◎日本政府は世界中にて最も富饒の御身代(福沢諭吉)
福沢諭吉の「長州再征に関する建白書」を読解している。本日は、その八回目(最後)で、「第二条」の⓮⓯⓰⓱、及び付言⓲⓳を、読解する。
⓮将又外国の兵を御雇ひ武器御買上に付て御入用の御掛念も可被為有候得共此亦少しも御心配に不及義に奉存候
はたまた、外国の兵を御雇ひ、武器御買上について、御入用の御掛念も可被為有〈アラセラルベク〉候得ども、これまた少しも御心配に不及〈オヨバザル〉義に奉存〈ゾンジタテマツリ〉候。
⓯其子細は唯今防長二州の入高を年々百万俵と致し金にして凡二百万両に御座候
その子細は、ただ今、防長二州の入高を年々百万俵と致し、金にして凡そ二百万両に御座候。
⓰此度御取潰相成以後永久二百万両の御益有之候得ば唯今弐千万両の金を御借用被成候とも利分を払ひ二拾年の後は皆済可相成尤弐千万両の大金を即時御入用にも有御座間敷且御国は西洋諸国と違ひ兼てより国債の御法無之に付一時に大金を御集相成候には御都合に候得共征長御片附の上は年々二百万両の御益有之候と申義前以て御見拓相立候得ば外国え雇兵の御掛合にも御手心有之義に付何程御盛大の義と被思召立候とも御入用の御指支の義は絶て有之間敷一体西洋諸国にては国債と申もの有之英国抔にても千八百六十二年には八億九千万ポンドの国債有之其年政府の入高は僅七千万計に候得ば一ヶ年七百両の取前にて八千九百両の借財有之候割合に御座候
⓰は長いので、二文に区切る。
⓰ⓐ此度御取潰相成以後永久二百万両の御益有之候得ば唯今弐千万両の金を御借用被成候とも利分を払ひ二拾年の後は皆済可相成
この度、御取潰し相成り、以後永久二百万両の御益有之〈コレアリ〉候得ば、ただ今弐千万両の金を御借用被成〈ナサレ〉候とも、利分を払ひ二拾年の後は皆済〈カイサイ〉可相成〈アイナルベシ〉。
《補足》「可相成」で句点を打つ場合、その読みは〈アイナルベシ〉。読点を打って続ける場合は〈アイナルベク〉。
⓰ⓑ尤弐千万両の大金を即時御入用にも有御座間敷且御国は西洋諸国と違ひ兼てより国債の御法無之に付一時に大金を御集相成候には御不都合に候得共征長御片附の上は年々二百万両の御益有之候と申義前以て御見拓相立候得ば外国え雇兵の御掛合にも御手心有之義に付何程御盛大の義と被思召立候とも御入用の御指支の義は絶て有之間敷一体西洋諸国にては国債と申もの有之英国抔にても千八百六十二年には八億九千万ポンドの国債有之其年政府の入高は僅七千万計に候得ば一ヶ年七百両の取前にて八千九百両の借財有之候割合に御座候
尤も、弐千万両の大金を即時御入用にも有御座間敷〈ゴザアルマジク〉、かつ御国は西洋諸国と違ひ、かねてより国債の御法無之〈コレナキ〉につき、一時〈イットキ〉に大金を御集め相成り候には御不都合に候得ども、征長御片附けの上は、年々二百万両の御益有之〈これあり〉候と申す義、前以て御見拓き相立て候得ば、外国え雇兵の御掛合にも御手心有之〈コレアル〉義に付、何程御盛大の義と被思召立〈オボシメシタタレ〉候とも、御入用の御指支〈オサシツカエ〉の義は絶えて有之間敷〈コレアルマジク〉、一体西洋諸国にては国債と申もの有之〈コレアリ〉、英国などにても千八百六十二年には八億九千万ポンドの国債有之、その年政府の入高は僅か七千万ばかりに候得ば、一ヶ年七百両の取前〔とりぶん〕にて、八千九百両の借財有之〈コレアり〉候割合に御座候。
《補足1》「外国え雇兵の御掛合にも御手心有之」は、「外国に傭兵の談判をするにも余裕がある」といったニュアンスか。
《補足2》⓰ⓑは、「絶て有之間敷」のところを「絶て有之間敷候」などとして、いったん区切るべきであった。そうしなかったため、こういう長いセンテンスとなった。
⓱左候得ば日本政府は世界中にて最も富饒の御身代に【か】と奉存候
さ候得ば、日本政府は世界中にて、最も富饒〈フジョウ〉の御身代に【か】と奉存候。
《補足》全集では、⓱の「御身代にと奉存候」の「に」の右横に〔か〕というルビがある。「御身代かと奉存候」が正しい、という校訂者の判断を示したものであろう。しかし、「御身代かと」という表現は、やや露骨である。「御身代にと奉存候」の「に」と「と」の間に入るべき「被為有候」などが省略された形と捉えれば、「御身代にと」のほうが、控え目で好ましいのではないか。
さて、「長州再征に関する建白書」の本文は、ここで終わっているが、そのあと、改行して、次のような「付言」が付いている。二文から成るので、これを⓲⓳とする。
右申上候愚見の趣御一覧の上御採用可被成下廉も御座候はゞ難有仕合奉存候尚又内外御照合の為め昨八月中より〔以下欠〕
福 沢 諭 吉 建 言
⓲右申上候愚見の趣御一覧の上御採用可被成下廉も御座候はゞ難有仕合奉存候
右申上げ候愚見の趣、御一覧の上、御採用可被成下〈ナシクダサルベキ〉廉〈カド〉も御座候はゞ、難有〈アリハタキ〉仕合せ〔に〕奉存候。
⓳尚又内外御照合の為め昨八月中より〔以下欠〕 福 沢 諭 吉 建 言
尚また内外御照合のため、昨八月中より〔以下欠〕 福 沢 諭 吉 建 言
《補足》〔以下欠〕は、全集の校訂者によるもの。全集の「註」によれば、ここには、〝昨年八月中より書き記した「西洋事情」と題する一本を写させて添附するから御覧願ひたい〟旨の文言があったという(先月二四日の当ブログ参照)。
「長州再征に関する建白書」を読解してみて、気づいたこと、感じたことがいろいろとあった。これについては、のちほど整理してみたい。明日は、いったん話題を変える。