5月29日放送のNHK「クローズアップ現代」で、韓国の脱北者特集をやっていたのを見ました。
かつては年間数百人規模で韓国に流入していた北朝鮮の国外脱出難民(脱北者)が、21世紀に入ると毎年1000人を超えるようになり、現在では総人口4800万人の韓国で1万人を超える脱北者が暮らす様になっています。その結果、最初は同じ民族、同胞として歓迎していた韓国社会も、脱北者との間で様々な軋轢を抱えるようになり、これが今韓国で非常に大きな問題となっている様子が報道されていました。
韓国に来た脱北者が一様に抱えているのが、韓国社会での不適応の問題です。
脱北者は、韓国での入国審査の後、ハナ院という政府施設で2ヶ月間の適応訓練を受けます。そこで韓国の生活習慣を学び職業訓練を受けた後、政府から定着支援金(日本円換算で100万円余)を受給して、韓国社会で暮らしていく事になります。ところが、幾ら元々は同じ民族、同胞であっても、60年にも渡る南北分断の結果、言葉の言い回しや生活習慣が全く違ってしまっているので、韓国の資本主義社会に馴染めないまま、脱落していってしまうのです。
番組では先ず脱北者を受け入れている経営者の苦悩を伝えます。折角受け入れ態勢を整えて、立派な寮をあてがって当座の食糧まで支給したのにも関わらず、仕事もロクスッポ覚えようともせず、いとも簡単に退職してしまう。それで、他の従業員との関係も非常に気まずいものになってしまっている、という事なのです。
しかし、それを脱北者の側から見ると、また違った面も見えてきます。そのメーカー勤務の脱北者の新入社員は、ある機械の操作を教わった際に、「慣れないうちは、このリストを見ながら操作を覚えれば良い」と先輩社員から教わったのですが、リストという簡単な英単語の意味が判らなかったばかりに、操作の方法を誤って、その機械を止めてしまいました。そういう事が何度も続いたので、嫌気が差して退職してしまったのです。
勿論、脱北者自身の問題もあります。これは長年に渡って脱北者の取材を行ってきた石丸次郎氏も指摘している事ですが、真面目にコツコツと働くよりは人を出し抜いても楽をしたいとか、将来の事よりも目先の快楽に溺れてしまうとか、何でもかんでも人のする事を疑ってかかるとか、脱北者の中にはそういう性向が見られる人も少なくないのは、残念ながら事実です。これは、表と裏の乖離が甚だしい北朝鮮社会や、潜伏先の中国社会で暮らすうちに、自然に身についてしまった処世術でもあるのですが、その事が韓国社会で今度は自分に降りかかってきてしまっているのです。
それに加えて、韓国が長年置かれてきた環境も、この問題に影を落としています。冷戦時代を通して北朝鮮と鋭く対峙し、実際に北朝鮮からのスパイ侵入事件も何度も経験してきた韓国では、かつての軍事独裁政権による徹底した反共教育の影響もあって、脱北者を「北朝鮮のスパイ」「変な体制の国から来た得体の知れない人たち」と看做す空気も、非常に根強いのです。
そういう様々な要因が絡み合って、脱北者の定着・韓国民との融和が妨げられているのです。韓国在住脱北者の45%が無職で、職に就いている人たちも殆どが非正規の不安定雇用で、正職についているのは11%にしか過ぎないという有様です。詐欺の被害に遭って財産を身包み剥がれる脱北者も後を絶ちません。脱北そのものも、脱北後の定着支援金狙いのブローカーによって担われている実態や、韓国マスコミによる視聴率稼ぎの「企画脱北」も当てにせざるを得ない側面があります。だから「脱北は胡散臭い」と言う事ではなく、そんなモノですら藁をもすがる想いで当てにせざるを得ないという、貧困な現状こそが問題なのです。
韓国政府も、年々膨れ上がる脱北者支援予算に頭を抱え、近年は定着支援金を減額して就職奨励金に徐々に切り替えていっています。その辺の事情は生活保護行政の縮減に走っている今の日本と同じですが、前述に挙げた様な就職の障害が除去されない限り、それでは脱北者を徒に追い詰める事にしかなりません。番組では最後に、町内会活動を通して脱北者と市民が触れ合う中で、お互いの間にある不信感やわだかまりを一つ一つ取り除いていく、地道な取組みが紹介されていました。支援額の大小や使い道云々よりも、そういう困難で地道ではあるが確実な取組みが、今正に求められているのではないでしょうか。
これはひとり韓国だけの問題ではなく、日本の問題でもあります。現に日本にも数百人単位の脱北者が生活しており、その数は今後も増えこそすれ減る事は無いのですから。「脱北者支援」と口で言うのは簡単ですが、実際はなかなか一筋縄ではいかない困難な仕事である事を、今更ながら改めて思い知らされました。
昨今、北朝鮮問題とか拉致問題といえば、「将軍様」や「喜び組」が云々の興味本位の番組か、視聴率稼ぎのお涙頂戴番組か、政権ヨイショが見え見えの命令やらせ放送ばかりで、聊か食傷気味だったのですが、こういう良質な番組こそ、もっと放送されて然るべきではないでしょうか。
(関連記事)
・脱北者1万人時代~苦悩する韓国社会~(NHK・クローズアップ現代、5月29日放送)
http://www.nhk.or.jp/gendai/
・韓国の脱北者、1万人を突破(NNA)
http://nna.asia.ne.jp/free/mujin/focus/focus328.html
・「北から来た少女~韓国・脱北者の2年」
京都精華大学のドキュメンタリー制作ワークショップ特別企画で取り上げられたアジア・プレスの作品紹介。
http://www.kyoto-seika.ac.jp/t_news/lecture/0003/d.html
・わが国における北朝鮮帰国者支援のあり方について-韓国の脱北者支援プログラムを参考に-(宮田敦司)
http://atlantic2.gssc.nihon-u.ac.jp/kiyou/pdf04/6-63-2003-Miyata.pdf
かつては年間数百人規模で韓国に流入していた北朝鮮の国外脱出難民(脱北者)が、21世紀に入ると毎年1000人を超えるようになり、現在では総人口4800万人の韓国で1万人を超える脱北者が暮らす様になっています。その結果、最初は同じ民族、同胞として歓迎していた韓国社会も、脱北者との間で様々な軋轢を抱えるようになり、これが今韓国で非常に大きな問題となっている様子が報道されていました。
韓国に来た脱北者が一様に抱えているのが、韓国社会での不適応の問題です。
脱北者は、韓国での入国審査の後、ハナ院という政府施設で2ヶ月間の適応訓練を受けます。そこで韓国の生活習慣を学び職業訓練を受けた後、政府から定着支援金(日本円換算で100万円余)を受給して、韓国社会で暮らしていく事になります。ところが、幾ら元々は同じ民族、同胞であっても、60年にも渡る南北分断の結果、言葉の言い回しや生活習慣が全く違ってしまっているので、韓国の資本主義社会に馴染めないまま、脱落していってしまうのです。
番組では先ず脱北者を受け入れている経営者の苦悩を伝えます。折角受け入れ態勢を整えて、立派な寮をあてがって当座の食糧まで支給したのにも関わらず、仕事もロクスッポ覚えようともせず、いとも簡単に退職してしまう。それで、他の従業員との関係も非常に気まずいものになってしまっている、という事なのです。
しかし、それを脱北者の側から見ると、また違った面も見えてきます。そのメーカー勤務の脱北者の新入社員は、ある機械の操作を教わった際に、「慣れないうちは、このリストを見ながら操作を覚えれば良い」と先輩社員から教わったのですが、リストという簡単な英単語の意味が判らなかったばかりに、操作の方法を誤って、その機械を止めてしまいました。そういう事が何度も続いたので、嫌気が差して退職してしまったのです。
勿論、脱北者自身の問題もあります。これは長年に渡って脱北者の取材を行ってきた石丸次郎氏も指摘している事ですが、真面目にコツコツと働くよりは人を出し抜いても楽をしたいとか、将来の事よりも目先の快楽に溺れてしまうとか、何でもかんでも人のする事を疑ってかかるとか、脱北者の中にはそういう性向が見られる人も少なくないのは、残念ながら事実です。これは、表と裏の乖離が甚だしい北朝鮮社会や、潜伏先の中国社会で暮らすうちに、自然に身についてしまった処世術でもあるのですが、その事が韓国社会で今度は自分に降りかかってきてしまっているのです。
それに加えて、韓国が長年置かれてきた環境も、この問題に影を落としています。冷戦時代を通して北朝鮮と鋭く対峙し、実際に北朝鮮からのスパイ侵入事件も何度も経験してきた韓国では、かつての軍事独裁政権による徹底した反共教育の影響もあって、脱北者を「北朝鮮のスパイ」「変な体制の国から来た得体の知れない人たち」と看做す空気も、非常に根強いのです。
そういう様々な要因が絡み合って、脱北者の定着・韓国民との融和が妨げられているのです。韓国在住脱北者の45%が無職で、職に就いている人たちも殆どが非正規の不安定雇用で、正職についているのは11%にしか過ぎないという有様です。詐欺の被害に遭って財産を身包み剥がれる脱北者も後を絶ちません。脱北そのものも、脱北後の定着支援金狙いのブローカーによって担われている実態や、韓国マスコミによる視聴率稼ぎの「企画脱北」も当てにせざるを得ない側面があります。だから「脱北は胡散臭い」と言う事ではなく、そんなモノですら藁をもすがる想いで当てにせざるを得ないという、貧困な現状こそが問題なのです。
韓国政府も、年々膨れ上がる脱北者支援予算に頭を抱え、近年は定着支援金を減額して就職奨励金に徐々に切り替えていっています。その辺の事情は生活保護行政の縮減に走っている今の日本と同じですが、前述に挙げた様な就職の障害が除去されない限り、それでは脱北者を徒に追い詰める事にしかなりません。番組では最後に、町内会活動を通して脱北者と市民が触れ合う中で、お互いの間にある不信感やわだかまりを一つ一つ取り除いていく、地道な取組みが紹介されていました。支援額の大小や使い道云々よりも、そういう困難で地道ではあるが確実な取組みが、今正に求められているのではないでしょうか。
これはひとり韓国だけの問題ではなく、日本の問題でもあります。現に日本にも数百人単位の脱北者が生活しており、その数は今後も増えこそすれ減る事は無いのですから。「脱北者支援」と口で言うのは簡単ですが、実際はなかなか一筋縄ではいかない困難な仕事である事を、今更ながら改めて思い知らされました。
昨今、北朝鮮問題とか拉致問題といえば、「将軍様」や「喜び組」が云々の興味本位の番組か、視聴率稼ぎのお涙頂戴番組か、政権ヨイショが見え見えの命令やらせ放送ばかりで、聊か食傷気味だったのですが、こういう良質な番組こそ、もっと放送されて然るべきではないでしょうか。
(関連記事)
・脱北者1万人時代~苦悩する韓国社会~(NHK・クローズアップ現代、5月29日放送)
http://www.nhk.or.jp/gendai/
・韓国の脱北者、1万人を突破(NNA)
http://nna.asia.ne.jp/free/mujin/focus/focus328.html
・「北から来た少女~韓国・脱北者の2年」
京都精華大学のドキュメンタリー制作ワークショップ特別企画で取り上げられたアジア・プレスの作品紹介。
http://www.kyoto-seika.ac.jp/t_news/lecture/0003/d.html
・わが国における北朝鮮帰国者支援のあり方について-韓国の脱北者支援プログラムを参考に-(宮田敦司)
http://atlantic2.gssc.nihon-u.ac.jp/kiyou/pdf04/6-63-2003-Miyata.pdf