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苦しみを共に、慰めを共に

2024-06-02 15:00:51 | メッセージ
礼拝宣教    Ⅱコリント1・1-11 

本日よりコリントの第二の手紙から御言葉に聞いていきます。
復活のキリストと出会い、救いに与ったパウロ。彼はユダヤ人以外のいわゆる異邦人に向けた福音の伝道者として神によってたてられ、キリストの使徒として働きます。聖書の後ろに付録として地図がいくつかありますが。その中に「パウロの宣教旅行の2、3」回目の旅程が記された地図がございます。パウロはその2回目の伝道旅行の際に、アテネを経由してコリントに着き、そこに約1年半滞在し、コリントの教会の基礎をつくりました。パウロはそこで教会が建てあげられていく上で重要な働きをなしたのです。
コリントは商業で栄え、種々な文化が入り混じり、繫栄しました。が同時に倫理的な心の荒廃を招き、諸々の問題を抱えていました。それはコリントの教会と信徒たちも決して例外ではなく、多くの問題を抱えていたのです。
先週まで第一の手紙を読みました。そこには教会の分派が生じ、分裂が起こっていたこと。偶像に供えた肉に対する論議で、弱い立場におかれていた人たちが痛んでいたこと。又、キリスト者として解放され自由になったことをはき違えて、放縦な生活をしていた人たちがいたこと。さらにそのような人たちは、パウロの教えに反発して言い逆らい、パウロを厳しく非難中傷しました。

そのようにパウロとコリントの教会との関係が悪化する中で、最初に書き送られたのが先の第一の手紙です。その後もコリント教会の状況は改善されず、パウロ派コリント教会への訪問を願うのですが。自らが行ってさらに関係が悪化するかも知れないと、苦渋の中で訪問を控えました。
それは第2の手紙2章4節にあるように、「悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに書き」送ったと記されているおりです。
そうするうちにコリントの教会の信徒たちの多くは、パウロが書き送った手紙によって、自分たちがいかに傲慢であったかに気づき、神の前に深く悔い改めます。けれども、そこには痛みが伴っていました。何らかの処罰があったのです。
それらの出来事を伝え聞いたパウロは今日の第二の手紙をコリントの教会に書き送るのです。
その2章6-7節では、パウロとコリントの信徒との関係を損なわせた「その人には、多数の者から受けたあの罰で十分です。むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、許して、力づけるべきです。ぜひともその人を愛するようにしてください」と助言をしています。この言葉にはキリストの愛と赦しが溢れ出ている思いがいたします。パウロはコリントの信徒たちとの関係を愁いながらも、キリストの恵みと平和が満ち溢れるよう真心から願い祈っていたのです。
 本日は1章1-11節が読まれましたが。
パウロはここでまず、慈愛に満ちた神、慰めを豊かにくださる神がほめたたえられますようにと、「慈愛と慰めの神」を賛美しています。また2節では、「わたしたちの父なる神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように」と、とりなしの祈りが記されています。
人間同士の分裂や不和の最中でさえ、「平安と和解」を与えて下さる「憐みと慰め」の神。
それは教会のみならず、昨今の戦争や紛争の火種がつきないこの時代の中でも、4-5節「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。キリストの苦しみが満ちあふれてわたしたちにも及んでいるのと同じように、わたしたちの受ける慰めもキリストによって満ちあふれているからです。」アーメン。
私たちはだれも、世にあって様々な苦難の時があります。そこで神の慰めにあずかることが出来るというのはまことに幸いなことです。

先日、ある方が「私は苦しい時、神こう、なぜか」と、つっかかるように暴言を吐いた。けれどそれは、神が決して私を見捨てたりなさらないということを心の底の方で信じていたからだった。そこに神から戴く慰めがあった。今はその神さまの慰めによって兄弟姉妹たちを慰める思いでいる」と証ししてくださいました。
キリストは苦しみを通して、この私の苦しみを知ってくださっている。その共にある慰めを覚えるたびごとに、私たちの慰めもキリストを通して満ち溢れていくのです。いつくしみ深い主を賛美します。

さて、8節「兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい。わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました」。
彼は自分が受けたキリスト者であるが故の苦しみについて述べます。
使徒言行録の中には、パウロが経験した多くの試練が記されています。この第2の手紙の11章にも、それらが具体的に書かれております。それはパウロの信仰を圧迫し揺り動かすほどの経験であったことは確かです。
コリントの信徒も又、様々な苦しみがありました。しかし、それもキリストを信じ、キリストに望みをおいていたキリスト者であったからです。
新約聖書の他の箇所にも、初代教会のキリスト者が経験した苦しみについて、暴動による妨害(使徒17,19章)、法廷での偽証(Ⅰペトロ4章15-16)、投獄(ヘブライ13:3)、家庭の崩壊や仕事の妨害(ヘブライ10:32-24)等が書き記されています。
日本においてもキリスト教が伝えられるようになった16世紀以降、どれだけ多くのキリスト者が迫害に遭い、殉教を遂げてきたことでしょう。
神はすべてをご存じであり、歴史は証明します。そうしたキリスト者の苦難の中で、神は生きておられ、キリストの救い、その慰めと平安に満ちた福音が、聖霊の導きを通して私たちキリスト者を生み出していることを忘れてはなりません。
パウロが言ったように、キリスト者として苦しむ度に「神は慰めてくださる」。それは安っぽい口先だけのものではなく、「キリストの苦しみ」、その深い神の愛といつくしみによるのです。
この神の愛による慰めは先ほども申しましたように、私たちの内側から溢れ出て、5節「わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます」。まことに、まことに、アーメンです。
それは何か人が立派だからというのではなく。私たちの内に働く神の愛と慰めによるのです。

最初にも触れましたが。パウロはコリントの信徒のことで悩み苦しんでいたところから、彼らに向けて手紙を書き始めたと思われます。しかし、パウロ自身そのキリスト者としての苦しみや悩みを通って、苦難は感謝へと変えられる経験をしてきたのです。パウロはコリントの信徒たちにもこの苦難は感謝に変えることのおできになる慰め主なる、神を知って貰いたかったのです。

パウロも8-10節で、「耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました。死の宣告を受けた思いでした」と正直に心のうちをさらけ出します。使徒パウロほどの人物が、それほどまでの弱さや無力さに直面していたのです。
けれどパウロは記します。「それで、自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました。神は、これほど大きな死の危険からわたしたちを救ってくださいましたし、また救ってくださることでしょう。これからも救ってくださるにちがいないと、わたしたちは神に希望をかけています」。
彼は自分を頼りにするのではなく、死者を復活させてくださる神を頼みとするように導かれ、変えられるのです。彼は自分の受けた慰めが「キリストの死から得た命」だと、言い表します。
キリストの死と復活が私と共にある。それを真実として受けとめることができたのは、元気で、問題もない時よりも、むしろ苦しみや行き詰まりを覚える時ではないでしょうか。

最後に、本日は7節の「あなたがたについてわたしが抱いている希望は揺るぎません。なぜなら、あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、わたしたちは知っているからです」という個所から、「苦しみを共に、慰めを共に」という題をつけさせて頂きました。苦しみは出来れば避けたものです。それは人として当然の思いです。
しかし、それは時に避けられないものとして起こってくることがあります。パウロと共に福音伝道に務め励んだ仲間たちも、そのような苦難の中にありました。しかし、パウロの痛みと苦しみを知って苦しみを共にしてくれたコリントの兄弟姉妹がいたのです。彼らもパウロと同様、自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神に信頼し、神を頼りにして慰めを得る人たちでした。
苦難とその苦しみをすでにキリストが共に負い、共に苦しんでいて下さる。復活の命の希望によって生かして下さる。それはどんなに大きな慰めでしょうか。
そして、私たちも又、それぞれに苦難を経験する時、慰めを共にしてくださる主にある兄弟姉妹が与えられています。それはどれほど大きな恵みでしょうか。共に祈り、互いを祝福し、とりなし祈り合いましょう。共に神を礼拝し、2節「わたしたちに父である神と、主イエス・キリストからの恵みと平和」が、証しされていきますように。
祈ります。
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