つい先程、中学校教員による「(生徒に)夏休みに旅行したかと聞かないで」と題する、原左都子の感覚では大いに偏りがある内容の新聞投稿を、発見した。
早速、2024.08.10付朝日新聞「声」欄への 58歳女性中学校教員による投稿を、以下に要約引用しよう。
公立中学に勤務している58歳の教員だが。
コロナ禍前のこと。 2学期初めての授業である先生が、夏休みに旅行した人に挙手させていた。 私は、挙手しない生徒の中で涙ぐんでいた男子に気が付いた。 休み時間、私は彼と話をした。 私自身、十数年以上旅行をしていない。 旅行をしなくても日常を過ごす話を共有し合い、彼は笑顔になった。
この夏休み、旅行をする教師はとても多い。 旅行好きな人にも、事情があり旅行しない人がいることを知って欲しい。様々な理由で旅行に行かない生徒に思いを馳せて欲しい。
英語教師の私は、課題で「想像海外旅行」などを書かせてきた。 妄想なら世界を無料で旅行できる。
夏休み真っただ中。暑い暑い夏を、様々な気持ちで過ごしている人がいることに思いを巡らせてほしい。
私は20年前は乳がんで闘病していた。 それを思えば、今は何をしても幸せだ。
(以上、朝日新聞「声」らんより一投稿を引用したもの。)
原左都子の私見に入ろう。
なんともまあ、心が閉鎖的な女性教員であろう。
ご自身が20年前に「乳がん」を患い闘病した事実は、投稿内容から把握した。
それでも、女性教員さん? その「乳がん」は既に完治しているからこそ、今尚中学校にて教員を続行できているのでしょう?!?
それならばもうそろそろ、乳がんを患った事実からご自身こそを開放してあげてはいかがだろう??
ここで、原左都子の私事を語らせて頂こう。
この私も、40歳時(今から既に30年近く前の話になるが)に「頭部皮膚癌」を発症している。
これ、医学関係者の私自身の推測だが。
医学現場に於いて無菌操作を要する期間が何年かあり、その際に一般人よりも桁違いの大量の紫外線を頭部に日々浴びる運命にあった。
その時の紫外線の蓄積が年月を経過した我が頭頂部に「皮膚癌」をもたらしたものと、私は推測・断定している。
ただ、とにかくその摘出手術を受けた私は、この通り現在に至って尚無事に生命をつなげている。
とは言えども、一度手術にて摘出した我が頭頂部の癌部位を含めた皮膚が、蘇る訳もなく… (癌部位を摘出した後は、我が左脚から自分の皮膚を移植している。)
一生を通して、私は頭部手術跡を抱えて生きる運命にある。
ところが、現在はウィッグなるものが世に目覚ましく発展進化している時代であり。 この私もそのウィッグのお陰で、なんら不自由無き人生を歩めている!
(と言いつつ、ここでウィッグの弱点を上げると。 夏場は被ると暑い! 温泉地などでは、ウィッグを被ったまま入浴とならざるを得ず寛げないし、ホテルの自室に帰ってバスルームにての洗髪となり、二度手間だ! 等々の弱点はもちろんある!! それでも、この私も温泉地でやむを得ずその手術頭を披露したことがある。 認知症義母を引き連れての温泉旅行地で、義母の世話が厳しく自身の頭の傷跡などに構っていられず… そんな時、温泉客からの「頭どうされましたか?」との質問に応えて「過去に頭部皮膚癌を患った残骸です」等々と応えたものだ。 旅行客さんのご回答は「お義母さんの付き添いご苦労様です」と優しかったものだ…)
それでも、全般的な感想としては。
このウィッグの存在のお陰で、私は旅行もランニングも頭部皮膚癌手術直後から、何不自由なく皆と一緒に楽しんできている身であり。
上に紹介した乳がんを経験しているとの中学女性教員氏のような、「(生徒に)旅行をしたかと聞かないで」なる、歪み切った心情は全く無い!!😵 😭
ここはどうか、中学女性教員さん。
乳がん闘病から既に20年の年月が経過して、今はお幸せであられるのならば。
ご自身の過去の「不幸」を、現在指導されている生徒に転嫁するとの勘違いは、もう卒業するべきではないだろうか??
そんなことで、可愛い生徒の皆さんの夏休みの最大の楽しみでだったであろう「旅行」等の話を封印する権利など教員には無いはずだし。
とにかく 今後は心を開かれて、旅行を始めとする生徒達の夏休中の旅行等々の体験話に快く耳を傾けてあげては如何でしょうか??!!