礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

陛下に直接、報道部長談・布告文を御覧に入れた

2023-06-03 00:59:51 | コラムと名言

◎陛下に直接、報道部長談・布告文を御覧に入れた

 藤本弘道著『踊らした者――大本営報道秘史』(北信書房、1946年7月)から、「四・一八空襲」に関する記述を紹介している。本日は、その六回目。
 同書巻末にある「雑話集」から、「四・一八空襲余談」を紹介している。「四・一八空襲余談」の紹介としては、三回目。

 ところが、この発表を行ふことを聞かれた宮中方面では、その結果が国際間に起す影響を考慮せられて、特に陸軍全体の総意による慎重なる態度をもつて発表に当るやうにとのお言葉が当局に伝へられたため、さらにその発表方法に改訂審議を行はねばならぬこととなつた。
 かねて宮中では搭乗者処刑自体に対しても相当以上慎重な態度をとつてをり、陸軍側が死刑と決定した者に対しても更に審議を下してその数を減らし大部分を執行猶予とし他を無罪としたくらいで、本土空襲者を処刑する方針を執るにしても、空襲を行つた者に対してといふ意味ではなく、暴虐の行為ありたる者といふ人道正義上の意味に対してのみ行ふやう特に留意することを絶対に主張あらせられてゐたのである。
 またこれとは別途に、処刑者が俘虜であるか否かがまた大きな問題となるのであつて、俘虜であつた場合は国際法規によつて保護を加へるべきが当然で、処刑といふことは考へられない。彼等が俘虜収容所にまだ入れられて居らず俘虜としての資格が与へられてゐなかつたがためこの処刑が成立したしたのであるといふ微妙な点があることも発表に当つて考慮に入れなければならなかつた。
 さうした種々の点から、結局その発表は、『大本営発表』といふ絶対的価値と責任ある形式を執らず、布告文を一般に公示するといふ形式を執ることとし、それに附随して当局の意のあるところを敷衍するという意味で報道部長談を公表するといふ方法で発表を行ふこととなつた。そして布告文に対して参謀本部側の意見を、報道部長談に対しては軍務課の意見をそれぞれ反映する新聞社側の解説記事を併記させるといふやり方で当局の発表意見及び方法は一致したのである。
 そこで、発表の実際に当つては、宮中よりのお言葉のあつた手前、その責任をとる連帯にしても==『大本営発表』の責任たる連帯の問題に就いては、『愚かなる大本営発表』の項に於いて解説してある==『大本営発表』の場合よりも大がかりな連帯、即ち参謀総長・参謀次長・陸軍大臣・陸軍次官・参謀本部総務部長・陸軍省軍務局長・同兵務局長・同法務局長・参謀本部第一部長・同第二部長・報道部長・俘虜管理部長・参謀本部第二課長・第三課長・第十八課長・第十五課長・陸軍省軍事課長・軍務課長・法務課長・防衛課長の連帯を求め、陛下に対してもそれ等の連帯を得た報道部長談、布告文を直接御覧に入れるとともに、発表方法及び新聞指導要領をも詳細に上奏してこの発表が出来上つたのである。
 ところが、ここに哀れをとゞめたのは、斯くも複雑にして神経をつかつて発表した結果の影響が、結局は水泡に帰してしまつたといふことである。
 参謀本部第二課の考へたアメリカ飛行士の本土空襲意欲を押へるといふことは、事実が示した通り何の効果も表はさなかつたし、軍務課の考へた国内に対する宣伝効果も当局が思つた程の効目が現れず、この発表後間もなく行はれた、陸軍のガダルカナル上陸、海軍のソロモン海戦の派手やかさに目をうばはれてしまつた形となつた。〈163~166ページ〉【以下、次回】

 ここで「宮中方面」とあるのは、昭和天皇を婉曲に表現している。「お言葉」、「主張あらせられてゐた」という敬語に注意したい。

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