僕の携帯に彼女からメールが届いたが、既に読む気は欠片もなかった。どうせ『これが最後のチャンスです』という書き出しと共に延々と復縁を迫る内容が上から目線で限界字数まで綴られているに決まっているからだ。
最初は明るくてさばさばした性格の取っつきやすい子だと思った。それなりに社会経験も積み、常識的で優しい子だと思った。
『明るくてさばさばした性格の取っつきやすい子』が、実は『無神経で酷い暴言を殆ど無意識に繰り返す子』であり、それなりに積んだ社会経験の理不尽によって性格が歪み、常識を語りながら同時に非常識な言動も顧みない問題人物であるとようやく気付かされたときは、既に交際開始から数年が経過していた。
そろそろ結婚という文字を彼女がちらつかせ始めた頃、流石に危機感を覚えた僕は友人に相談し、最終的に『結婚してからでは遅い』という実に有益なアドバイスを貰って彼女と別れる決心をした。最近の彼女は僕のことを明らかに格下認定していて、その時の気分によって罵倒や繰り言を僕にぶつけてきたので、僕もあくまで下出に徹しながらタイミングを見計らい、彼女が激しく感情を暴発させた時を狙って謝り倒し、自分が如何に無能かを並べたて……、
『だから僕は君に相応しい相手だとはどうしても思えない、どうか君に相応しい相手を見付けて今度こそ幸せになって欲しい。今まで有難う』と捲し立てて彼女に背を向け、全速力で走り出した。決して感情的にならず、相手のペースに絶対に合わせることなく要点だけを述べ、速攻で立ち去れと忠告してくれた友人に感謝しながら。
それから彼女が僕に会いに来ることはなくなった。下僕だと思っていた相手をわざわざ自分から尋ねるのはプライドが許さなかったのだろう。その代わり、今までは業務連絡と変わらない用件のみだったメールがどんどん届くようになった。
「好きです」
「今まで厳しかったのは貴方に更なる高みへのステップを踏んで欲しかったからです」
「人間は素直になることで全ての苦しみから解放されます」
「私は少しだけ急ぎすぎたのかもしれませんが、それも貴方を思うが故です」
そういったメール内容に対して、昔ならともかく今となっては既に何一つ感銘を受けなくなっていた僕は、更に友人に相談してみたところ、『事態が拗れたときのために一応は保存しておけ』と言われてその通りにした。そして、連続して送られてくるメールの着信音があまりに煩いので常時マナーモードにしておくことにした。
だから、煮え詰まった彼女がナイフ片手に僕を襲いに来た時の予告メールも未開封のままだった。
結局は警察沙汰になった騒動もようやく終焉を迎え、この件について最初から最後まで世話になりっぱなしだった友人と二人で呑みに行くことにした。杯を重ねながら酔いが回ったらしい友人は、半分くらい据わった目付きで僕に説教を始める。
「大体お前はひとを見る目がない。あんな女に引っかかるのがその証拠だ」
そこから『あの女』がどれだけ非常識で、会ったこともない友人ですら話を聞いただけで嫌いになったとか、そんな時にオレを頼ってくれたのは嬉しかったとか話が流れていった。
何となく不穏なものを感じながら傾けたグラスをテーブルに置くと、友人は口元を歪めた笑顔で僕の手に自分の掌を重ねながら言った。
「ところで、あの女と別れたと言うことは、現在のお前は独り身だよな」
奇妙に熱い視線を向けられながら、僕は再び襲いかかってきた厄介事に対して呆然とするしかなかった。
最初は明るくてさばさばした性格の取っつきやすい子だと思った。それなりに社会経験も積み、常識的で優しい子だと思った。
『明るくてさばさばした性格の取っつきやすい子』が、実は『無神経で酷い暴言を殆ど無意識に繰り返す子』であり、それなりに積んだ社会経験の理不尽によって性格が歪み、常識を語りながら同時に非常識な言動も顧みない問題人物であるとようやく気付かされたときは、既に交際開始から数年が経過していた。
そろそろ結婚という文字を彼女がちらつかせ始めた頃、流石に危機感を覚えた僕は友人に相談し、最終的に『結婚してからでは遅い』という実に有益なアドバイスを貰って彼女と別れる決心をした。最近の彼女は僕のことを明らかに格下認定していて、その時の気分によって罵倒や繰り言を僕にぶつけてきたので、僕もあくまで下出に徹しながらタイミングを見計らい、彼女が激しく感情を暴発させた時を狙って謝り倒し、自分が如何に無能かを並べたて……、
『だから僕は君に相応しい相手だとはどうしても思えない、どうか君に相応しい相手を見付けて今度こそ幸せになって欲しい。今まで有難う』と捲し立てて彼女に背を向け、全速力で走り出した。決して感情的にならず、相手のペースに絶対に合わせることなく要点だけを述べ、速攻で立ち去れと忠告してくれた友人に感謝しながら。
それから彼女が僕に会いに来ることはなくなった。下僕だと思っていた相手をわざわざ自分から尋ねるのはプライドが許さなかったのだろう。その代わり、今までは業務連絡と変わらない用件のみだったメールがどんどん届くようになった。
「好きです」
「今まで厳しかったのは貴方に更なる高みへのステップを踏んで欲しかったからです」
「人間は素直になることで全ての苦しみから解放されます」
「私は少しだけ急ぎすぎたのかもしれませんが、それも貴方を思うが故です」
そういったメール内容に対して、昔ならともかく今となっては既に何一つ感銘を受けなくなっていた僕は、更に友人に相談してみたところ、『事態が拗れたときのために一応は保存しておけ』と言われてその通りにした。そして、連続して送られてくるメールの着信音があまりに煩いので常時マナーモードにしておくことにした。
だから、煮え詰まった彼女がナイフ片手に僕を襲いに来た時の予告メールも未開封のままだった。
結局は警察沙汰になった騒動もようやく終焉を迎え、この件について最初から最後まで世話になりっぱなしだった友人と二人で呑みに行くことにした。杯を重ねながら酔いが回ったらしい友人は、半分くらい据わった目付きで僕に説教を始める。
「大体お前はひとを見る目がない。あんな女に引っかかるのがその証拠だ」
そこから『あの女』がどれだけ非常識で、会ったこともない友人ですら話を聞いただけで嫌いになったとか、そんな時にオレを頼ってくれたのは嬉しかったとか話が流れていった。
何となく不穏なものを感じながら傾けたグラスをテーブルに置くと、友人は口元を歪めた笑顔で僕の手に自分の掌を重ねながら言った。
「ところで、あの女と別れたと言うことは、現在のお前は独り身だよな」
奇妙に熱い視線を向けられながら、僕は再び襲いかかってきた厄介事に対して呆然とするしかなかった。