礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

大本営報道部長談を削除するとは何事か

2023-06-04 02:37:21 | コラムと名言

◎大本営報道部長談を削除するとは何事か

 藤本弘道著『踊らした者――大本営報道秘史』(北信書房、1946年7月)から、「四・一八空襲」に関する記述を紹介している。本日は、その七回目(最後)。
 同書巻末にある「雑話集」から、「四・一八空襲余談」を紹介している。「四・一八空襲余談」の紹介としては、四回目(最後)。

 四月十八日の空襲はそれから一年経つた昭和十八年〔1943〕四月二十一日の新聞紙上で、また一騒動を巻き起すこととなつた。
 アメリカ情報局は米国民の士気鼓舞の目的をもつて、日本本土空襲一周年記念日を期して、当時の空襲状況を発表すべく予告したのであつたが、アメリカ陸軍省の拒に遭つてその計画を変更せねばならなくなつたことがあつたが、これに対して我が大本営陸軍部は当時の報道部長谷萩那華雄少将をして『東京空襲の失敗を衝く』なる談話を発表せしめたのである。
 その内容は、去年本土を空襲しての帰路を中華民国浙江省衢州〈クシュウ〉飛行場に求めての途中、我が軍に捕へられた米飛行士から得た情報を綜合して、空襲計画の慨要・空襲参加者募集状況・出発前の訓練並に防諜状況・桑港〔サンフランシスコ〕出発後の状況、空襲の実際の項目に分けて説明した相当手堅い長篇ものであつた。そしてこの談話は四月二十日行はれて四月二十一日の新聞に掲載せしめることとし、『米情報局に代つて空襲に対する詳細談話を発表して米国民の期待に応へる』と銘うつたもので、日本の面も軍人式宣伝術としてはなかなか気のきいたもので、今次戦争中の傑作ともいふべきものであつた。
 ここまでは実によかつたが、ここから先が少しおかしくなつて来るのである。
 この談話に谷萩少将は自信満々たる『ミソ』を持つてゐたのである。それは、この長談話の最後にある一行の『サゲ』にあつた。即ちこの空襲指揮官がドウリツトル大佐であつたに対して、谷萩少将はこの談話を結ぶに『将来日本空襲の指揮官はドウ・ナツシング大佐なれ』との『サゲ』をつけて得々たるものがあつたのであるが、さて新聞掲載となつて読売新聞社がその肝心の一行を抹殺してしまつたのである。
 編輯者の方としては新聞紙面整理の関係上から、一般的に必要のない処を削除して体裁を整へたといふ簡単なもので、従来大臣談話その他この種談話ものはさうして来てゐたのであるから格別それが問題になるものとも考へてはゐなかつた。また、事実その一行を削除してもなんら大局には影響のないところであつたはずだ。
 ところが、削られた方にしてみれば、最も自信満々たるところであつたし、その請求の一言で、完全にアメリカを揶揄し得たものとして自慢してゐた場所であつたのだからたまらない。忽ちアメリカの爆弾ならぬ陸軍爆弾が読売の真向上段に落ちて来た。
 大本営報道部長談なるものは『大本営発表』と同等の意義価値を有するものである。斯かる重大なるものを、一字一句と雖も新聞社側の都合によつて削除することは何事であるかと極めつけて来たのである。
 新聞社編輯者側としては、従来の談話なるものの扱ひ方を説明するとともに、決して格別ふくむところがあつてこれを行つたものでないことをも説明したのであるが、陸軍省報道部としては、他の大臣名士の談話はそれでもよいであらうが、軍報道部の談話はそれを許さないものであり、『大本営発表』が参謀総長が上奏せるものを発表し、絶対権威あるもので扱ふ方即ち報道関係者でこれに手を加へることが出来ぬと同様に、報道部長談も略式に演説会の席上或ひは旅行中の車中談などといふものの場合は別として、公式に報道部長談として発表する場合は、上奏手続をとつてあるのであるから、これに業者側で手を入れることはお上に嘘を申上げる結果となるものである、といふ理由から、読売側の説明を聞き入れず、この編輯を行つた者に対して、社としての正式な譴責処分を行ふこと及び、斯かる重大な失策を編輯者に行はさしめたのは読売新聞社から派遣されて陸軍省詰となつて来てゐる陸軍記者達が本社と陸軍との間の連絡を十分行つてゐなかつたのであるから、読売新聞記者はむかう一週間陸軍省に出入することを停止せしめることといふ二つの処分申渡しをされてしまつた。
 当時としてはこれに対して絶対不服を申出る方途なく、遂に『泣く子と地頭』の例へ通りに服罪?してしまつたのであるが、四・一八空襲はとんでもないシャレた結末をつけて幕を閉ぢることとなつたのである。

 以上で、「四・一八空襲余談」の紹介を終える。明日は、『踊らした者――大本営報道秘史』の著者・藤本弘道について述べる。

*このブログの人気記事 2023・6・4(10位の隠語の分類は実に久しぶり)

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