礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「橋本進吉博士著作集の刊行について」(1946年5月)

2021-05-12 04:23:36 | コラムと名言

◎「橋本進吉博士著作集の刊行について」(1946年5月)

 今月七日の記事〝時枝誠記による解説「橋本進吉博士と国語学」〟の前に、〝「橋本進吉博士著作集の刊行について」(1946年5月)〟という記事を入れる予定だったところ、うっかり飛ばしてしまった。七日の記事の冒頭に、「昨日、述べた通り」とあるのは、〝「橋本進吉博士著作集の刊行について」(1946年5月)〟の記事を前提にしていた次第。順序が前後して申し訳ないが、ここで補わせていただく。

◎「橋本進吉博士著作集の刊行について」(1946年5月)
 
 先日、書棚を整理していたところ、橋本進吉著作集第一巻『国語学概論』(岩波書店)が出てきた。一九四六年(昭和二一)一二月一〇日第一刷発行、定価四〇円。
 この巻には、「国語学概論」、「国語学研究法」、「国語学と国語教育」、「国語と伝統」が収録されている。巻末にある「解説」は、時枝誠記(ときえだ・もとき)が担当している。
 そして「解説」のあとに、「橋本進吉博士著作集の刊行について」という一文が載っている。本日は、これを紹介してみよう。

   橋本進吉博士著作集の刊行について 
 橋本先生が、国語学者として一代の碩学であつたことは多言を要しないであらう。それにも拘らず、生前公にされた著書の少いのは、先生の謙虚な性格によるものであるが、また十全を期せられる学問的厳格さの故であつた。
 しかし、雑誌講座等に発表された論文の数は、かなりの数に上り、これらを纏めた論文集の公刊は、久しく学界の待望するところであつた。論文中の或るものは、岩波書店の熱意を傾けての懇請の結果、二三の論文集として刊行することに、先生は承諾を与へてをられたのであるが、既発表のものを新しく公にするには補訂を加へたい、補訂を加へる暇があれば新しい問題の研究に従ひたいといふ御考へから、容易にその実現を見ない中に、先生は昭和二十年〔一九四五〕一月長逝されたのであつた。
 なくなられる直前まで筆をとつてをられた先生の机上や筐底には、未発表の論文がいくつか残された。また東京帝国大学等に於ける講義案も少くない。これらの遺稿が公刊されることは、もはや先生の膝下に親しく教を乞ふことの出来ない門下生にとつて、唯一つの願である。先生の一年祭にあたつて、先生が三十数年の久しい間研鑽の場所とされた、ゆかりふかい国語研究室に追憶の会を開いた折にも、門下生の語り合つたのは、まさにこの一事であつた。しかし、先生の書き残されたものを全面的に公刊するといふやうな計画は、先生の御意思に背くものではないであらうか。平生の御口吻から察すると、たしかにかやうなことは、先生の望まれるところではなかつたやうである。この問題をふかく恐れながら、しかも門下生の意見が公刊に一決したのは、ひとへに、広く学界の同志と共に、先生の業績の中に指針を仰いで、今後の国語学の進展に微力を尽したいといふ念願からである。
 ここに、御遺族の許諾を得て、橋本進吉博士著作刊行委員会が成り、久松潜一・時枝誠記両教授を中心に、かつて国語研究室の助手副手として先生の下にあつた数名が主になつて、編纂刊行に着手するに至つた。遺稿は幸にこの度の戦災を免れてゐる。既発表、未発表の論文、大学その他に於ける講義講演から、既刊単行のものをも含めて、先生のすべての述作は、この著作集に網羅される筈である。委員会では、これらを部門によつて分類編次し、一冊ごとに解説を附して、次々に上梓する方針で、今日まづその第一冊を世に送らうとするのである。
 この著作集が岩波書店から印行されるのは、前に述べた、先生御存命中からの因縁によるものである。困難な出版事情にも拘らず、この刊行を引受けられた同書店の好意に、あつく感謝の意を表すると共に、この刊行が最後まで遂げられることを、学問の為にふかくこひねがふ次第である。
   昭和二十一年五月    橋本進吉博士著作集刊行委員会

 署名は「橋本進吉博士著作集刊行委員会」となっているが、執筆したのは、たぶん大野晋であろう。

※橋本進吉著作集の紹介は、このあとも続けたいが、とりあえず明日は、話題を変える。

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