昨日の続きです。
「たまき(環)地蔵尊」のお隣は、かなり大きな観音様です。
胸に抱かれた赤ちゃんがオッパイを飲んでいます。
“オッパイ観音”です。単なる「慈母観音」ではなく、“乳母観音”のようです。かなり珍しい観音様だと思います。
雨跡が涙を流しているように見えます。親の手で幼い命が絶たれるニュースを、観音様は悲しんでいる・・・・・・そんなお顔です。
「柔らかな微笑み」が、ほんの僅かだけ欲しい様な・・・・・・そんな気がするのです。
こちらが本堂。この日は庭木の手入れに植木屋さんが入っていました。本堂の周りには、それなりに木が植えられています。
お寺の大屋根は、直線と曲線と勾配が美しいです。
複雑に組み上げられた、木、木、木・・・・・・、この各部の名称を調べてみたら、
三手先(みてさき)、 斗(ます)、 大斗(だいと)、 巻斗(まきと)、 方斗(ほうと)、 肘木(ひじき)、 木鼻(きばな)、 長押(なげし)、 軒桁(のきげた)、 丸桁(がんぎょう)、 実肘木(さねひじき)、 間斗束(けんとづか)中備(なかぞえ)、 小壁(こかべ)、 軒天井(のきてんじょう)、小天井(こてんじょう)、 支輪(しりん)、 垂木(たるき)、 地垂木(じだるき)、 飛擔垂木(ひえんだるき)、 隅木(すみぎ)、 尾垂木(おだるき)。
こんなに、幾つもの部材が組み合わされているのでした。どの部材がどの名称かは、調べてみて下さい。
この中で、知っていたのは、垂木に、木鼻に、長押だけでした。
さて、本堂の階段を上がり、お賽銭を上げてお参りです。手を合わせ頭を下げていると、聞き慣れた吸引音がしてきました。
本堂のお掃除が始まったのです。そういえば、今では“掃除機”と云えば、電気掃除機のことです。
“冷蔵庫”と云えば、電気冷蔵庫のことです。アイロンと云えば、電気アイロンのことです。
電気で動くのが当たり前になったのです。当たり前の事は云わなくなったのです。
「それで、どうしたの?」と云われても・・・・・・。まぁ、只、そんな事を思っただけで、特に意味はありません。
それで、掃除機の音を聞きながらのお参りでした。掃除されていた方は、参拝者の居ることには気付かなかったようです。
このお方が、このお寺に、一番貢献された住職さんと思われます。たぶん本堂を新築された和尚さんと思われます。
やはり、何と云っても、目に見える「形」を残すことが一番判り易いですから、立派な方でも、何か形を残さないと、いつかは忘れ去られてしまうのです。
本瓦葺きの屋根は美しい。
瓦の端を飾る“鬼瓦” なかなか立派な鬼瓦です。
鬼瓦を造る職人は“鬼師”とか“鬼板師”と呼ばれるそうです。
土浦の復元された藩校の門を見に行き、その先で、偶々見つけた「神龍寺」でした。
お寺は良いものです。落ち着く空間です。
それでは、また次回。
「たまき(環)地蔵尊」のお隣は、かなり大きな観音様です。
胸に抱かれた赤ちゃんがオッパイを飲んでいます。
“オッパイ観音”です。単なる「慈母観音」ではなく、“乳母観音”のようです。かなり珍しい観音様だと思います。
雨跡が涙を流しているように見えます。親の手で幼い命が絶たれるニュースを、観音様は悲しんでいる・・・・・・そんなお顔です。
「柔らかな微笑み」が、ほんの僅かだけ欲しい様な・・・・・・そんな気がするのです。
こちらが本堂。この日は庭木の手入れに植木屋さんが入っていました。本堂の周りには、それなりに木が植えられています。
お寺の大屋根は、直線と曲線と勾配が美しいです。
複雑に組み上げられた、木、木、木・・・・・・、この各部の名称を調べてみたら、
三手先(みてさき)、 斗(ます)、 大斗(だいと)、 巻斗(まきと)、 方斗(ほうと)、 肘木(ひじき)、 木鼻(きばな)、 長押(なげし)、 軒桁(のきげた)、 丸桁(がんぎょう)、 実肘木(さねひじき)、 間斗束(けんとづか)中備(なかぞえ)、 小壁(こかべ)、 軒天井(のきてんじょう)、小天井(こてんじょう)、 支輪(しりん)、 垂木(たるき)、 地垂木(じだるき)、 飛擔垂木(ひえんだるき)、 隅木(すみぎ)、 尾垂木(おだるき)。
こんなに、幾つもの部材が組み合わされているのでした。どの部材がどの名称かは、調べてみて下さい。
この中で、知っていたのは、垂木に、木鼻に、長押だけでした。
さて、本堂の階段を上がり、お賽銭を上げてお参りです。手を合わせ頭を下げていると、聞き慣れた吸引音がしてきました。
本堂のお掃除が始まったのです。そういえば、今では“掃除機”と云えば、電気掃除機のことです。
“冷蔵庫”と云えば、電気冷蔵庫のことです。アイロンと云えば、電気アイロンのことです。
電気で動くのが当たり前になったのです。当たり前の事は云わなくなったのです。
「それで、どうしたの?」と云われても・・・・・・。まぁ、只、そんな事を思っただけで、特に意味はありません。
それで、掃除機の音を聞きながらのお参りでした。掃除されていた方は、参拝者の居ることには気付かなかったようです。
このお方が、このお寺に、一番貢献された住職さんと思われます。たぶん本堂を新築された和尚さんと思われます。
やはり、何と云っても、目に見える「形」を残すことが一番判り易いですから、立派な方でも、何か形を残さないと、いつかは忘れ去られてしまうのです。
本瓦葺きの屋根は美しい。
瓦の端を飾る“鬼瓦” なかなか立派な鬼瓦です。
鬼瓦を造る職人は“鬼師”とか“鬼板師”と呼ばれるそうです。
土浦の復元された藩校の門を見に行き、その先で、偶々見つけた「神龍寺」でした。
お寺は良いものです。落ち着く空間です。
それでは、また次回。