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近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

“原節子を何となく” その⑨ “晩春”壺のツボ

2011年06月20日 | 原節子

昨日の続きです。

今日まで“原節子 あるがままに生きて”を読みつつ、綴ってきたのですが、最終回の本日は、本の方は終わりとして、本とはまったく関係なく勝ってに綴ることにします。

それで、本日も、昨日の『東京物語』に引き続き、大胆仮説の第二弾、『晩春』の“壺論争”を採り上げ、わたくしも、論争の一画に加わり、小さな一石を投じようと思うのであります。

“小さな”何て控え目な表現をしましたが、何を隠そう、本音としては、過去の論争を蹴散らす、堅い、堅い、決意と確信を持って、新たなる解釈を展開します。

これを読んだ人は、頭を掻きむしり、眼から鱗がパラパラと落ち、ナルホド!そうかァ!と膝を叩き、手を叩き・・・・・・、何て結果を妄想しつつ、静かに、話しを進めたいと思います。

それで、“晩春の壺論争”ですが、結婚を決めた娘と父親が京都に旅行し、


旅館のシーンで、


笠智衆と原節子が枕を並べて眠っていると、一瞬床の間に置かれた壺が写り込むカットの意味をめぐるものです。


このカットを、

【アメリカの映画監督ポール・シュレイダー】は、これを父と別れなければならない娘の心情を象徴する「物のあわれ」の風情であるとの解釈。

【映画評論家のドナルド・リチー】は、壺を見ているのは原節子であり、壺を見つめる原節子の視線に結婚の決意が隠されているとの解釈。

【蓮實重彦】は、①父と子とはいえ性別の異なる男女が枕を並べて眠っていること自体が例外的である。②すべてを白昼の光の中に鮮明な輪郭を持って描いてきた小津が、月光によって逆光のシルエットになっている壺を描いたことも例外である。③それらから父と娘の間に横たわる見えない性的なイメージを表現している。

【映画評論家の岩崎昶】父娘の会話が旅館の寝床の上で交わされていることに注目し、この旅館のシーンを転機とし、父に対して性的コンプレックス(エレクトラコンプレックス)を抱いていた娘が、父から性的に解放される名シーンであるとしている。

と、云うように、娘の心理描写であり、そして、それが性的か否か、壺を見ているか否かという論争なのです。

先ずは、娘の視線が壺を見ているか、見ていないか論争ですが、これは論争にもならないと思うのです。


娘が、壺に視線を送るカットは有りませんし、送ったように思わせるカットもありません。


娘の視線の先は父親です。


父がもう寝るかと云った後、娘が部屋の明かりを消した瞬間、月明かりに照らされて、庭の竹の影が、白い障子に浮かび上がるのです。


この光と影の美しさ、日本的な美意識です。白い障子、竹の陰影、このカットは、日本的な美意識を象徴するカットです。

父を思いやる娘、娘を思いやる父、この関係も日本的なものです。


敗戦後、すべてが西洋化する傾向に対して、あらためて日本的なものを、日本的な価値観を、見つめ直し、再認識するためのカットなのです。戦争に負けたからと云っても、欧米の文化にまで、降伏した訳ではありません。


日本人の美意識は、明るく輝き、眩しい世界よりも、“陰”とか、暗い“闇”とか、陰影にあるのです。

それで、“谷崎潤一郎”なのです。彼が書いた有名な『陰翳礼讃』なのです。日本建築における、陰翳の美しさ、陰翳の取り入れ方、陰影の味わい方を語った随筆です。

谷崎と小津は同時代で、それなりの親交もあったようですし、小津も当然この『陰翳礼賛』を読んでいた筈ですし、読むまでもなく、和室の美、白い障子の美、灯りを消した部屋、、月明かりに映し出される、風にそよぐ竹の美しさ、日本の美意識なのです。

父と娘の想い、月明かり、風にそよぐ竹、すべて日本的な美意識なのです。日本の情感なのです。ものの哀れなのです。

それで、“壺”なのですが、は、確かに、心理学では壺を女性器の象徴として語られることも、あるそうですが、この壺は、あくまでも、暗い闇の部屋で、白い障子に映し出される情景に、花を添える“小道具”なのです。

普通、旅館の部屋には、花を生けた花瓶が付きものです。花を生けずに花瓶だけと云うことはありません。でも、しかし、このカットでは、花瓶に花は邪魔なのです。花を添える小道具ですが、花は添えないのです。

“主役は白い障子に映る陰翳”です。

と、云うことで、“壺論争”は、小津監督の意図から、ツボを外しているのです。

日本的な美意識の、“白い障子に映る陰翳”から場面転換した次のカットは、


これも、日本的美意識、龍安寺“枯山水の庭”なのです。日本的美意識のカットが続くのです。

主演した、原節子も、

『新鮮といっていいのかしら。今までの日本映画に見られなかった古い日本文化のすばらしさが感じられますものね。「晩春」は今までの小津さんの作品とちょっとちがうのではないかしら。形式的には、あまりかわっていないと思うんだけど、内容的には日本的で、そして高いところを狙っていられたように思うんです。それが終戦直後とちがって、日本人としての自覚に目ざめかけた大衆にうけたのね』(今村太平著『映画入門』社会思想研究会出版部1955年)

こんなことを語っています。

と、云うことで、壺論争は、ツボを外していたと云う結論になります。まぁ、当然、これは、私の勝ってな結論ですけどね。でも、しかし、かなり・・・・・・なのです。

以上で、“原節子シリーズ”は終了します。先週の金曜日に更新の予定が、週始めの月曜が最終回になってしまいました。いろいろあったのです。

それでは、また明日。


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