’08/02/25の朝刊記事から
法政大教授 田中 優子
食料自給率 回復への鍵
地方単位で持続形社会に
私のゼミでは「日本をさらに都市化すべきか」「食料輸入をさらに増やすか否か」という課題でディベートを行っている。事前に資料を集め、グループごとに意見を述べる。一通りの議論の後、個々がリポートにまとめるのである。
私のゼミは「未来のための江戸学」をテーマにしているので、こういう議論もするのだ。大都市の出現と自然環境の変化は、すでに江戸時代に起こっている。それにどう対処したか、学ぶことはいくらでもある。
江戸の合理性
江戸は世界最大の都市人口を抱えていた。都市では排せつ物やごみが問題になる。解決策は、それらを利用し尽くすことであった。不要物の行き先は三通りある。一番目は、それを使って異なるものを作る。二番目は燃料にする。三番目は土壌の栄養源として田畑に戻すことである。この三通りの過程すべてを通るかどうかは、物によって異なる。
例えば、紙はすき返される。再生紙は戯作本の印刷に使われ、さらにちり紙となる。すき返せば質が落ちるので異なった使い方をされるのだ。燃やす過程では燃料となり、残った灰は畑の養分となる。着物もほどかれて幾度も変身し、やはり灰となって畑に戻る。これらは三通りすべての過程を通るが、排せつ物や風呂の残り湯、魚を洗った水や爪や髪、生ゴミなどはすぐに土の養分となる。このように、生活のなかで消費されるあらゆるものが循環する。
そこで不思議なのが今回の再生紙偽装問題である。再生の流れがこのように決まっていれば、規制も必要なく偽装もあり得ない。しかし今回は古紙が大量に中国へ流れたことで循環が崩れた。閉じられていないリサイクルなら、簡単に輪は崩れる。これが今日のリサイクルの矛盾の一つ目である。また、再生紙はインクを洗うため膨大なエネルギーを使う。リサイクルは用途を変えることで成り立つ。同じ目的に使おうとすればエネルギーを消費するのは当たり前なのだ。これが矛盾の二つ目である。
用途を変えることの中には燃料にするという方法も含まれるのだが、現状では石油に依存しているので、他のものを燃料や電気にする工夫が進まない。これが矛盾の三つ目である。さらに、肥料として使える物が残っても、農地の減少と大量の化学物質の使用によって、それを吸収する土壌もない。これが問題の四つ目である。
これらの問題は食べ物にも及んでいる。江戸時代は食料自給率100%、農民人口80%だった。しかし農村の工業化も進んでいて、原材料を生産するだけでなく、布や紙やろうなどの加工品も生産していたのである。藩士たちの指導によって職人技術が農村に普及し、現金収入もあり、教育機関(手習い)も増えていった。森林は全国で伐採制限が打ち出され、育林政策がとられた。
こういう状況は江戸時代から1965年あたりまで徐々に変化しただけで、大きく変わっていない。農業人口が激減し食料自給率が39%まで急落したのは、この40年ほどの出来事だ。日本は歴史始まって以来の変化を迎えているのである。
現代は綱渡り
食品偽装や食品汚染の根本原因は、食料を輸入することで工業製品を輸出し、外国との賃金差を利用することで利ざやを稼ぐ、という綱渡りの方法をとったことである。その結果、日本の輸入食料の重量と輸送距離を掛け合わせたフードマイレージは世界一になった。これは日本人が他のどの国民より、毎日の食事で環境を汚染しているという意味である。その上、諸外国の食料の値段が急騰したり食料不足になれば、いち早く飢餓がやってくる。
これらを克服するには、どう考えても自給率の回復以外に方法がないように思う。今なら間に合う。地方が小さな単位を形成し、食料や原材料の生産地というだけでなく加工、流通、広報、教育、そして石油以外の電力生成をはじめとする持続可能社会の構築の拠点になる、という方法があるはずだ。地方が豊かになることで市場は国内に開かれるだろう。日本のこれからは、自給率にかかっている。