◎内乱御鎮圧に付外国の力を御用相成度事(福沢諭吉)
福沢諭吉の「長州再征に関する建白書」を読解している。本日は、その五回目で、「第二条」を読解してゆきたい。
第二条「内乱御鎮圧に付外国の力を御用相成度事」は、第一条よりは短い。そこには、全集の「句点」を見る限り、七つのセンテンスが含まれている。その七つのセンテンスに、⓫⓬⓭⓮⓯⓰⓱という番号を振る。
第二条 内乱御鎮圧に付外国の力を御用相成度事
⓫一、此度長州御征罰に付ては彼方おゐても二ヶ年の間竊に武備相整軍器軍法とも不残西洋流にいたし且国民必死を以て官軍へ御敵対いたし候義に付中々小敵には無御座既に井伊榊原敗走の実験も有之諸大名和流の兵幾万人有之候とも有名無実迚も御用には不相成候事に御座候
第二条のタイトル「内乱御鎮圧に付外国の力を御用相成度事」は、「内乱御鎮圧につき外国の力を御用相成度〈オモチイアイナリタキ〉事」と読むのであろう。このタイトルからわかるように、この建白書で最も注目すべきは、この第二条である。
一、この度〔の〕長州御征罰については、かの方〔に〕おゐても、二ヶ年の間、竊〈ヒソカ〉に武備相整へ、軍器軍法とも、不残〈ノコラズ〉西洋流にいたし、かつ国民必死を以て官軍へ御敵対いたし候義につき、なかなか小敵には無御座〈ゴザナク〉、既に井伊榊原敗走の実験も有之〈コレアリ〉、諸大名〔の〕和流の兵、幾万人有之候とも有名無実、とても御用には不相成〈アイナラズ〉候事に御座候。
《補足1》「一、」とあるが、それに続く「二、」はない。
《補足2》「此度長州御征罰」は、のちの歴史にいう「第二次長州征討」(一八六五~一八九七)のこと。「長州再征」と呼ぶ場合もある。
《補足3》「井伊榊原敗走の実験」は、慶応二年(一八六六)六月一四日の「小瀬川口の戦い」で、彦根軍(井伊家)、高田軍(榊原家)が長州軍に敗れたことを指している。「実験」は、実際の経験の意。
⓬就ては上の御人数も歩兵竝に大砲兼て熟練はいたし候義には候得共賊は必死の地を守り防戦いたし且武器の利も有之主客の勢唯今の処にては乍恐一時の御成敗如何可有之哉深心配仕候義に奉存候【御座候】。
ついては、上の御人数も歩兵ならびに大砲、かねて熟練はいたし候義には候得ども、賊は必死の地を守り防戦いたし、かつ武器の利も有之、主客の勢ひ、ただ今のところにては、乍恐〈オソレナガラ〉、一時〈イットキ〉の御成敗いかに可有之〈コレアルベキ〉や、深く心配仕り候義に奉存〈ゾンジタテマツリ〉候【御座候】。
⓭の読解は、次回。