つい先ほど、NHK夜7時のニュースにて京都大学名誉教授の本庶佑先生が、本年度のノーベル医学生理学賞に選出されたとのトピックスを見聞した。
以下に、ネット情報よりそれを紹介しよう。
スウェーデンのカロリンスカ研究所は1日、今年のノーベル医学生理学賞に京都大名誉教授の本庶佑氏(76)ら2人を選んだと発表した。 「PD-1」を発見したことが評価された。これをもとに、がん治療薬「オプジーボ」が開発された。授賞式は12月10日、ストックホルムで開かれる。 日本からの受賞は2年ぶり。米国籍の2人を含めて計26人となった。
いやはや、驚かされた。
何故ならば我が20代の基礎医学分野での業務が、まさに本庶佑先生と同分野の「免疫学」だったからに他ならない。
当時その免疫分野の学会発表等をこなしていた私は、学会会場で幾度も本庶佑先生のワークショップや一般発表に触れさせていただいている。
先程、その時代(1980年代前後期)の免疫学関連学会抄録数冊をざっと確認したのだが、残念ながら本庶佑先生に関する書類を発見出来ないでいる。
それにしても、「免疫学」がノーベル賞「医学生理学賞」に取り上げらるのは、利根川進氏以来の事ではなかろうか?
明日以降、再び我が「免疫学」関連学会抄録を詳細に紐解き、本庶佑先生の過去の業績の程を我が視点から紹介させて頂けるならば、こんなに嬉しいことはない。
参考だが、私が「免疫学」に携わっていた時代背景とは、まさに「免疫学」が次世代への医学発展に向けて急激に発展を遂げていた頃である。
当エッセイ集開設当初期に、その時代に「免疫学」に携わった我が基礎医学業務に関するエッセイ「sef or not self」を公開しているため、以下に紹介しよう。
私は20歳代の頃、新卒で民間企業に就職し医学関係の仕事に従事していた。 医学関係と言えども分野が広いが、私が携わったのは免疫学関連の分野である。
医学(特に基礎医学)にも“ブーム”があるが、その頃(1970年代後半から80年代以降にかけて)免疫学は目覚ましい発展を遂げていた時期だった。 当時の日本における免疫学の第一人者といえば、東大医学部教授の多田富雄氏や阪大医学部教授の岸本忠三氏(お二方とも当時の所属)などがあげられる。 その頃、私はこれら免疫学の研究分野において第一線でご活躍中の諸先生方の最新の研究成果を入手したく、(会社の出張費で)単身で全国を飛び回り諸先生方の“追っかけ”をするため、「免疫学会」や「臨床免疫学会」「アレルギー学会」等研究発表の場へ情報収集に足繁く出かけたものである。
以下の文章は、1993年発行多田富雄著「免疫の意味論」(青土社) を大いに参考にさせていただく事をあらかじめお断りしておく。(多田富雄先生は残念ながら、その後脳内出血で他界された。)
加えて、医学は日進月歩の世界である。 私が以下に述べさせていただく内容は、あくまでも1970年代後半から1980年代の私の免疫学体験に基づいた知識の上での話の域を出ていないものと解釈願いたい。
免疫学を語る上での第一のキーワードが表題に掲げた“self or not self"という概念である。日本語では「自己か非自己か」と訳されている。
「免疫」と聞くと皆さんはきっと、外部から進入してきた細菌やウィルスなどの外敵から自分の体を守った上で、その情報を後々まで記憶しもう一度同じ外敵が体に進入してきた時に発病しないような仕組みであると認識されていらっしゃることと思う。 その認識で十分「免疫」は説明できている。
そこで、もう少し踏み込んで考えることにしよう。 外部から進入してきた細菌やウィルスなどの外敵を、なぜ自分の体が“外敵”であると認識できるのであろうか。 そこで登場するのが“self or not self"概念だ。 すなわち、外敵(病原体)が体内に侵入すると、「免疫」のはたらきによって、その病原体が持っている成分を、自分の体内成分ではないもの(異物“not self")として認識し、この成分をやっつける物質(抗体)を作り排除して自分(“self")を守るのだ。 1970年頃までの免疫学においては、上記のごとく「免疫」とは“not self"に対するシステムとしてとらえられていた。 すなわち、外敵を認識しやっつけるシステムとして考えられていたのである。
ところが、その後の研究により「免疫」とは“self"を認識するシステムであることがわかってきた。 すなわち、「免疫」とは“not self"を排除するために存在するのではなく(もちろん結果的には排除するのだが)、“self"の全一性を保証するためのシステム、すなわち「自己」の「内部世界」を監視する調整系として捉えられる時代に入るのである。 ところが、この“self"と“not self"の境界も曖昧だ。 それでも、そんなファジーな「自己」は一応連続した行動様式を維持し、「非自己」との間で入り組んだ相互関係を保っている。
(詳細は、上記の多田富雄著「免疫の意味論」をお読みいただくか、あるいは免疫学に関する各種論文等文献を参照いただきたい。)
“self or not self" 、 当時の私はこの言葉に惹きつけられ、自然界のひとつである人間の体内にもこんなすばらしい哲学があることにいたく感動したものだ。
あれから年月が経過した今でも私の思想の根底にこの“self or not self" の哲学はまだ息づいている。 そんな一端を今回は少し語らせていただいた。
(以上「原左都子エッセイ集」2007.10.20公開 “学問・研究カテゴリー” 記事より引用したもの。)
以下に、ネット情報よりそれを紹介しよう。
スウェーデンのカロリンスカ研究所は1日、今年のノーベル医学生理学賞に京都大名誉教授の本庶佑氏(76)ら2人を選んだと発表した。 「PD-1」を発見したことが評価された。これをもとに、がん治療薬「オプジーボ」が開発された。授賞式は12月10日、ストックホルムで開かれる。 日本からの受賞は2年ぶり。米国籍の2人を含めて計26人となった。
いやはや、驚かされた。
何故ならば我が20代の基礎医学分野での業務が、まさに本庶佑先生と同分野の「免疫学」だったからに他ならない。
当時その免疫分野の学会発表等をこなしていた私は、学会会場で幾度も本庶佑先生のワークショップや一般発表に触れさせていただいている。
先程、その時代(1980年代前後期)の免疫学関連学会抄録数冊をざっと確認したのだが、残念ながら本庶佑先生に関する書類を発見出来ないでいる。
それにしても、「免疫学」がノーベル賞「医学生理学賞」に取り上げらるのは、利根川進氏以来の事ではなかろうか?
明日以降、再び我が「免疫学」関連学会抄録を詳細に紐解き、本庶佑先生の過去の業績の程を我が視点から紹介させて頂けるならば、こんなに嬉しいことはない。
参考だが、私が「免疫学」に携わっていた時代背景とは、まさに「免疫学」が次世代への医学発展に向けて急激に発展を遂げていた頃である。
当エッセイ集開設当初期に、その時代に「免疫学」に携わった我が基礎医学業務に関するエッセイ「sef or not self」を公開しているため、以下に紹介しよう。
私は20歳代の頃、新卒で民間企業に就職し医学関係の仕事に従事していた。 医学関係と言えども分野が広いが、私が携わったのは免疫学関連の分野である。
医学(特に基礎医学)にも“ブーム”があるが、その頃(1970年代後半から80年代以降にかけて)免疫学は目覚ましい発展を遂げていた時期だった。 当時の日本における免疫学の第一人者といえば、東大医学部教授の多田富雄氏や阪大医学部教授の岸本忠三氏(お二方とも当時の所属)などがあげられる。 その頃、私はこれら免疫学の研究分野において第一線でご活躍中の諸先生方の最新の研究成果を入手したく、(会社の出張費で)単身で全国を飛び回り諸先生方の“追っかけ”をするため、「免疫学会」や「臨床免疫学会」「アレルギー学会」等研究発表の場へ情報収集に足繁く出かけたものである。
以下の文章は、1993年発行多田富雄著「免疫の意味論」(青土社) を大いに参考にさせていただく事をあらかじめお断りしておく。(多田富雄先生は残念ながら、その後脳内出血で他界された。)
加えて、医学は日進月歩の世界である。 私が以下に述べさせていただく内容は、あくまでも1970年代後半から1980年代の私の免疫学体験に基づいた知識の上での話の域を出ていないものと解釈願いたい。
免疫学を語る上での第一のキーワードが表題に掲げた“self or not self"という概念である。日本語では「自己か非自己か」と訳されている。
「免疫」と聞くと皆さんはきっと、外部から進入してきた細菌やウィルスなどの外敵から自分の体を守った上で、その情報を後々まで記憶しもう一度同じ外敵が体に進入してきた時に発病しないような仕組みであると認識されていらっしゃることと思う。 その認識で十分「免疫」は説明できている。
そこで、もう少し踏み込んで考えることにしよう。 外部から進入してきた細菌やウィルスなどの外敵を、なぜ自分の体が“外敵”であると認識できるのであろうか。 そこで登場するのが“self or not self"概念だ。 すなわち、外敵(病原体)が体内に侵入すると、「免疫」のはたらきによって、その病原体が持っている成分を、自分の体内成分ではないもの(異物“not self")として認識し、この成分をやっつける物質(抗体)を作り排除して自分(“self")を守るのだ。 1970年頃までの免疫学においては、上記のごとく「免疫」とは“not self"に対するシステムとしてとらえられていた。 すなわち、外敵を認識しやっつけるシステムとして考えられていたのである。
ところが、その後の研究により「免疫」とは“self"を認識するシステムであることがわかってきた。 すなわち、「免疫」とは“not self"を排除するために存在するのではなく(もちろん結果的には排除するのだが)、“self"の全一性を保証するためのシステム、すなわち「自己」の「内部世界」を監視する調整系として捉えられる時代に入るのである。 ところが、この“self"と“not self"の境界も曖昧だ。 それでも、そんなファジーな「自己」は一応連続した行動様式を維持し、「非自己」との間で入り組んだ相互関係を保っている。
(詳細は、上記の多田富雄著「免疫の意味論」をお読みいただくか、あるいは免疫学に関する各種論文等文献を参照いただきたい。)
“self or not self" 、 当時の私はこの言葉に惹きつけられ、自然界のひとつである人間の体内にもこんなすばらしい哲学があることにいたく感動したものだ。
あれから年月が経過した今でも私の思想の根底にこの“self or not self" の哲学はまだ息づいている。 そんな一端を今回は少し語らせていただいた。
(以上「原左都子エッセイ集」2007.10.20公開 “学問・研究カテゴリー” 記事より引用したもの。)