’08/08/06の朝刊記事から
ウイグル民族 「漢民族化政策」に反発 清朝以来 対立の歴史
中国西部の新疆ウイグル自治区カシュガルで4日発生した武装警官襲撃事件の背景には、中国政府が推し進めてきた「漢民族化政策」と、それに反発するウイグル民族との長い対立の歴史がある。
ウイグル民族は8世紀ごろから中央アジアや新疆に移住したトルコ系民族で、大部分がイスラム教徒。
中国には同自治区を中心に800万人以上が暮らす。
同自治区にあたる地域は18世紀に清朝の版図に入って以降、漢民族の支配に反発する動きが断続的に続いた。
ウイグル民族などは1933年に「東トルキスタン・イスラム共和国」、44年に「東トルキスタン共和国」を樹立したが、いずれも短命に終わった。
共産党政権が55年に自治区を設置した後も、不安定な政情が続く。
中国政府にとって同自治区は、国土の6分の1を占め、鉱物資源も豊富な重要地域。
このため独立運動の武力弾圧に加え、中国語教育の強化や、ウイグル女性を移住させて漢民族男性との結婚を促進するなど、同化政策を進めてきた。
ウイグル民族側には民族固有の文化を失うことへの危機感も募っている。
独立派の一部は、国境を接する中央アジアなど国外のイスラム過激派と連携。
最大組織「東トルキスタン・イスラム運動」は、国際テロ組織アルカイダとの関係も指摘される。
中国政府は五輪を前に、独立派の摘発に力を入れてきたが、ウイグル民族側の反発が強まれば、思惑とは裏腹に民族問題への国際社会の注目を集めることになりそうだ。(国際部 西山由佳子)