(写真は、私が近年特注でオーダーメイドしたり購入したりして所有しているヘアウィッグの一部。)
原左都子は決して“猟奇趣味”という訳ではない。
では何故、数多くのヘアウィッグを所有しているのかと言えば。
私にとってヘアウィッグは、決してコレクションではなく必需品、より正確に表現するならば“身体の一部”である故だ。
上記写真のうち、前列中央が現在現役で使用しているウィッグ。 その後方左側が、その前に現役で使用していたウィッグである。
後列右は、後列左のウィッグをオーダーした際にほぼ同時に作成したウィッグだが、同じように頭の寸法を測って同じ工程で手作りしても、出来上がって来るウィッグの個体差は激しものがあるのが実情だ。 との理由により、悲しいかな使用せずしてお蔵入りしているウィッグである。
前列左右は、つい最近ネット通販にて購入した市販のウィッグ。
何故これら複数の市販ウィッグを購入するに至ったのかといえば、現在使用中のオーダーメイドウィッグがそろそろ寿命を迎えるからに他ならない。
オーダーメイドの場合、どうしても高額とならざるを得ない。 (上記写真の我がオーダーウィッグは一枚に付き数十万円の価格である。) しかも先程も記したが、オーダーと言えども完成品の個体差が激しく必ずや気に入る訳ではない。 一応の保証期間がありその期間内は調整が出来たり、最悪の場合“作り替え”も可能ではある。 ただし長年幾度もウィッグをオーダーしている身として、幾度も“作り替え”を要求するのはさすがに気が引けるものだ…
そのような“オーダーウィッグ”の欠点を考慮した場合、もしも市販のウィッグで事が済むのならばとの考えで、後学のためにこれらを買い求めたとの訳である。
既に23年来ウィッグのお世話になっている身だが。
上記写真は、あくまでも近年買い求めたウィッグ群であり、自宅押し入れの中には1枚に付き数十万円かけたオーダーウィッグが7枚程保存されている。 我が身体の一部として確実にその役目を果たし老朽化したウィッグは既に廃棄処分としており、要するに押し入れにお蔵入りしているウィッグとは“無駄な出費の産物”と言う訳だ…
そもそも何故、私はウィッグを頼らずしてこの世を渡れないのかに関してだが。
何度かその実情を、当該エッセイ集バックナンバーにて公開している。
ただし、私は自分や家族の病気・障害等々弱点に関し、大々的にブログで公開する事を好まない主義であることに関してもバックナンバーにて述べて来ている。
それ故に、今回も大袈裟に我が過去の癌罹患について述べることは控えるが。
要するに、過去に於いて頭部に「皮膚癌」を患いその摘出及び植皮手術を受けたがために、一生に渡ってその手術痕を抱えて生きる運命下にあると言う訳だ。
そんな私に、我が娘が素敵な“愛称”をプレゼントしてくれた。
それは「河童(かっぱ)」なのだが、確かに我が頭にはお皿がある!(頭頂部やや左寄りだが)
娘のその“感性”に感激して、その後その「かっぱ」をひっくり返し「パッカ」を我が愛称として自宅で利用し続けている。 (参考だが、私が皮膚癌に罹患したのが40歳時点、娘が物心つく前から私は既に“河童頭”だった。)
それ程に、我が過去に於ける“癌罹患”は現在に於いてはプラスに機能している。
とは言えども…。
ウィッグに頼る人生とは、まずカネがかかる…。
今後100歳まで生きるとして、ずっとオーダーウィッグを使用し続けた場合、おそらく後数百万円の出費となろう。 (そんな事を家族の世話になる訳にもいかず、それを我が将来必需費用として計算し既に自力貯蓄済みでもあるのだが。)
それよりも何よりも、外出時にいちいちウィッグを被らねばならないその作業が鬱陶しいし、夏は暑いし、風が強い日の対応も実に大変だ。
温泉旅行など行けたものではない。(私の場合、元々その趣味が無いのだが、認知症状ある義母の温泉旅行付き合いには実に難儀した。)
やむを得ずガーゼ頭のまま義母を引き連れ温泉へ向かう途中、同じく温泉へ向かう我がガーゼ頭を見た高齢域男性から、「どうしたの、怪我でもしたの?」との優しい問いかけだ。 「いえ、単に過去の手術痕を隠しているだけです」と応えると、「そんなの気にしなくていいよ、そのまま温泉に入ればいいよ!」との何とも心優しい回答だった。
そうは言われても… 女湯の宿命とは厳しいものがあることなど自明の理だったものだ。
つい最近、ネット販売にて買い求めたウィッグに関する我が感想だが。
23年来ずっとオーダーウィッグに依存して来た私の当初の感想は、現在の市販ウィッグが実によく作られているとの事だ。
その髪質など一見すると、オーダーウィッグよりも優れている感覚すら抱かされる。
ただし実際に装着せねば、ウィッグの価値とは分からないものだ。
それを試みたところ、やはり市販ウィッグならではの問題点がある事実が否めない…
やはり我が残された運命とは。
20年来お世話になっている大手かつら企業へ近々出向き、次なるオーダーウィッグを作り直すしか手立てが打てないような気もする…
病気を克服して生き延びても、カネはかかるなあ、なる我が感想で今回のエッセイを締めくくろう…
原左都子は決して“猟奇趣味”という訳ではない。
では何故、数多くのヘアウィッグを所有しているのかと言えば。
私にとってヘアウィッグは、決してコレクションではなく必需品、より正確に表現するならば“身体の一部”である故だ。
上記写真のうち、前列中央が現在現役で使用しているウィッグ。 その後方左側が、その前に現役で使用していたウィッグである。
後列右は、後列左のウィッグをオーダーした際にほぼ同時に作成したウィッグだが、同じように頭の寸法を測って同じ工程で手作りしても、出来上がって来るウィッグの個体差は激しものがあるのが実情だ。 との理由により、悲しいかな使用せずしてお蔵入りしているウィッグである。
前列左右は、つい最近ネット通販にて購入した市販のウィッグ。
何故これら複数の市販ウィッグを購入するに至ったのかといえば、現在使用中のオーダーメイドウィッグがそろそろ寿命を迎えるからに他ならない。
オーダーメイドの場合、どうしても高額とならざるを得ない。 (上記写真の我がオーダーウィッグは一枚に付き数十万円の価格である。) しかも先程も記したが、オーダーと言えども完成品の個体差が激しく必ずや気に入る訳ではない。 一応の保証期間がありその期間内は調整が出来たり、最悪の場合“作り替え”も可能ではある。 ただし長年幾度もウィッグをオーダーしている身として、幾度も“作り替え”を要求するのはさすがに気が引けるものだ…
そのような“オーダーウィッグ”の欠点を考慮した場合、もしも市販のウィッグで事が済むのならばとの考えで、後学のためにこれらを買い求めたとの訳である。
既に23年来ウィッグのお世話になっている身だが。
上記写真は、あくまでも近年買い求めたウィッグ群であり、自宅押し入れの中には1枚に付き数十万円かけたオーダーウィッグが7枚程保存されている。 我が身体の一部として確実にその役目を果たし老朽化したウィッグは既に廃棄処分としており、要するに押し入れにお蔵入りしているウィッグとは“無駄な出費の産物”と言う訳だ…
そもそも何故、私はウィッグを頼らずしてこの世を渡れないのかに関してだが。
何度かその実情を、当該エッセイ集バックナンバーにて公開している。
ただし、私は自分や家族の病気・障害等々弱点に関し、大々的にブログで公開する事を好まない主義であることに関してもバックナンバーにて述べて来ている。
それ故に、今回も大袈裟に我が過去の癌罹患について述べることは控えるが。
要するに、過去に於いて頭部に「皮膚癌」を患いその摘出及び植皮手術を受けたがために、一生に渡ってその手術痕を抱えて生きる運命下にあると言う訳だ。
そんな私に、我が娘が素敵な“愛称”をプレゼントしてくれた。
それは「河童(かっぱ)」なのだが、確かに我が頭にはお皿がある!(頭頂部やや左寄りだが)
娘のその“感性”に感激して、その後その「かっぱ」をひっくり返し「パッカ」を我が愛称として自宅で利用し続けている。 (参考だが、私が皮膚癌に罹患したのが40歳時点、娘が物心つく前から私は既に“河童頭”だった。)
それ程に、我が過去に於ける“癌罹患”は現在に於いてはプラスに機能している。
とは言えども…。
ウィッグに頼る人生とは、まずカネがかかる…。
今後100歳まで生きるとして、ずっとオーダーウィッグを使用し続けた場合、おそらく後数百万円の出費となろう。 (そんな事を家族の世話になる訳にもいかず、それを我が将来必需費用として計算し既に自力貯蓄済みでもあるのだが。)
それよりも何よりも、外出時にいちいちウィッグを被らねばならないその作業が鬱陶しいし、夏は暑いし、風が強い日の対応も実に大変だ。
温泉旅行など行けたものではない。(私の場合、元々その趣味が無いのだが、認知症状ある義母の温泉旅行付き合いには実に難儀した。)
やむを得ずガーゼ頭のまま義母を引き連れ温泉へ向かう途中、同じく温泉へ向かう我がガーゼ頭を見た高齢域男性から、「どうしたの、怪我でもしたの?」との優しい問いかけだ。 「いえ、単に過去の手術痕を隠しているだけです」と応えると、「そんなの気にしなくていいよ、そのまま温泉に入ればいいよ!」との何とも心優しい回答だった。
そうは言われても… 女湯の宿命とは厳しいものがあることなど自明の理だったものだ。
つい最近、ネット販売にて買い求めたウィッグに関する我が感想だが。
23年来ずっとオーダーウィッグに依存して来た私の当初の感想は、現在の市販ウィッグが実によく作られているとの事だ。
その髪質など一見すると、オーダーウィッグよりも優れている感覚すら抱かされる。
ただし実際に装着せねば、ウィッグの価値とは分からないものだ。
それを試みたところ、やはり市販ウィッグならではの問題点がある事実が否めない…
やはり我が残された運命とは。
20年来お世話になっている大手かつら企業へ近々出向き、次なるオーダーウィッグを作り直すしか手立てが打てないような気もする…
病気を克服して生き延びても、カネはかかるなあ、なる我が感想で今回のエッセイを締めくくろう…