◎その劇場の前には長い行列が蜿蜒と続いていた
『日の出』1945年11月号から、UP通信社極東総支配人M・W・ヴォーンに対するインタビュー記録「日本を斯く見る」を紹介している。本日は、その四回目(最後)。
「問」は、ニッポンタイムズ社編輯局総務の長谷川進一によるもの。「答」は、それに、M・W・ヴォーンが答えたもの。
問 マツカーサー元帥が『日本は四等国に転落した』といつた言葉は、日本国民民に強く銘記されてゐます。ただそれがまだ実感をもつて迫つて来てゐない感はあります。しかし考へても御覧なさい。日本の領土は、米国のカリフオルニア州一州の広さにしか過ぎなくなつてしまひました。その狭小【けふせう】な領土の中に、七八千万人といふ大和民族が生活しなければならないのです。人口、食糧問題の窮屈なことはうたがひもなく明かなことです。その上、将来連合国にたいする賠償もかゝつて来ませう。日本国民の生活難は必然です。アメリカは何の〈ドノ〉程度まで外国からの食糧の補給を認めようといふのですか? 日本の貿易は実際どれくらゐで足りるのですか? 日本が動けなくなつたら、賠償も何も取れなくなるではありませんか? 一体米国では、この不合理な状態は、どうすれば合理化されると考へてゐるのですか?
答 私は日本の現在の人口は、ポツダム宣言で定められた新国家領域において楽に生活して行くことが出来ると信じます。それには、日本人は将来非常に働かなければならない。そしてそれと同時に日本国民従来のやり方に改善を加へなければならないと思ふのです。例へば、農業はもつと近代化しなければならないし、軽工業も再建しなければならない。大切なことは、あらゆる種類の国民の生活必需品を出来るだけ急速に製造することです。この問題については、私は、日本の政府は大変うまくやつてゐると信じます。
問 この点に関するマツカーサー司令部の任務はどうですか?
答 マツカーサー司令部は、その任務をうまく遂行してゐますが、司令部は、日本政府および日本国民が自国の国内改革に当つて、もつと急速に進行することを希望してゐるのです。
問 さき程は、日本国民の自覚の足りない一面の話が出ましたが、日本人にも良い点はいろいろあります。あなたがアメリカ人として見て、日本人の優れてゐると思ふ点は何ですか?
答 日本国民は伝統的に、勤勉で、正直で、倹約で、優雅で、よく働く。この性質が続いて発揮されるならば、私は日本を訪問するすべてのアメリカ人が日本を尊敬するやうになると信じます。
問 あなたの東京再訪以来、まだ余り日も経たないが、いろいろな日本の名士に会見されたでせう。誰から一番深い印象を受けましたか?
答 日本には沢山のよい指導者がゐます。その第一人者は申すまでもなく 天皇陛下であらせられます。私は幣原〔喜重郎〕首相にも、その他の閣僚にも会見したが、そのいづれもが国民から支持を受けるに足る有能の士であると思ひます。
問 将来において、日米両国は戦前のやうな友誼関係を取り戻すことができると思ひますか?
答 私は、日本が戦争の衝撃から恢復した時、即ちまあ二三年後に、日本が出来るだけ多数の留学生を教育を受けるためにアメリカへ送るやうに、日本の各種団体が世話したらよからうと思ひます。私は日本とアメリカとが互いに他の国の問題や歴史や制度習慣を理解するやうに熱心に努力したならば、日米の友好関係は、急速に恢復することが出来ると思ひます。
× × ×
約束の時間が尽きたので、対談はこれで終つた。
筆者はヴオーン氏に、忙しい最中時間を割いて貰つた礼を述べて別れを告げようとしたが、ヴオーン氏も、有楽町のユー・ピー事務所に用があるといふので、連れ立つて放送会館を出た。
電車通りを越すと、日比谷の歓楽街にちかい。その劇場の前には、秋の陽に照らされて切符を買ふ長い行列がゑんえん〔蜿蜒〕とつゞいてゐた。
周囲の焼跡はまだ片附いてゐない。
壊れた瓦礫のあひだから、不浄物の臭ひがした。
私はさつきの話を思ひ出して、思はず自分の頭より高いヴオーン氏のテカテカした赭【あか】ら顔を見上げた。
突然、私達の後から猛烈なスピードで走つて来た一台のジープが、何も彼も吹き飛ばすやうに前方のガード下を走りぬけて銀座通りへ去つた。
ガード下は日が翳【かげ】つて暗かつた。
私たちは、その角を左へ曲がつた。 (筆者は日本タイムス社編輯局総務)
末尾に「日本タイムス社」とあるが、当時の正式名は「ニッポンタイムズ」(戦中戦後の一時期、ジャパンタイムズは、ニッポンタイムズを名乗った)。
日比谷の劇場とあるのは、たぶん、帝国劇場のことであろう。帝国劇場では、敗戦後、間もない1945年10月から、尾上菊五郎一座の公演が始まったという。M・W・ヴォーンとの対談のあと、長谷川進一が見た行列というのは、その公演の切符を求める人々の行列だったと思われる。
M・W・ヴォーン、および長谷川進一についても、少し調べてみた。それについての紹介は、しばらくのちに。明日は話題を変える。