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差別助長・バカウヨ量産の全国学力テストなんて止めちまえ!

2007年04月26日 00時18分39秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
 然る4月24日に「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)が、ほぼ全国の小中学校で一斉に実施されました。この全国学力テストの実施については、今までも、「競争や序列化を煽る」「個人情報がテスト委託業者に悪用される」等の懸念の声が各方面から表明されていましたが、文科省は、それらの声を悉く押し切った形で、テストを実施に移してしまいました。

 文科省の説明によると、この全国学力テストは、小学6年生と中学3年生を対象に、国語・算数(数学)の2教科について、「各地域における児童生徒の学力・学習状況を把握・分析することにより、教育及び教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る」(概要説明文より)のが目的なのだそうです。

 しかし、少し考えれば分りますが、文科省のこの説明は矛盾だらけです。まず、「学力・学習状況の把握・分析」だけなら、わざわざこんな全国規模の仰々しいテストなどしなくても、学校で日頃行っている小テストや定期考査や実力テストだけで充分です。その上で、仮に進路指導などで生徒の実力が全国でどの程度なのか知りたい場合でも、必要なのはこんな「玉石混交の寄せ集めの中のランク付」などではなく、もっと具体的で実態に即したデータ(××大学志望者やセンター試験受験者の中での偏差値・全国順位・合格可能性)である筈です。それならば、教育産業主催の今までの模試や講習を受けるだけで事足ります。
 また、「教育及び教育施策の成果と課題の検証」「教育施策へのフィードバック」が目的だとしても、日頃のテストや模試の結果からだけでも、相当な分析が可能です。「○×式の問題には強いが記述式の問題には弱い」とか「計算力や作文力が落ちている」といった分析は、普段の授業やテストの中でも充分出来ます。寧ろ、東京の文部官僚なんかよりも、一番身近な地域の親・教師・学校関係者・教委や、教育学者や教育産業関係者の方が、子どもの事をよく知っている筈です。それらの人たちは、それで飯を食っているのですから。

 要するに、この全国学力テストは、「学力・学習状況の把握・分析」や「教育施策の検証・フィードバック」というのはあくまで付け足しにしか過ぎず、本当は「児童・生徒・学校の序列化・格付け」そのものが狙いなのです。だから愛知県犬山市の教育委員会も「この学力テストは徒に競争心を煽るだけで、百害あって一利なし」という事で不参加を決めたのです。
 それは何の為か。企業減税・大衆増税・軍事費増大・乱開発公共事業のあおりで教育予算が削られる中で、その限られた予算を「勝ち組」エリート育成に重点的に配分する為です。全国の児童・生徒を、家庭・学校・地域ぐるみで「序列化・格付け」した上で、ごく少数のエリートには英才教育を、その他大勢にはとりあえず「読み書き・計算」と「奴隷道徳」を、それぞれに施す為です。この学力テストの学校向け調査項目に、「子どもの家には何冊本があるか」なんて「格差調査」紛いのものが多数存在するのも、それで初めて説明が付きます。(以上、下記※1・※2参照)

 安倍政権の「教育改革」は、「学校評価制」「学校選択制」「教育バウチャー制」がその三本柱です。全国の家庭・学校・地域を「評価=序列化・格付け」した上で、「椅子取りゲーム」を子ども・教師・親に強いて、「勝ち組」に行くか「負け組」に行くかを、あくまで自己責任の形を装って「選択」させ、その「点数=バウチャー」に応じて教育予算を各学校に配分する。これは正しく「成果主義賃金」の学校教育版です。(同上、※3参照)

 それで今、教育現場にはどんな事が起こっているか。通常の授業を潰して全国学力テストの予想問題ばかりやらせて、テスト当日には勉強の出来ない子供をワザと欠席させて、それで見かけの順位だけ取り繕って、教育予算獲得に汲々とさせて。これの何処が「教育」なのか、何処が「美しい国」なのか。やっている事はもう、動物園やサーカスや戸塚ヨットスクールの「調教」そのものじゃないか。
 そして、日本の民主教育は滅ぶのです。無着成恭や灰谷健次郎みたいな教師は、すべからく教育現場を追われ、「山びこ学校」の様な優れた教育実践は昔語りとなり、「金八」「GTO」の登場など万が一の可能性もなくなり、教師はみんなサラリーマン教師か、「千田校長」キャラの様な醜い立身出世・上位下達の奴隷教師ばかりとなるのです。(同上、※4参照。「千田校長」はこの中の、金八先生マニアックス>観賞ガイド>第6シリーズで登場)

 また、この全国学力テストのもう一つの実施理由とされる「低学力」「ゆとり教育」「教師の品格」批判についても言及しておきます。昨今は何やら、やれ「子どもの基礎学力が落ちている」だの「教師の不祥事が多い」だのという言説がまことしやかに流されて、だから子ども・教師・親を「競争教育」や「序列化・格付け」で追い込んで切磋琢磨させる必要がある、などと言われていますが、「大嘘も大概にしろ」です。

 前に地元の図書館で、今の小学校・中学校で使っている教科書・副読本の類をちらっと閲覧した事がありますが、そりゃあ、あんな教科書を使っていたら、みんなバカになるのは当たり前です。問題の根は子どもの姿勢や教師の資質などではなく、今のカリキュラムや学習指導要領、教育行政の内容そのものにあるのです。

 一例を挙げれば、社会科の世界地理。私たちが子どもの頃は、大まかにでも一通りの事は習いました。だから、私たちの年代の人で、いくら地理が苦手だった人でも、五大陸の名前や位置を知らない人は、まずいません。仮に「ケニアが世界地図の中の何処に在るのか」や、その首都の名前を知らなかったとしても、「アフリカが何処に在るのか」「ヨーロッパよりも北にあるのか南にあるのか」位は、大抵の人は知っています。また、アパルトヘイトの名称は知らなくても、南アフリカが人種差別の国であった程度の事は、大抵の人は朧げながらも知っています。米国の首都名をど忘れした人はいても、ニューヨークが街の名前か国の名前か人の名前か知らない人は、まずいません。そういう最低限の社会認識は備わっています。
 しかし今の若い人や子どもは違います。紙に世界地図を書かせても昔のゴンドワナ大陸みたいなものしか書けなかったり、ニューヨークが何の名前か知らなかったり、というのが、そんなに珍しい事ではないのです。

 それは何故か。それは、今の社会科の教科書を見れば直ぐ分ります。南アフリカを教える場合でも、「金やダイヤや希少金属の輸入で日本とは深い関係がある」という切り口からまず入るのです。カラハリ砂漠やブッシュマンやボーア戦争やアパルトヘイトの話は、全てその次に来るのです。つまり、その国の風土や民族や歴史に関する基礎的な事を教えるのではなく、あくまで日本の、もっと有体に言えば、「日本の資本家」との関係で「必要な国」「必要な知識」のみを教える、という形を取っているのです。
 これが今までの「ゆとり教育」の実態です。これでは「ゆとり教育」ではなく、人間形成にとっても必要な最低限の社会認識の育成をも欠いた、単なる「手抜き教育」です。では、その「ゆとり教育」を批判している、安倍や教育再生ナンチャラのバカウヨ委員はそれをどう変えようとしているかというと、「日本の資本家にとって必要な国・知識」の量を増やす事しか考えていないのです。ボーア戦争やアパルトヘイトには深入りせず、ネルソン・マンデラやスティーブ・ビコの話や、況してや、電子機器の原材料になる希少資源漁りの為に多国籍企業がアフリカの内戦に介入している実態(「血のダイヤモンド」とか「紛争ダイヤモンド」と呼ばれる現実)などはオクビにも出さないのはそのままにして、その上で、「アフリカの角」や「テロ戦争」や「ソマリアPKO」や「自衛隊イラク派兵の国際貢献」や、「インドのIT人材やカスピ海の石油をゲットする事が日本の国益にとってどれだけ大切か」とか、そういう事をもっと教え込めと、言っているのに過ぎないのです。

 これは他の分野でも事情は同じです。例えば歴史の教科書でも、今はもう旧石器時代(岩宿遺跡や大森貝塚や縄文式土器の話など)など何も教えずに、いきなり弥生時代(邪馬台国の話など)から入って直ぐに大和朝廷の話にいくのでしょう。扶桑社発行の教科書に至っては、天岩戸神話や神武東征図まで登場させて、それを史実として教え込む事までやってのけて。そうして、琉球やアイヌやサンカ・漂泊民の存在は、史実からは徹底的に抹消され、登場してもせいぜい「祀ろわぬ民、野蛮人」としてしか描かれずに。(同上、※5参照)

 こんな、「エコノミック・アニマル」や「ヤマト中心史観」むき出しの、地方や他国については人を人とも思わない、自国本位・「勝ち組」本位のジコチュー教育ばっかりやっているから、子どもは虐めに走るし、ストレスに負けて堕落した教師が出てきて不祥事を引き起こすのです。イラクが世界地図の何処に在るのかも知らないくせに、「国際貢献」や「テロとの戦い」の宣伝に乗せられたバカ・ネットウヨが量産されるのです。「太田総理と秘書田中」のテレビ番組で、いつも太田光に対して嵩にかかった様な物言いしか出来ない自民党国会議員のサル・メガネデブや、茶髪の低脳米国人や、台湾のウヨク女などを見ていると、それがよく分ります。
 しかも、そんな事態を長期に渡って作り上げてきたカリキュラムや、己の教師採用の人の目の無さ・無能力や、やらせタウンミーティングや、教育産業との癒着・天下りに見られる欺瞞・ペテン・二枚舌といった事は全て頬かむりしながら、あろうことか、その教師の不祥事や子どもの虐め自殺を、また新たな国家統制の呼び水に利用するという悪辣ぶりまで発揮して。そんな輩を量産する為の、序列化・格付けであり、全国学力テストの導入なのです。「天に唾する」「盗人猛々しい」にも程がある。
 
 こんな格付け・差別助長とバカウヨ量産でしかない全国学力テストなんて止めちまえ!学力テスト粉砕!金八もGTOもヤンクミも、安倍マルコスや教育再生会議の、腐れ「千田校長」キャラやバカウヨなんかに負けるな!


【参考記事】

※1:学力テストは果たして純粋な学力調査か?

・学力テスト関連報道(教育基本法「改正」情報センター)
 http://www.stop-ner.jp/0704ner-gakute.html
・全国学力・学習状況調査の概要について(文部科学省)
 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/zenkoku/07032809.htm
・教基法改正情報センター<解説>
 文科省「全国学力・学習状況調査」をどう考えるのか?(暫定版)
 http://www.stop-ner.jp/070410gakute.htm
・犬山市教育委員会の言い分(Internet Zone)
 http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2007/04/24222103.php
・犬山市教委・刊「全国学力テスト、参加しません。」(明石書店)
 http://www.akashi.co.jp/Asp/details.asp?isbnFLD=4-7503-2520-1
・平成18年度施策「学びの学校づくり」(犬山市教委)
 http://www.inuyama-aic.ed.jp/i-manabi.h.p/inuyumapuran/H18sesaku.pdf

※2:学力テストと教育産業の癒着

・全国学力テストと調査が丸ごとベネッセに(Internet Zone)
 http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2007/02/22231036.php
・「全国学力テスト」は何のため?その目的とは?(ベネッセ教育情報サイト)
 http://benesse.jp/blog/20060523/p2.html

※3:安倍政権の教育政策、その中でのバウチャー制度の位置づけ

・「教育改革」/安倍首相が狙うもの(しんぶん赤旗)
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-09-29/2006092903_01_0.html
・安倍氏が目指す「強い子ども作り」とは(朝鮮日報)
 http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/29/20060829000036.html
・アメリカの「教育バウチャー制度」
 http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/jimusyo/151NY/INDEX.HTM#2

※4:文学とドラマに見る日本戦後教育の一断面

・無着成恭「山びこ学校」(名作の舞台)
 http://www.zusi.net/meisaku/yamabiko/gakkou.htm
・灰谷健次郎原作「兎の眼」と「太陽の子~てだのふぁ」
 http://www.hyogonet.com/drama/haitani.html
・ドラマ「3年B組金八先生」(金八先生マニアックス)
 http://homepage1.nifty.com/quinella/kinpachi/
・ドラマ「GTO」(フジテレビ)
 http://www.fujitv.co.jp/b_hp/gto/index.html 
・ドラマ「めだか」(フジテレビ)
 http://www.fujitv.co.jp/b_hp/medaka/
・ドラマ「ごくせん」(日本テレビ)
 http://www.ntv.co.jp/gokusen/
・映画「パッチギ」
 http://www.pacchigi.jp/first/

※5:中学校社会科の授業で国・地域や史実を取り上げる際の基準

・現行の中学校(社会科)学習指導要領(1998年12月告示、文部科学省)
 「世界の国々の中から幾つかの国を取り上げ,地理的事象を見いだして追究し,地域的特色をとらえさせる」「(世界の国々については)二つ又は三つの国を事例として選び,具体的に取り扱うようにすること」の記述や、「~の事象に深入りするな、~の範囲に止めよ」という表現が随所に出てくる事に注意。これは勿論、単に「平易な授業を心掛けよ」というのではなく、寧ろ「国益や企業益に役立つ事だけを教えろ」という事でしょう。
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301c/990301c.htm
・主な教科書の目次内容(教育情報ナショナルセンター)
 http://www.nicer.go.jp/lom/program/search/textbook_publisher.php?kind=juniorhigh&subject=%BC%D2%B2%F1&field=%C3%CF%CD%FD&uid=&orgid=&sid=
 例えば、その中の大阪書籍の教科書目次を見ると、世界地理の内容が「世界の国について調べてみよう」の1項目だけで済まされ、後は日本との関係で中国・米国・イタリアの三国だけが個別に取り上げられている。企業の立場から言えば、前二国さえ押さえればそれで充分なのかも。
コメント (13)
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