あられの日記

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インド女性の服はカラフル

2016年03月16日 09時02分55秒 | インド旅行記
ようやく写真の焼増しも終わり、旅仲間の写真の発送も終わりました。まあ…「メールで送ってね」と頼まれた3組4名様分はパソコンに旅の撮影画像が取り込めてないので後回しにさせていただいてるのですが。でもちょっと前に愚痴っていた携帯電話の撮影画像の内、なぜか一部分だけ読み込めてたので、読み込み済みの画像を使って今日のブログタイトルインド女性の服はカラフルと題して書いてみます。
既出記事のインドの宗教で宗教によって服装が違う事は紹介しましたが、イスラム教徒を除き、信仰宗教の種類に関係なく女性はインドの民族衣装をまとっています。例えば、ガンジス川に入って沐浴する時、お掃除する時、料理をする時、場合を選びません。まあ、一張羅などは特別な場合に着るようですが。そういうのは母から子へと着継がれているとか。
これはお祭や花火、成人式、結婚式に参列、お茶席といった特別な場合を除き着物を着ない日本とは違います。まあ、旅館の浴衣を除き、着物を着崩してもOK!とはいかないのが大変なのよ。まれにしか着物を着ないものだから、裾さばきの仕方や、着物で階段の上り下り。着物で美しく座る姿勢。といった基本的な動作がもう~~~。更には振り袖・留袖ともなると、自分一人で着れる人も少ない。だって「着付け」という特別なスキルを持ってないと着れないものね。更に更に、特別な着物は絹で出来てるからさ。着た後のお手入れも大変です!
まあ日本の着物について語ってもだからなに?なので、本日は大量画像貼付けをします。どれだけインドの女性の服がカラフルなのか?インド女性がインドの民族服を着ているのか画像をみれば一目瞭然ですからね。

















ちょっと一息。
この大量のインド女性の画像は、2016年2月14日、デリーにあるフマユーン廟で撮影したものです。たまたま私達が訪問した時に、インド空軍の奥さん達の遠足と行き合いました。




2016年4月5日、左のデジカメ画像を掲載追加しました。

2016年4月5日。左のデジカメ画像を追加しました。



フマユーン廟とは、ムガル帝国2代皇帝フマユーンの霊廟です。1695年着工。9年後完成。ペルシャ出身のフマユーンの妃ハーシー・ベーガムが建築を指示。ペルシャとインドの建築様式が融合したムガル建築というスタイルがここに発祥した。

廟内にはフマユーンが眠る墓がある。メッカのある西側に大きな窓がある。

携帯電話で撮影したら、ピンぼけ画像を量産してしまいました~。無念です…。でも女性のカラフルな衣装の色は分かるので、2枚だけ廟内の画像を選んでみました。
2016年4月5日、左のデジカメ画像を1枚追加しました。





大勢の遠足なので、廟の外にもたくさんの女性の姿が。あ~~~。こんなラッキー滅多にないのにっ。もっと撮影していたいっ!でもツアー旅なのですよ。あの時現場では一杯写真を撮ったつもりだったのに、帰国後改めて再生してみたら女性達の姿が小さかったのね。何やってるんでしょうねえ。
あ。既出のインド女性の結婚の記事の中で、インドの女性は結婚したら仕事を止めて家庭に入る。運動不足になって太る。と書きましたが、この時の撮影画像をよ~~くみると、確かに奥さん達はふくよかな方が多めでした。
2016年4月19日に、以下のデジカメ画像を追加しました。

















本当にカラフルですよね。フマユーン廟で撮影した女性の画像はこれで全てです。もっと撮影しとけば良かった!インドの旅が本格的に始まってすぐだったので、さすがの私も遠慮して撮影画像が少なかったのね。二度とないチャンスだったのに~~~~~。私はカメラマンにはなれないわ~。

本日、読み込めた携帯電話の画像をつかい、2月24日の「神様の牛なのですが…」2月26日の「ガンジス川の水の採取場所」、2月29日の「インドでの両替はギャンブルです」の記事に画像を少し掲載しました。
特に神様の牛なのですが…の記事は、画像を17点!大量追加しましたのでぜひごらん下さい。
神様の牛なのですが…(2月24日)の記事はこちら

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