色々な思いが交錯しながら今日もこうして生かされていることにまずは感謝。
最期はみんな人なのだけれど、人は所詮孤独な存在なのだけれど、一人で生きていくことはできない。支え、支えられるでどうにかこうにか生き延びている日々です。
これから具体的にどこへ向かっていけばいいのか、何を目指していけばいいのか、
答えはみえません。
もう少しこのまま進んでみます。
「1995年2月25日(日)
(フォーカシング)合宿から二週間、ずっとテンションの高い状態が続いていたけれど、ようやく疲れが出てきたようだ。思いっ切り夜ふかしをしたりしたせいもあって、かなり睡眠不足。なのに夢ばっかりみて、ぐっすり眠れない。これはつらい。気のもちようだけどね。
ひとりでいると、いろんなものがぐるぐる回って、頭の中でひとりで喋っているの。
いけないなあ。ほんと、ひとりでいることに向いていないよなあ。たぶん、人一倍淋しがり屋。そのくせ、ひとりで気ままにすごしたい。
どちらもわたし。青くさいんだよなあ、いつまでたっても。
割り切ろうとするんだけど、ほんとは割り切るのがいやだから、ひとつひとつ悩んでいる。
これからも、どこにってもジレンマに苦しみながらいくことになるんだろう、わたし。
それでいいじゃないか。それがわたし。いろんなわたしをあるがままに受けとめていきたい。
これはすごく大変なことだ。目をそむけたいことだってあるんだもの。
ずっと長い間勘ちがいしてきたような気がする。自分を知ることは、自分の性格について悩むこではない。口下手だっていいじゃあないか。そんなことじゃあなくて、あるがままの自分を身体で感じること、かな。受けとめていくことかな。そうすれば自ずと変わっていくし、進む方向もみえてくる。いろんな自分をあるがままに受けとめていくことがカウンセリングの第一歩だという。
わたしがこうして悩むことは、妹からのかけがえのない贈り物だと思う。
ただ、無意味なことはなにひとつないとすれば、わたしがいろんなことに気づくために必要だったにしてはあまりに大きな代償だ。
背負っていくには重すぎる。だれかにちょっともたれかかりたいと思っている。
だが、日常生活を送るには、そんな思いを自分でしっかりガードせざるを得ない。
眠るのがこわいなと思ったり・・・、どれもほんとのわたし。
わたしがだれかの人生を背負うことはできないし、わたしの人生をだれかに背負ってもらうこともできない。厳しいことだが、これは事実だ。
それぞれ、ひとり分・・・。ようやくこんなことに気づくなんて。妹の人生をわたしが背負うことはできない。
ただ受けとめていくだけだ。こんなに苦しい思いを教えてくれたことに感謝。
この体の中には、まっすぐに伸びていこうとする木がある。大丈夫だと思う。
会社にいけば会いたくない人もいるし、悪口もいいたい。
将来のことを考えると、経済的にやっていける自信がないので不安だ。
やはり伴侶はほしいし。ただなかなか自分からはふみだせない。
いろんなことにも、いろんな人にも慣れるまでにものすごく時間がかかる。
このつらさはこれからも続くだろう。
悩みながら迷いながら、生きているのはわたしだけじゃないサ。
あの会社、そろそろ疲れてきちゃった。
「将来のことを考えなさい」という母のことばが重い。
カウンセラーになりたいとはっきりおもっているわけではないし・・・。
ただ、自分のために勉強したい。
庭の梅の花が開いた。
三国志のテーマがみえないが、ちょっとやろうか。
書いたら少し楽になった。
雪景色の下にかくれている春の芽を無理にさがそうとすると、雪景色がダメになっちゃう。
雪景色は、雪景色のままに眺めていようよ。」
魂が安らかであれと祈りつつ、高い空から見守っていてほしい。
プリンス・エドワード島の雲は遠く遠くぐんぐん流れゆく。
最期はみんな人なのだけれど、人は所詮孤独な存在なのだけれど、一人で生きていくことはできない。支え、支えられるでどうにかこうにか生き延びている日々です。
これから具体的にどこへ向かっていけばいいのか、何を目指していけばいいのか、
答えはみえません。
もう少しこのまま進んでみます。
「1995年2月25日(日)
(フォーカシング)合宿から二週間、ずっとテンションの高い状態が続いていたけれど、ようやく疲れが出てきたようだ。思いっ切り夜ふかしをしたりしたせいもあって、かなり睡眠不足。なのに夢ばっかりみて、ぐっすり眠れない。これはつらい。気のもちようだけどね。
ひとりでいると、いろんなものがぐるぐる回って、頭の中でひとりで喋っているの。
いけないなあ。ほんと、ひとりでいることに向いていないよなあ。たぶん、人一倍淋しがり屋。そのくせ、ひとりで気ままにすごしたい。
どちらもわたし。青くさいんだよなあ、いつまでたっても。
割り切ろうとするんだけど、ほんとは割り切るのがいやだから、ひとつひとつ悩んでいる。
これからも、どこにってもジレンマに苦しみながらいくことになるんだろう、わたし。
それでいいじゃないか。それがわたし。いろんなわたしをあるがままに受けとめていきたい。
これはすごく大変なことだ。目をそむけたいことだってあるんだもの。
ずっと長い間勘ちがいしてきたような気がする。自分を知ることは、自分の性格について悩むこではない。口下手だっていいじゃあないか。そんなことじゃあなくて、あるがままの自分を身体で感じること、かな。受けとめていくことかな。そうすれば自ずと変わっていくし、進む方向もみえてくる。いろんな自分をあるがままに受けとめていくことがカウンセリングの第一歩だという。
わたしがこうして悩むことは、妹からのかけがえのない贈り物だと思う。
ただ、無意味なことはなにひとつないとすれば、わたしがいろんなことに気づくために必要だったにしてはあまりに大きな代償だ。
背負っていくには重すぎる。だれかにちょっともたれかかりたいと思っている。
だが、日常生活を送るには、そんな思いを自分でしっかりガードせざるを得ない。
眠るのがこわいなと思ったり・・・、どれもほんとのわたし。
わたしがだれかの人生を背負うことはできないし、わたしの人生をだれかに背負ってもらうこともできない。厳しいことだが、これは事実だ。
それぞれ、ひとり分・・・。ようやくこんなことに気づくなんて。妹の人生をわたしが背負うことはできない。
ただ受けとめていくだけだ。こんなに苦しい思いを教えてくれたことに感謝。
この体の中には、まっすぐに伸びていこうとする木がある。大丈夫だと思う。
会社にいけば会いたくない人もいるし、悪口もいいたい。
将来のことを考えると、経済的にやっていける自信がないので不安だ。
やはり伴侶はほしいし。ただなかなか自分からはふみだせない。
いろんなことにも、いろんな人にも慣れるまでにものすごく時間がかかる。
このつらさはこれからも続くだろう。
悩みながら迷いながら、生きているのはわたしだけじゃないサ。
あの会社、そろそろ疲れてきちゃった。
「将来のことを考えなさい」という母のことばが重い。
カウンセラーになりたいとはっきりおもっているわけではないし・・・。
ただ、自分のために勉強したい。
庭の梅の花が開いた。
三国志のテーマがみえないが、ちょっとやろうか。
書いたら少し楽になった。
雪景色の下にかくれている春の芽を無理にさがそうとすると、雪景色がダメになっちゃう。
雪景色は、雪景色のままに眺めていようよ。」
魂が安らかであれと祈りつつ、高い空から見守っていてほしい。
プリンス・エドワード島の雲は遠く遠くぐんぐん流れゆく。