礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

気焰は吐く者を毒し、受くる者を毒す(内村鑑三)

2023-06-27 01:13:27 | コラムと名言

◎気焰は吐く者を毒し、受くる者を毒す(内村鑑三)

 山本七平編『内村鑑三文明評論集(一)』(講談社学術文庫、1977)から、内村鑑三の文章を紹介している。本日は、その二回目。
 同書には、「日本国の大困難」(1903)という注目すべき文章が収められているが、これはかなり長いので、紹介は後に回したい。本日は、比較的、短い文章を三つ紹介する。いずれも、1903年に発表された文章。『聖書之研究』における巻号は示されていない。

   犬を慎めよ
 なんじら犬を慎めよ(ピリピ書三の二)。当代のいわゆる批評家なる者を慎めよ。声ありて実なき者を慎めよ。毀【こぼ】つのみにして建て得ざる者を慎めよ。螫【さ】す〔刺す〕のみにして癒し得ざる者を慎めよ。なんじら彼らたるなかれ。なんじら彼らに聞くなかれ。その文に目をさらすなかれ。恐らくは彼らなんじらの霊魂を殺し、なんじらは餓【う】ゆるのみにして飽くことのなんたるを知らざるとならん。

   われの大敵
 われを神のごとくに敬する者、予言者のごとくに貴ぶ〈タットブ〉者はついにわれに叛【そむ】き、わが面【おもて】に唾【つばき】し、われをわが敵人に付【わ】たし、われを十字架に釘【つ】ける者である。世に忌【い】むべき、憎むべき、卑【いやし】むべき、避くべき者の中に崇拝家のごときはない。彼の面にはイスカリオテのユダの相【そう】がある。彼がわれに近づくごとにわれは戦慄する。その時われはひとり心の中に祈って言う。「神よ願わくはわれをわが崇拝家の手より救い給え」と。

   気 焰
 今の人はしきりに気焰なるものを要求す。しかれども気焰は毒気〈ドッケ〉なり。これを吐く者を毒し、これを受くる者を毒す。吾人はむしろ神の真理を語るべきなり。神の真理は清爽【せいそう】にして健全なり。これを語る者も益せられ、これを聴くものも益せらる。われらは不平の小火山となりて妖氛【ようふん】を吐いて同胞と社会とを毒すべからざるなり。

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