◎指揮に従はざる職工は逐ひ放し下さるべく候事
神作浜吉『日本工業用文』(博文館、一八九四)から、慶應義塾が講堂を新築した際の「仕様注文簿」を紹介している。本日は、その六回目(最後)。この仕様注文簿(仕様書)は、「鳶人足並に土方の部」、「煉化職之部」、「石工の部」、「大工の部」、「瓦方の部」、「鉄物方の部」、「建具方並錠前蝶類」、「左官の部」、「ペンキ方ノ部」、「経師屋の部」、「硝子屋の部」の順に、それぞれの部に関する説明をおこなったあと、「右条仕様の外」に心得るべきこととして、以下のような条項を列挙している。
右条仕様の外相心得可申個条
一前条に仕様書並付属図面十枚の内寸尺仕様等互に相違の廉【カド】有之候節は建築係の判決を請け指図の通り工事執行可致事
一請負人より指図し候諸職工の内工事仕様并に手直し方等に付〈つき〉建築係の指揮に従はさる者有之候節は建築掛より申付次第該職工当場所より逐放【オヒハナシ】可被下〈くださるべく〉候事
一請負工事は工事の順序相立候様致し諸職工共申合〈もうしあわせ〉互の工事に差支【サシツカヘ】不相成様〈しならざるよう〉可致者〈いたすべきは〉勿論時宜に依り互に入用の手助【テダスケ】可致事
一請負工事注文仕様に相悖【モト】り候節は何ケ度にても無代価にて手直し可致且使用物品の内切損【キリソンジ】亦は破損候節は工事差支に不相成様現品引換可申事
一今回約定可致請置工事皆落成期限は請負約定【ヤクジヤウ】取結候翌日より起算晴雨を論せず日数三百日間以内以内たるへき事万一右日限より延期候節は延期一日に付請負惣金高の百分の一宛〈ずつ〉違約償金として請負金高の内より引去可申事
但請負日限中暴風雨等の天災有之候節は詮議の上延期容赦候儀も可有之事
一請負工事着手【チヤクシウ】より同皆落成【ラクセイ】検査済迄の請負人に於て請負工事一切保護の責任あるものに付右責任中に係【カヽ】る風雨等一切の損害は総て請負人に於て負担弁償する義と可相心得事〈あいこころうべきこと〉
【四項目分、中略】
一受負代金払渡【ハラヒワタ】し儀は物品場所持込済の節当方の見込れて凡〈およそ〉右上価の八分通り相渡し其他時々当方の見込に依り出来工事の凡七分代金相渡し置〈おき〉追て請負工事皆落成精算漏【セイサンモレ】の上残金払渡可申事
明治十九年七月
この仕様注文簿(仕様書)を書いた藤本寿吉(じゅきち)は、福沢諭吉の甥にあたる。一八五五年(安政二)に生まれ、一八九五(明治二八)に亡くなったという(ウィキペディア「藤本寿吉」の項)。一八九四年(明治二七)に出た『日本工業用文』に、「故工学士藤本寿吉氏」とある事情は不明。また、この仕様書によって作られた「慶應義塾講堂」が峻工した年月、その正式名称・通称などについては、まだ調べていない。