たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

いつまでコロナだけ特別こわいの?

2022年09月26日 17時26分25秒 | 日記
2022年9月20日現在のコロナ重症者数





2021年死因割合




https://twitter.com/Awakend_Citizen
より転用させていただきました。


 宝塚と東宝の舞台で指揮をしている上垣聡先生がコロナ騒動となった当初からブログでおかしいと思われることをいろいろと発信してくれていました。PCR検査が感染者をあぶりだすために使われるものではないことを知ったのは先生のブログだし、あやしいワクチンに誘導されることもなくすみました。ここまできてコロナワクチンを接種しないと思ったことは正解だったと確信したし、おそらく最初からなんとなく茶番くさいと感じたことも間違っていなかったようです。わたしは読ませていただいていましたが、残念ながら、宝塚ファン、ミュージカルファンにコロナ関連の記事はあまり読まれなかったかもしれません。


https://ameblo.jp/saty0221/entry-12593749785.html

2020年5月1日の記事「日本の悪いところ」より、

「「欲しがりません、勝つまでは」

 もう一つぴったりな言葉が日本語にはある。

「出る杭は打たれる」

 もっと個人個人がちゃんと頭で考えて何が正しいのか判断しないと、コロナなんかよりもっと怖いものに蝕まれてしまう。」


 コロナ騒動となって3年目、残念ながら日本中がコロナ対策に蝕まれてしまっています。いちばん犠牲になっているのはもの言えぬ子どもたち。一日一日、一分一秒、脳も体も成長している子どもたちのマスクによる発育の負の効果は数年後に個人の差異となって大きく表面化してくるでしょう。中高年、高齢者のマスクと子どもたちのマスクは、全く意味が違います。若者たちもかなりあやういようにみえます。おそらくマスクをすることで、顔をみられなくてすむ安心感から抜け出すことができなくなってしまっています。マスクは感染対策ではなく顔隠しアイテム。彼ら、彼女たちが社会を担う世代となったとき日本はどうなるでしょうか。もはや怖いのはコロナではなくコロナ対策、大人たちは保身のために取り返しのつかないことをしてしまいました。大きな大きな負の遺産を残してしまいました。今自分たちさえよければ、この世からいなくなったあとのことなんかどうでもいいのですか。その頃には自分いないから関係ない-そんなこと平気でいうアホ管理職を大きな会社やらどこやらで吐き気がするほどみてきました。自分の保身しかない大人たちによって日本という泥の船は静かに沈んでいこうとしているように思えてなりません。日々絶望、日本は敗戦国、太平洋戦争はまだ続いているのだとコロナ騒動で気づかされました。



「※撮影時のみマスク外してます」

 こんな意味のないこと、本当にもうやめませんか。
 笑顔いっぱいの楽しそうな写真の最後にこれあると全て台無し、げっそりしてしまいます。
 一人でも二人でも気づいた人からやめていきませんか、
 未来ある子どもたちのために・・・。

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