(冒頭写真は、2024.08.03付朝日新聞「書評」ページ ピエール・ミシェル・ベラトラン著 「左利きの歴史 ヨーロッパ世界における迫害と賞賛」に対する美術評論家・多摩美術大学教授 椹木野衣氏による書評・「長く続いた偏見 その源泉と今」より転載したもの。)
久々に、朝日新聞「書評」ページよりエッセイ題材を得よう。
早速、椹木野衣氏による書評を、以下に要約引用しよう。
わたしは左利きではないが、昔から憧れがあった。 ロックギタリスト・ジミ・ヘンドリックスは左利きだったが、右利き用のギターをそのまま抱えて、誰にも真似のできない演奏をした。 美術の世界に目を向ければ、レオナルドダヴィンチをはじめ、著名な巨匠たちが左利きで、ルネサンスに戻れば、あの「天才」ミケランジェロも矯正された左利きだったらしい。
ところが、西洋社会で左手は長く嫌悪の対象とされてきた。 「あらゆる名誉、あらゆる特権、あらゆる高尚さは右手に属し、あらゆる卑俗な任務、あらゆる下劣さは左手に属する」というのだ。 古代ギリシャの美の規範「ミロのヴィーナス」さえ、右利き故に美しいと唱えられた歴史がある。
著者は、その源泉と悪を峻別するキリスト教世界特有の二元論に見る。(中略)
幼い頃、利き手の強制に理不尽を感じた人は少なくないはずだ。 それもまた「迫害」の歴史の一端ではなかったか。 けれども著者は、このような左利きへの偏見が、ついぞ宗教裁判やナチズムのような宗教的・民族的・政治的帰属をめぐる大規模な迫害にまで発展しなかったことに着目する。
さらに左利きは「障害」でもない。 むしろ「美意識」の問題なのだ。 だからこそ右利きの優遇は、ユニバーサルデザインが唱えられるいまの社会でも根深く残っている。
(以上、朝日新聞「書評」ページより一部を要約引用したもの。)
原左都子の私事に入ろう。
本エッセ集バックナンバーにて幾度か述べているが、私め原左都子は生まれ持って「左利き」だったようだ。
後々母親が、「〇子(私のこと)は、放っておいたらすべての事を左手でしていた」と私に何度か告げたことがある。
ならば、どうにか対策を打てばよかったようなものだが。 とにかく、我が両親は子どもの教育には100%、一切合切何らの関心も無かった部類の人種だ。😭
私の左利きを最初に指摘したのは、幼稚園教諭だったと振り返る。
そうだとして 当時はその課題に対して個人指導を施すでもなく、単に「あなたは左利きで困った子ねえ…」と蔑むだけだった記憶がある…😷
我が記憶において、特に困惑したのは「ハサミ使い」だ。 あれはそもそも右利き用に作られていて(私の子ども時代の話です。現在では「左利き用はさみ」が必ずや販売されています!)左利き人間にとって、ものが切れる代物では無かった… そんなこと幼稚園教諭をはじめ誰も知らないし、気が付くことも無い時代で、この私は幼稚園ではとにかく「不器用な子」とレッテルを貼られていたことであろう。
余談だが、その事実を覆す事件が幼稚園時代に起こった!
ある日の事、我が4歳時に幼稚園内で「知能試験」が実施されたのだが。 おそらく左手で解答したであろう我が「知能試験結果」が“ IQ168”。 当時の幼稚園の歴代最高記録を打ち立てたのだ!! これでやっと、私は自分自身の能力に於ける名誉挽回が叶ったのではなかろうか!?!
その後の私の記憶としては。
上記引用文中にもある通り、当時は「左利きは必ずや右利きに治すべき!!」なる鉄則が蔓延っている時代背景であり。 この私も小学校入学までに幼稚園内で、その特訓をされたのだろう。
何分、学習能力の優れている???!?私故に、その矯正が辛かった記憶は無いのだが。 とにかく、小学校入学までには「右手」を使用する機会を増やすことが叶ったとのいきさつだった。
(ところが面白い事には、初めて体験することに関してはやはり必ず「左手」で実行したものだ。 例えば 小3の時に「かぎ針編み」を経験したが、自然と左手で編んだものだ。)
その後を語ると。
現在に至っては左手が決して利き手ではなく、握力等も右手の方が勝っている。
結果としては、「両手共々不器用な人生」を歩まされてしまっている感覚が今尚過るのだが… 😭
もしも、我が両親に彼らなりの子育てに関する確固とした教育方針があったならば…
この私は、元々の利き手である左手を活かすことはもちろんのこと。
右手共々有効活用しつつ、もっとずっと自分が活躍できる世界を広げることが叶ったような気もする。
今更ながら、何らの教育方針も能力も無かった両親を恨んでも仕方が無いが。
今の時代は、「左利き」等々の類まれな個々人が持って生まれた能力を活かす方向に世の中が転換出来ている事実に、安堵する。