我が家のお墓は遠いのです、東京の先まで行くのです。朝早く出れば午前中で帰ることも出来るのですが、特に急ぐこともなく、時間はたっぷりありますから、のんびりと一日仕事になります。
帰りは、行きのコースとは異なる、板橋区の高島平から赤羽を通って帰りました。行きも帰りも同じコースを走るのは退屈なのです。
それで、赤羽の「丸真正宗」の前を通り、荒川を渡り122号線を走ったのですが、橋から見える川口市の眺めはホントに驚きます。
高層マンションが林立する、モダンな町に変身しました。
数年に一度、この道を通るのですが、鋳物の町“キューポラの街”の、暗いイメージはまったくありません
土手に面した中学校です。校庭は河川敷です。
この中学校は『キューポラのある街』で“吉永小百合”が通っていた中学として、映画にも登場しました。
『キューポラのある街』1962年の公開ですから、私が12歳の時です、リアルタイムでは、観たような? 観てないような?ハッキリしません。
高校を卒業して勤め始めた頃、外注先の鉄工所があり、仕事でよく行った事があるのです。映画が公開されてから7~8年後です。
その頃は、まだ映画に描かれた、赤錆びが匂い、鉄を叩く音が響く、そんな工場の町でした。
この超高層マンションは、ホントに高く、まさに、空高く聳えています。
こんな所にはとても、不安で、不安で、私には住めません。
橋を渡って少し行くと、レンガ造り建物があったのですが、今はどうなっているのか気になっていました。
すると、その気になる建物は“あった”のです。
“以前から”気になっていたのです、東京を離れるずっと前から気になっていました。
30数年前に、会社で借りた“ベーター・マックス”のビデオカメラで撮った記憶があります。その時のテープは現在行方不明。
今回、通過する一瞬、そこに「田中家住宅」と書かれた看板を横目で確認しました。
文化財として一般公開されているようです。気になる建物は、やはり“徒者”では無かったのです。今度、いつか、見学に行かねばと、思いつつ通過しました。
そうでした、映画“かあべい”のオープンセットも川口でした。撮影後も保存している様な話を聞いた事があります。
“レンガの洋館”と“オープンセット”の見物はいいかも知れません。
普段、ストレスの“ほとんど無い生活”を送っていると、都内を通過する運転は、かなりのストレスとなり、昼時になっても空腹感を感じません、この日は昼食を抜きました。
家に帰って、直ぐに風呂に入り、相撲中継を見ながら、スーパーで買った握り寿司と“イカげそフライ”で一杯は最高でした。
それにしても稀勢の里、白鳳に対してもう少しでした。今場所も“やりそう”です。先場所に続いて“二桁勝利”を期待します。
それでは、また明日。