生徒の健康を害してまで、これは指導と言えるのか」
そして、指導はさらにエスカレートする。 「母子家庭だから茶髪にしてる」と暴言を吐き、「黒染めが不十分」と呼び出し、「黒染めをやり直すまでは出さない」と授業に出ることも禁じた。文化祭や修学旅行など学校行事への参加も拒んだ。 「これは先生たちが学校という組織ぐるみで行った指導という名のいじめ」(代理人)
学校が生徒の黒髪にこだわるのには日本人ならではの事情があるという。ファッションや化粧の文化に詳しい甲南女子大学の米澤泉准教授は、「生徒は黒髪でベージュの肌をした日本人しかいないと思っており、それ以外は“排除する”という学校現場の意識が強すぎます。色素の加減で髪の毛が茶色く見える人は少なくないのにそれを黒にするというのは行きすぎた管理教育、人権侵害です。例外を認めず、髪の色だけでその人を評価すること自体がおかしい」
そもそも、同校は「髪は黒がルール」と言い続けてきたが校則には書いていない。 (中略)
学校側の仕打ちにA子さんが我慢の限界に達したのは今年の6月のことだ。 3年生になったA子さんが学校を訪ねると、生徒名簿にあるはずの自分の名前がない。それどころか、4月に聞いていた出席番号には別の生徒の名前。教室には席もなかった。 学校側の言い分は、「名前や席がないのは不登校を目立たせなくするため。変な噂が広まらないように」
そんな理屈が通るのか。代理人弁護士は憤る。 「学校は、司法の判断にまかせるが、裁判に負けない限り謝罪はしないと話しています」
校則に詳しい、千葉・浦安市立小学校の塩崎義明教諭は、「最近の教師は子どもたち同様、決まりに縛られて何も言えないのが現状です。生徒の髪を黒く染める指導に疑問を挟む余地がないのは、教師自身も規則に縛られているということの表れです」
(以上、ネット情報より一部を引用したもの。)
一旦、私見に入ろう。
上記A子さんが何故これ程までに学校側から厳しい措置が課せられたのかに関する情報が少ないため、分析しづらい部分もあるが。
そうだとして、私は上記ネット情報より一種 “不愉快な”「差別意識」を嗅ぎ取った。 それは、A子さんが母子家庭の子供さんだったとの事実だ。
A子さんが所属している公立高校が一体如何なるレベルの高校かはネット情報から分かりにくいが、少なくとも当該公立高校に於いて、A子さん家庭への“差別的対処”を実施せんとした事実は明白であろう。
話題を変えるが、この私も多少不具合を持って生まれた娘を産んで以降、学校現場へ度重なる娘への教育指導に関する意見要望等を提示して来た。
もしかして我が家庭も“母子家庭”だったなら、学校は我が訴えを無視したのかと恐ろしくもある。
最後に、私論だが。
現在に於ける学校現場の「黒髪指導」をストップさせるには、斬新な方策を要すると悲観的に考えざるを得ない。 それ程までに現在の高校学校現場とは、指導者自体が“井の中の蛙”に陥っている状態であろうと判断する。
学校現場の教員採用に於いてその採用方式を大幅に見直さねば、「黒髪指導」は全国各地で繰り返され、今後も犠牲生徒を出すような悪い予感がする。
言っとくが、私は生まれ持っての個性ある茶髪を、今でもお気に入りで誇りに思っている。
20年程前に患った頭部皮膚癌罹患後も、その手術痕カバーのための高額オーダーウィッグを我が地毛茶髪に色を合わせて作成し続けている事実を付け加えておこう。
(プロフィール写真を参照下さい。 まさに子供の頃のヘアスタイルと髪色髪質同様のウィッグをオーダーして、現在使用しています。)
日本人の髪の毛の色は「黒」と表現される事が一般的だが、その実、その「黒」のバリエーションは多彩で人により様々であろう。
子供の頃の私の髪の毛は直毛。 おかっぱ頭の頭頂部に“天使のリング”が綺麗に出来る程にツヤツヤしていた。


時々「髪の毛が茶色いね」と声を掛けられるのだが、私にとってはそれが“褒め言葉”として響いた。
当時の学校(小中学校)ではそれを“指導対象”とすることもなかったため、自慢のツヤツヤ茶髪で学校生活を大手を振って渡って来た。
時は高校時代へと移るが、私が通った高校では「パーマ禁止令」もなかったため、私も高3時にロングヘアにパーマをかけた。 そうしたところ髪の毛の先の方が痛み始め、毛先部分が茶色を通り越し“金髪”状態になった。
高校3年生の卒業間近の頃、元々学校嫌いかつアウトサイダー気質の私は、郷里名門高校の制服を当時流行っていたスケバンスタイルに自力で大改造した話題はバックナンバーにても記載したが… まるでそれにマッチするかのような、毛先金髪化だった。
それに対し学校側から直接指導を受けたことはないのだが、教員から「最近校内で髪を染めている生徒がいたりして風紀が乱れているため、やめるように。」なる警告が発せられた。 すぐさま、(あー、私の事だ。)と察したものの、これを学校嫌いの私の反発心が受け入れられた快挙!、とプラスに捉えた。
その後毛先を切って卒業式を迎えた。
卒業式の翌日にスケバンスタイルに大改造した制服をすべて捨て去る事により、“学校嫌い”に苦しめられ続けた学園生活と私なりに見事におさらばした事に関しても、バックナンバーにて既述している。
と言う訳で私にとっては地毛が茶色だった事とは、(元々人と同じであることを好まなかった)子供時代の自慢であり、はたまた学校に対する反発行動が叶ったとの意味で大いなる勲章だったとも言えよう。
ここのところ、メディアにて学校現場に於ける「黒髪指導」の話題に触れる機会が多い。
その中から、一つのメディア情報を要約して以下に紹介しよう。
「頭髪指導に従えないなら授業は受けられない。黒染めするか、学校をやめるか選べ」
昨年9月、大阪府立懐風館高校(羽曳野市)の教諭は当時2年生のA子さんに告げた。教諭からの度重なる頭髪指導にストレスは限界だった。 「もう嫌や! 黒染めはしたくない! 地毛が茶色いだけで、なんでこんな目にあわなあかんの!?」
それ以来、A子さんは学校に通えないままだ。
生まれつき髪の毛が茶色かったA子さんに学校は「ルールだから」と、写真撮影日など入学式の前から黒染めを強要。 度重なる頭髪指導で精神的苦痛を受け、不登校になったと大阪府に対し裁判を起こした。
慰謝料など約220万円の損害賠償を求める訴状を今年9月、大阪地裁に提出、第1回口頭弁論が10月27日に開かれた。府側は「学校の指導は適切」と、請求棄却を求め、全面的に争う姿勢を示している。
代理人の弁護士がA子さんの母親が頭髪の件で学校に配慮を求めていたにもかかわらず、入学前に複数の教諭が「髪を黒く染めろ」と迫った。入学後には頭髪指導のたびに黒染めを強要され、A子さんは髪を黒く染め続けたことを明かした。
A子さんは訴状の中で当時の心情を振り返る。 「黒染めをしなかったら学校に通えない、大学に進学できないと思った」
こうした指導はA子さんだけに限らない。同校の頭髪指導は厳しくて有名だった。
黒染めを繰り返した結果、A子さんの頭皮は薬剤の影響でかぶれ、髪の毛もボロボロになった。代理人は憤慨する。 「生徒の健康を害してまで、これは指導と言えるのか」
そして、指導はさらにエスカレートする。 「母子家庭だから茶髪にしてる」と暴言を吐き、「黒染めが不十分」と呼び出し、「黒染めをやり直すまでは出さない」と授業に出ることも禁じた。文化祭や修学旅行など学校行事への参加も拒んだ。 「これは先生たちが学校という組織ぐるみで行った指導という名のいじめ」(代理人)
学校が生徒の黒髪にこだわるのには日本人ならではの事情があるという。ファッションや化粧の文化に詳しい甲南女子大学の米澤泉准教授は、「生徒は黒髪でベージュの肌をした日本人しかいないと思っており、それ以外は“排除する”という学校現場の意識が強すぎます。色素の加減で髪の毛が茶色く見える人は少なくないのにそれを黒にするというのは行きすぎた管理教育、人権侵害です。例外を認めず、髪の色だけでその人を評価すること自体がおかしい」
そもそも、同校は「髪は黒がルール」と言い続けてきたが校則には書いていない。 (中略)
学校側の仕打ちにA子さんが我慢の限界に達したのは今年の6月のことだ。 3年生になったA子さんが学校を訪ねると、生徒名簿にあるはずの自分の名前がない。それどころか、4月に聞いていた出席番号には別の生徒の名前。教室には席もなかった。 学校側の言い分は、「名前や席がないのは不登校を目立たせなくするため。変な噂が広まらないように」
そんな理屈が通るのか。代理人弁護士は憤る。 「学校は、司法の判断にまかせるが、裁判に負けない限り謝罪はしないと話しています」
校則に詳しい、千葉・浦安市立小学校の塩崎義明教諭は、「最近の教師は子どもたち同様、決まりに縛られて何も言えないのが現状です。生徒の髪を黒く染める指導に疑問を挟む余地がないのは、教師自身も規則に縛られているということの表れです」
(以上、ネット情報より一部を引用したもの。)
一旦、私見に入ろう。
上記A子さんが何故これ程までに学校側から厳しい措置が課せられたのかに関する情報が少ないため、分析しづらい部分もあるが。
そうだとして、私は上記ネット情報より一種 “不愉快な”「差別意識」を嗅ぎ取った。 それは、A子さんが母子家庭の子供さんだったとの事実だ。
A子さんが所属している公立高校が一体如何なるレベルの高校かはネット情報から分かりにくいが、少なくとも当該公立高校に於いて、A子さん家庭への“差別的対処”を実施せんとした事実は明白であろう。
話題を変えるが、この私も多少不具合を持って生まれた娘を産んで以降、学校現場へ度重なる娘への教育指導に関する意見要望等を提示して来た。
もしかして我が家庭も“母子家庭”だったなら、学校は我が訴えを無視したのかと恐ろしくもある。

最後に、私論だが。
現在に於ける学校現場の「黒髪指導」をストップさせるには、斬新な方策を要すると悲観的に考えざるを得ない。 それ程までに現在の高校学校現場とは、指導者自体が“井の中の蛙”に陥っている状態であろうと判断する。
学校現場の教員採用に於いてその採用方式を大幅に見直さねば、「黒髪指導」は全国各地で繰り返され、今後も犠牲生徒を出すような悪い予感がする。

言っとくが、私は生まれ持っての個性ある茶髪を、今でもお気に入りで誇りに思っている。
20年程前に患った頭部皮膚癌罹患後も、その手術痕カバーのための高額オーダーウィッグを我が地毛茶髪に色を合わせて作成し続けている事実を付け加えておこう。
(プロフィール写真を参照下さい。 まさに子供の頃のヘアスタイルと髪色髪質同様のウィッグをオーダーして、現在使用しています。)