たんぽぽの心の旅のアルバム

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2000年『エリザベート』プログラムより-小池修一郎メッセージ

2024年01月17日 14時01分28秒 | ミュージカル・舞台・映画

2000年『エリザベート』プログラムより-ウィーン初演から東宝ミュージカルまで『エリザベート』上演史 - たんぽぽの心の旅のアルバム (goo.ne.jp)

 

(2000年東宝初演『エリザベート』プログラムより)

「<演出・訳詞>小池修一郎-Message

 ミュージカル「エリザベート」は1992年ウィーンのテアター・アン・デア・ウィーンで初演された。その後、’96年に宝塚とハンガリーで、更に’99年にはスウェーデンとオランダで上演されている。宝塚での上演が海外初演となったわけだが、この時日本では近代中欧ヨーロッパ史が知られていないことと、女性ばかりの劇団であるという二点から演出家である私の要請にのっとり、クンツェ=リーヴァィの原作コンビが大幅な改訂を施してくれた。その後ハンガリー版はほぼ宝塚のものに準じ、また昨年のオランダ版では詳細に亘り手が施されている。何れ演出家の要求に応えたものである。そもそもウィーン初演が旧東ドイツの鬼才ハリー・クプファーの特異な演出で、原台本とは些かの隔たりがあった。私自身再び「エリザベート」と向かい合うに当たり、もう一度台本を洗い直した。そして改めてこの物語が「ハプスブルク家の崩壊=中欧ヨーロッパの解体」を描きつつ’90年代の旧東ヨーロッパの解体を重ねる意図があったことを認識した。その中で自我を通そうとして暗殺されたエリザベートは明らかに「不安定な時代のシンボル」なのであった。今回上演に際し、死への願望と抑えきれない自我の葛藤を抱え彷徨うエリザベートの心理を表現する歌が是非とも欲しいとお願いしたところ、快諾を得た。「夢とうつつの狭間に」がそれである。

 さて、「エリザベート」宝塚上演を通じ私が強く自覚したことが一つある。それは自分が老舗の菓子屋の職人であるということである。ウィーン初演は、舞台を見ただけではとても宝塚に適しているとは思えない作品だった。従って、私が必死で行った作業もこのネタを如何にお客様の嗜好に合う歌詞に作り替えるかということであった。知らない材料で菓子を作る、いわばはじめてカステラ饅頭を作っているような気分だったことは否めない。しかし、何よりトートという存在が男役スターのカリスマ性と合致し、また宝塚の持つ出演者とスタッフの緊密なネットワークも相俟って予想もせぬヒットとなった。即ちあるところからは組織の力が作品を持ち上げてくれたのだ。

 その菓子職人が、今回はいわばコース、メニューを依頼されたようなものである。贅沢な材料=出演陣と個性溢るる様々なスパイス=スタッフ陣が並んでいる。どんな味付けになろうと、そこには一路真輝がいる。思い起こせば17歳の彼女の初舞台から知っている。男役をやらせるのが勿体ないくらいの美少女だった。女優になって5年目。美少女は臈長けた美女となった。天にましますエリザベート皇后も遂に彼女が自らを演じることに満足されるに違いない。「マイヤーリンク」振付けの日、日比谷の街に雷鳴が轟いた。しかし誰も気付いた風もなく稽古は続く。ミュージカルのキング山口祐一郎が新劇の貴公子内野聖陽と新人の井上芳雄に振りを教えている。皆真剣だが笑いが絶えない。想像もしなかった光景だが、好漢揃いに感謝している。意外なまでに洒脱な芸を見せる高嶋政宏、歌・演技とも誠実そのものの鈴木綜馬、24年振りとは思えない堂々たる初風諄等々多士済々の出演陣に恵まれた。また「棺の堆積」「チェス」「地球儀と本」「人間彫刻」等々私の注文に見事に応えてくれた大胆且つ繊細な大島早紀子、緻密なステージングの麻咲梨乃、「迷宮」の創造に腐心された堀尾幸男、エリザベート本人が見たら嫉妬する程美しい衣装作りに没頭された朝月真次郎、15年間、私の舞台を照らしてくれている勝柴次郎、そして作品の命である歌に心血を注がれた音楽スタッフ甲斐正人、岡﨑亮子、林アキラ、更に音響・演出スタッフ、プロデューサーの各人に心から御礼申し上げたい。観客の皆様が味わわれる夢は一重に彼らによって紡がれたものである。

「エリザベート」の旅は続いている。皇后本人に似て、作品も世界を股に掛けている。願わくばこの旅が21世紀も続くことを祈って・・・。

 

 

 

 


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