◎時局を打開するために宗教家の活動が必要(衆議院)
松尾長造述『宗教団体法解説』(仏教連合会、一九三九)を紹介している。本日は、「五、衆議院の希望条項」を紹介する。ページ数でいうと、四四ページから四八ページまで。明日は、話題を変える。
五、衆議院の希望条項
最後に、私の話を終るに当つて、衆議院に於ける希望条項に付て此の際一応御説明申上げて置かうと思ひます。衆議院に於て宗教団体法案を議決せんとするに方つて〈アタッテ〉三箇の希望条項が決議されたのであります。
第一、政府ハ時局ニ鑑ミ〈かんがみ〉特ニ宗教家ノ活動ヲ促進スル為速ニ〈すみやかに〉適当ノ方策ヲ講ズベシ
之は宗教家側に取つては二つのポイントを含んで居るのではなからうかと読んで居ります。其の一つは、衆議院は時局に艦みて特に宗教家の活動に期待して居ります。宗教家の活動が何の役にも立たぬ、時局に際して間に合はない、出て来て貰つて邪魔だと云ふならば、こんなことは云ひはしませぬ。時局に鑑み特に宗教家の活動を促進する為め速に適当なる方策を講ずべし――時局解決の為めに、此の時局を打開する為めに、宗教家の活動が是非必要なのだ、故にそれを促進する必要ありと云ふのであります。併しいゝ気になつてはいかぬ、さう云ふ必要なものだけれどもまだまだ不十分だ、故に促進する為め速に適当な方策を講ぜよと云つって居るのであります。一口に云へば、此の際宗教家にウンと働いて貰はなければならぬ。けれども其の働きは不充分である。だから政府の力で引上げろと云ふのであります。宗教家の熟読玩味すべき一条だと思ひます。
第二、政府ハ宗教教師ノ資格向上ニ付〈つき〉特ニ考慮ヲ払ヒ遺憾ナキヲ期スべシ
従来の案に於ては宗教々師の資格条件を法律で規定しようと致して居ります。或は中学校を卒業しなくてはならぬとか、或は高等女学校を卒業しなくてはならぬとか、或は相当教養ある者と云ふやうな文字が使つてある。或は消極的には未成年者・破産者・懲役に処せられた者は教師になれないと云ふ風に、中々綿密な規定が考へられてあつたのでありますが、此の法律ではさう云ふ規定は抜いてしまつたのであります。それを衆議院では心配されたものと思ひます。明治二十八年〔一八九五〕内務省で宗教行政をやつて居つた時にも訓令が出て居る。即ち目下国民の大部分が尋常小学校を卒業して居る「故ニ斯ノ如キ人民ニ布教伝道スル教師ハ教義宗旨ニ精通スルノ外〈ホカ〉尚尋常中学科相当以上ノ学識ヲ具備スルニアラサレハ到底其任ニ適セス」とかう云つて居りますが、まことに尤も〈モットモ〉な事である。而して明治二十八年当時は日清戦争の時である。其の頃に比べれば爾来〈ジライ〉四十五年後の今日に於ては、正に此の趣旨は数倍高度に要求せられて居る事は勿論であります。即ちあの当時の国民一般の教養程度から申しますと、今日に於ては遥かに国民の地位が高くなつて教養の程度が非常に上つて居ります。だから明治二十八年当時より、今日は更に其の要望が高度に要求せられて居ることを私共は毫〈ゴウ〉も疑はない。さりとて之を立法化するとなつて来ると一寸困難である。今日で申しますならば明治二十八年の訓令の中学校及ぴ高等女学校卒業と云ふ程度ではいかぬでせう。今日に於ては凡そ千人中九百九十五人までが義務教育を終つて居ります。即ち九九・五%までは小学校を卒業して居る。而して其の中二割は中等学校に入つて中等学校を卒業して居る。アトの八割の小学校卒業者は青年学校の義務制に依つて、全部十八九歳まで教養を受けることになる。斯う云ふ情勢であるから教師の資格を中学校卒業、高等女学校卒業、又は之と同等の学力を有する者と云ふやうなことにすると、青年学校卒業者たる一般国民と別に差異がなくなる。之では寧ろ教師の身分を法律で低く規定することに相成るのであります。又宗教界の事情を見ると千差万別でありまして、従つて色々な註文が出る。成程学校も大事だが、徳操堅固と云ふことが何よりも大事だから其の事を資格として決めてもらひたい、と云ふ註文がありました。德操堅固と云ふ事を法律で定めるとなると、今までの宗敎家は徳操整固でないから斯う決めたのかと誤解を受けると困るぢやないかと思ひます。一説には、大体宗教家は働かなければならぬから、之から先は身体強健と云ふことを条件にして呉れと云ふ註文がありました。斯う云ふ具合に云はして見れば色々の条件が出る。さう云ふ事を全部入れて見たらまるで作文か何かのやうになつてしまふ。即ち教師たらんとする者は幾何・代数・三角を知るは勿論、徳操堅固、身体強健にして――と云ふやうな事を二三十行書かなければならぬ。之は甚だ迷惑である。旁々〈カタガタ〉さう云ふ訳で寧ろ規定を法律には置かぬ方がよいと考へて置かなかつたのであります。併しながら先程申しました通り、今後の教師はその資質を引上げなければならぬ事勿論であります。故に当局といたしましては、今後教派・宗派・教団の当局と協力してあらゆる手段方法を以て教師の資格の向上に努力するつもりであります。
第三、政府ハ将来宗教団体内部ニ於ケル各種ノ選挙並宗教ノ名ノ下ニ於ケル営利ヲ目的トスル行為ニ付厳重ナル監督ヲ為シ其ノ粛正ニ努ムべシ
従来宗教団体の内部に於て各種の選挙があります。此の宗教団体の選挙に方つて不正違法の選挙が行はれる事がある。之は甚だ怪しからん事であるから須く〈スベカラク〉本法中に罰則を置いて之に臨むを至当とせずや、と云ふ可なり有力な主張もあつたのでありますが、私共は宗教団体の特殊性に鑑み、それには反対致したのであります。成程宗教団体の選挙に関して忌はしき風聞を聞かないこともありませぬ。併し其の罰則を設けたら国民は何と申しませうか。宗教家と云ふものは吾々を指導する者である、教化の任に当る者である、其の者が自己の選挙に於て違反不正な事を行ふので、成程法律は斯う云ふ罰則を設けたのだ、吾々を教化する和尚様方すら選挙にいゝ加減な事をやるのだ、吾々一般国民が選挙などにいゝ加減なことをやるのは当り前である、と云ふやうな感じを其処に起しはしないか。そこで、此の宗教界の選挙の粛正は別途の方法で致します、どうぞ一つ宗教界の名誉の為め罰則だけは置かないで戴きたい、と陳弁之れ努めた次第であります。兎も角も、一宗一派ばかりの問題ではありませぬ。此の際私は、宗教界全般の為め、宗教団体の権威の為めに、卒先模範的選挙を行ふことに依つて一般選挙界に範を示す位の気慨と御努力とを宗教家各位に対し衷心願つて止まない次第であります。
以上、宗教団体法について大体の御説明を申上げましたが、此の上共本邦宗教界の進歩発展の為め、皆樣の御努力を呉々も御願ひ申上げる次第であります。(文責在記者)