歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

大泉学園は駅名詐称!?

2008年07月18日 | 東京の風景
昨日の続きです。

今回の“用事”までは2時間ほどあります。そこいらを歩きまわり、昼飯を食べ時間を潰します。

勤労福祉会館の周囲は住宅街です。高級とか、閑静とか、ではなく、とても普通で、平均的な“私鉄沿線住宅地”です。

京王線、小田急線と、東武線、京成線の中間を走り、沿線イメージも中間で、不動産価格も中間です。

駅から徒歩8分、新築戸建て、4LDK、25坪、4480万円。


住宅街の狭い路地を抜けて、バス通りに出ました。駅から遠ざかっても何も無い気配を感じ、駅前に戻る事にしました。

“大泉学園駅”の名前に相応しい“学園”が見えてきました。


東京近辺にお住いではない方の為に、一応ご説明致しますが、駅名に“大泉学園”とありますが、駅の近所にそう云う“教育機関”は存在しません。

これは、昔、むかし、西武鉄道株式会社が、学園都市なんて事を企て、そんな駅名にしたのですか、企ては頓挫し駅名だけが残ったものです。

地方から上京して、この地で暮らしている人達の一部には、“大泉学園”と云う名の学校があると、未だに信じている人が居るとの、風の噂を耳にした事があります。


この学校は、“学芸大”の付属中学と付属高校のようです。

そういえば、駅名に実体が伴わない事で有名なのが、東急東横線の“学芸大学駅”です。学芸大は40年も前に小金井市に移転しているのです。

隣の“都立大駅”にも、都立大はありません。この二駅は“駅名詐称”ではないでしょうか? 

“国際中等教育学校”なんてものも、この中にあるようです。いったいどんな事をする学校なのでしょうか?


それにしてもです。この“学芸”ですが、むかしから、ずっと、ずっと、変だと思っているのです。

“芸”と云う字から、芸能、芸事、演芸、お笑い、寄席、落語、漫談、と連想して行ってしまうのです。学と芸が結び付かないのです。

それで、今回は、“芸”を辞書で引いてみたら、

【修練によって得た技能。学問。わざ。「芸術・武芸」 技能をともなうあそびごと。あそびごとのわざ】

【また、機知や工夫。「―のない話」「芸能・遊芸・芸達者」】

 [株式会社岩波書店 広辞苑第五版]

と、なっておりました。学問も演芸も、修練によって得た技能と云う事で、学者も、研究者も、落語家も、漫才師も、浪曲師も、講釈師も、曲芸師も、手品師も、みんな、みんな、同じなのでした。大変勉強になりました。

駅前に戻ります。

先ほど、駅に降り立ち、辺りを一望したのですが、この高層マンションは眼に入りませんでした。


2層の駅前広場を抜け、南口の反対側に行ってみました。南の反対ですから北口になるのでしょうが、北口は二層広場とは繋がっていません。


二層広場から、北口の繁華街に伸びる歩行者専用通路。


かなり、賑やかで、かなり都会の雰囲気。“カラオケの鉄人”なんて、チェーン店があるようです。


駅前を抜けると直ぐに、こんもりとした「鎮守の杜」が見えてきました。


この神社は、事前に、場所だけは調べておいたのです。

これから、ちょっと覗いてみたいと思います。

そろそろ、お時間なので、神社のお話は、また、次回。


それでは、また明日。

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大泉学園 “裸婦像で自己保存”

2008年07月17日 | 東京の風景
昨日の続きです。

大泉学園に向かっています。以前に、車で町の端っこを通り過ぎたことがあるだけで、駅に降りるのは今回が初めてです。

去年の7月には「西武線シリーズ前編」で、新宿線の上井草駅から石神井公園を通り、池袋線中村橋駅まで歩いたことを思いだします。

大泉学園から、池袋に向かって、石神井公園→高野台→富士見台→中村橋という順序になります。

初めての大泉学園駅です。


南口に降り立ちます。南口方面に今日は“用事”があるのです。駅前は、予想以上、想像以上に都会でした。

最近良くある、人と車を分離した二層構造広場になっています。典型的な東京郊外私鉄駅風景です。


それなりに、お洒落で清潔で、ちょっとだけ「よそよそしさ」が漂います。


ショッピングセンターに、


下はバスターミナルにタクシー乗り場。


反対側の方が、ビルが多く賑やかな商業街のようです。


駅前広場を一通り眺め、下に降りて目的の場所を目指します。駅前から50メートルほど行った処で、これです。


蔦屋敷の先を左に曲がると、


見えてきました。練馬区立勤労福祉会館です。事前に地図で確認したよりも近いです。駅前からほんの数分の距離でした。


玄関脇で、裸婦像が出迎えてくれました。


この「裸の婦人」ですが、確かに、美しいですし、魅力的です。でも、そうだからと云って、中年男が一人、裸の婦人の前に立ち、じっと、暫く、見る角度など変えながら、眺めている風景は、何となく、どことなく、変だと思うのです。

芸術の鑑賞と云うよりも、嫌らしい魂胆を抱き、変な想像を巡らし、動物的本能の赴くまま、自己保存本能を刺激しているように見られそうです。

でも、雄と雌の関係を離れて、裸婦像を見る事などあり得ないと思います。ですから、昼日中、公共の場において、裸婦像の鑑賞は変なのです。

ですから、この様な場に裸婦像はマズイと思います。裸婦像は、薄暗い美術館の室内で、スポット照明で浮かび上がらせ、鑑賞するものだと思うのです。

以前から、ずっと、ずっと、そう思っていました。“芸術です!”何て上品な事を云って見たところで、雄雌の感性を抜きにした鑑賞はあり得ないのです。

それにしても、町中の裸婦像を“ご婦人達”はどう云う気持ちで観ているのでしょうか? 

私は、男の裸像を観て、芸術的にも、本能的にも、まったく魅力を感じません。

裸婦像で“変に”興奮してしまいました。それで、この福祉会館には、ある会合に出席する為に、遙々やって来たのです。

その会合は2時からで、この時、時計は未だ11時半でした。大夫早いのですが、一応、予定通りの時間です。

館内に入り、今日の予定が書かれている掲示板で、会合名、時間、会議室の場所を確認して外にでました。

2時迄、辺りを散策し、昼飯を食べ、1時半頃にここに戻る予定です。


それでは、また明日。


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“跨る秋津駅”で談志と牧野周一の漫談論争に思いを馳せる

2008年07月16日 | 東京の風景

昨日の続きです。

西武線秋津駅から大泉学園に向かいます。

ところで秋津駅なのですが、地図を見ると、北側が所沢市で、西側が東村山市で、東側が清瀬市で、三つの自治体に跨っているのです。

西武線秋津駅が、武蔵野線側(西側)に100メートル移動すれば、乗り換えは便利になるのですが、そうすると、駅は、清瀬市、所沢市からは外れて、すべて東村山市に入ってしまうのです。

何となく、こんな事情も乗り換えを不便にしている原因のような気もしてきました。

三市に跨る複雑な駅です。


画面左側の下り線ホームの中央部が所沢市になります。上下線ホームの中央部から池袋方向の半分が清瀬市の領土です。

残る半分が東村山市の領土になります。


こちら、東村山側から撮った急行です。急行は秋津を通過して行きました。武蔵野線との「乗り継ぎ駅」なのに、急行停車駅ではないのです。


それで、この「女性専用車」の“ピンク案内看板”ですが、始めて眼にします。やっぱり女性はピンクなのです。

そのうち、女性から“色使い”で抗議されそうな気がします。


「女性専用車」で思い出す事があります。“ウクレレ漫談の牧伸二”の師匠、元活動写真の弁士、漫談の“牧野周一”です。

牧伸二も相当古いですが、その師匠の牧野周一となると、今では、もう、ほとんど、歴史上の人物になりました。

私が20代の頃、テレビで時々見かける事がありました。その当時でも、名前は知られていましたが、ほとんど過去の芸人でした。

それで、その周一師匠の漫談ネタに、国鉄時代の「婦人専用車」の話があるのです。それ以外のネタも、みんな相当古いのです。

漫談から“古典”は生まれてきませんでした。漫談は、常に、すべて、新作なのです。何をやっても、かまわないのです。

当時、“痛々しい”思いを抱きつつ、画面を見つめていた記憶があります。

時代から取り残された芸人の寂しさ、儚さ、空しさ・・・・・・、まったく笑えませんでした。

落語、講談、浪曲、そして漫談、この違いは何でしょうか? 漫談は世相の表面を面白可笑しく語る・・・・・・。

面白いだけ、可笑しいだけ、それだけでは、人は満足しないのかも知れません。

やはり、“喜怒哀楽”のすべてを語らなければ・・・・・・、何か、薄っぺらく思えるのでしょう。

そう云えば、あの頃、立川談志が「漫談は芸では無い」と発言して、“漫談界”に喧嘩を売った事がありました。

何故、芸ではないと云ったのか、騒ぎはどういう形で収拾されたのか、まったく覚えていません。

「女性専用車」の看板から、そんなこんなを思い出しました。

「婦人専用車」は1973年に廃止され、1975年に牧野周一は70歳で亡くなりました。

時代から消えた“婦人専用車”は、“女性専用車”として復活しました。“婦人から女性”へ何が変わったのでしょうか?

そう云えば、駅などで「婦人用」と表記したトイレの看板を、今でも、時々眼にします。駅のトイレで「婦人」は生き残っているようです。


秋津から、清瀬、東久留米、ひばりヶ丘、保谷、そして大泉学園となります。


今日は、ここられで話の切りがイイのでお終いにします。


最後が臭い話になってしまいました。


それでは、また明日。


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ツナギ目を繋いで走る武蔵野線

2008年07月15日 | 東京の風景
昨日の続きです。

続きと云よりも、本日が“行って、見て、聞いてきました大泉学園シリーズ”の実質的第1回目かも知れません。

新松戸で武蔵野線に乗り換えました。最後尾の車両です、車内はガラガラ状態です、シートの端に座り、流れていく風景をボンヤリと眺めます。

武蔵野線の風景は、寂しくて、鄙びていて、半端に賑やかで、半端に田舎です。半端な町並み、半端な田圃や畑が続きます。

都市の“郊外”と云うほど開けおらず、田舎と云うほど自然に恵まれおらず、郊外と田舎の“つなぎ目”かも知れません。

そうか。“つなぎ目”を繋いで走っているのが武蔵野線なのかも”と、ボンヤリと考えたり・・・・・・。

繋ぎ目と云えば、最近の電車は、レールの繋ぎ目のところで、“ガタン・ゴトン”とあまり振動しなくなったなぁ・・・・・・。

それに、繋ぎ目の間隔が長くなったし、それと、昔は、レールの端面を突き合わせる様にしていたけれど、今は、長い距離で“張り合わせる”様に繋いでいるしなぁ・・・・・・。

かなりのボンヤリ感が身体全体を柔らかくしていきます。

中途半端な風景が、頭の中まで中途半端にするのです。この中途半端感が武蔵野線の魅力です。

中途半端と云えば、40代後半の営業マン風の男性が、斜め向かいに1シートを1人で占領しています。左右に客は居ません。

何やら書類に目を落とし、読んでいるのか、ただ眺めているのか、別のことを考えているのか、何だか判らない状態を続けています。

彼の頭の中にも「中途半端感」が侵入しているのです。

駅に停車しても下を向いたまま、まったく顔を上げません、いつも、この線を利用しているようです。

南越谷で降りました。東武伊勢佐木線に乗り換えるのです、この時間帯ですから、たぶん、下りに乗り取引先を回る筈です。

ボンヤリしているうちに、新秋津に到着です。ここから西武線に乗り換えです。


駅前広場を一回りします。


古くもなく、新しくもなく、寂しげです。


首から先が無いブロンズ像の親子連れ。顔が無いのは「不安」です。ここは駅前広場です。行き交う人々に不安を抱かせてはいけません。


この先の狭い路地を入って西武線に乗り継ぐのです。


知らない人でも、何となく判る人の流れ、後ろから付いて行けば、西武線に乗り換えできます。


新秋津が武蔵野線、秋津が西武線です。武蔵野線が西武線にあと100メートルほど近づいていれば、構内の連絡通路で繋がったのです。


それか、西武側が歩み寄って100メートルほど位置をずらしてくれれば良かったのです。たぶん、いろいろな利害や思惑が複雑に絡まり、解けなくなってしまったのでしょう。

兎に角、みんな歩いています。


歩くのです。


右に曲がり、


左に曲がり、


ランチを横目に歩くのです。


左に曲がり、


後は、真っ直ぐです。


駅に近づいて来ました。客には乗り換えが不便ですが、商店街にとっては、長い、長い連絡道は、商売上はいいのかも知れません。

一等地の駅前が、長く長く続いている訳ですから、商店街としては問題ないようです。


西武線秋津駅です。


武蔵野線新秋津よりも、駅前が狭い分だけ、単位面積あたりの人数が増えます、その分、賑やかに感じます。

駅としてはこちらが、ずっとずっと古いわけですから、それなりに街に馴染んでいるのです。


本日はここまでとします。

明日は、あの黄色い西武線に乗って大泉学園です。


それでは、また明日。



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テスト 2

2008年07月15日 | 東京の風景
写真添付のテストです(^。^;)
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テスト

2008年07月15日 | 東京の風景
携帯からの書き込みテストですm(_ _)m
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“大泉学園”に“武蔵野婦人”に“CHANGE”最終回?

2008年07月14日 | 東京の風景
先日(6/28)、西武池袋線の“大泉学園”に行ってきました。

何故?大泉学園なのかは、そのうちに追々と明らかになってきます。まぁ、それほど大した理由でもないのですが、それは、その・・・・・・なのです。

それでは、“行って、見て、聞いてきました大泉学園シリーズ”が、今日から始まります。このタイトルで“何故?”は、半分明らかになったのです。

兎に角、大泉に向かうのですが、大泉に向かうには、上野まで行き、山の手線に乗り換え、池袋駅で西武線乗り換えのコースが、最短で最安運賃なのです。

でも、それでは、コースが平凡で、退屈で、詰まらなく、いつもの東京行きの気分になってしまうのです。

今回、都心に入らず、東京の外周を巡るコースを選択しました。

先ずは、常磐線柏駅で各駅停車の「千代田線?」に乗り換え、新松戸で、武蔵野線に乗り換え、新秋津で降り、西武池袋線に乗り換え大泉学園のコースです。

都心コースは、乗り換え2回で、所要時間が1時間15分で、料金は1,180円。

外周コースは、乗り換え4回で、所要時間が1時間45分で、料金は1,310円。

30分遅くて、130円高いのです。しかし、コースとしては、“30分130円の損失”を補うに足る、“面白さ”があると判断したのです。

それで、北松戸駅で乗り換えます。


今回のシリーズはここから始まります。前回のシリーズは、奇しくも、ここで終わったのです。

何という偶然、何という神の悪戯、“終わりは新しい始まり”だったのです、・・・・・何てバカな事はさておいて、“武蔵野線”に乗ります。

それで、この“武蔵野”なんですが、言葉の響きが「寂しく」、そして「婦人」と繋がると「妖しく」なります。

大岡昇平の小説“武蔵野婦人”。見たことも、読んだこともないのですが、「武蔵野」と「婦人」の組み合わせですから、「寂しく妖しい小説」だと、勝手に思い込んでいます。

それと、「武蔵野」なんですが、イメージとしては、東京郊外で中央線沿線がその範囲だと思います。

武蔵野一帯を通るから「武蔵野線」ではなく、武蔵野の一部を通過するのでその名称を付けたのだと思います。

新松戸一帯は、明らかに武蔵野イメージとは、かなり遠い位置にあります。武蔵野は「都会的郊外」なのです。新松戸は「少し賑やかな田舎」です。

武蔵野線から、「武蔵野婦人」を連想し、武蔵野について触れたので、ここは一つ「婦人」に触れないのは片手落ちです。

婦人とくれば、婦人科が最初に頭に浮かびます。ここで広辞苑を引くと、

婦人運動、婦人科、婦人会、婦人学級、婦人警察官、婦人語、婦人参政権、婦人の日、婦人病、婦人問題、が並んでいました。

全体に、過去の言葉に聞こえます。唯一現役なのは、婦人科だけだと思います。婦人会、婦人学級は農山村で細々と生きているイメージです。

「婦人」の付く雑誌は、今では、もう、ほとんど廃刊になりました。時代は“婦人から女性”に変わったようです。

“男女雇用機会均等法”施行後、婦人は完全に死語の仲間に入ったようです。

話は、思い付くまま、気の向くまま、行き当たりばったりで綴っております。予定していた写真がまったく使えません。

写真が多いのが取り柄のブログですから、これは、かなりマズイのであります。字が多いと、後に影響してきます。

やはり、何と云っても、アクセスが多いと、それは、やっぱり嬉しいのです。先週で、アクセス数が6万を越えました。

先週は、洞爺湖サミット、キムタク関連、山本モナ関連を書いたので、通常の1.5倍のアクセスでした。

モナ様の時は“277”で、キムタクは“178”で、モナ様の圧倒的勝利でした。

そう言えば、今日“CHANGE”が最終回なのです。知りませんでした。先週そんなこと云っていなかった気がします。

兎に角、最終回です。“解散総選挙”になるそうです。キムタク総理が国民に向かって、解散演説を誠実に、熱く、長く、訴え掛けるそうです。

きっと、福田さん、小泉さん、小沢さん、前原さん、東さん、橋下さん、そんな面々も、画面を見つめているかも知れません。

キムタクより三つ年上の橋下さんは、“もう!直ぐ!そこ!”と、眼に涙を滲ませ、画面を見つめている姿が想像できます。

いつもより30分長い“スペシャル”だそうですが、いつも中味は「40程度」ですから、90分スペシャルと云っても、中味は“一時間ちょい”だと思います。

話が、あっち、こっち、に飛んでしまいました。暑さの影響です。

今日は昨日よりも暑いです。でも、扇風機で我慢しています。CO2問題とは関係ありません、単なる節約とダイエット効果を考えているのです。


兎に角、今晩9時から“CHANGE”最終回を見ます。


兎に角、大泉学園に向かっています。


それでは、また明日。


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“やっぱり”でした“山本モナは女神体質”

2008年07月11日 | テレビの話し
“山本モナ”がやってくれました。

みんなが思っていた通り、狙い通り、期待通り、待ち望んでいた通り、見事な“スキャンダル”でした。

前回のスキャンダルから、とても“イイ形”で茶の間に返り咲き、新しい“モナ像”も受け入れられた矢先でした。

フジの報道番組にキャスターとして復活したのは知りませんでした。番組初日の終了後、新宿二丁目の“ゲイバー”で呑んで、五反田のラブホテルですからねぇ。

彼女はホントに自由奔放の見本のようです。そして、妖艶で、男の望み、期待に応えてくれる、女神のような素晴らしい女性のようです。

二岡も、一緒に呑んでいるうちに、モナの魔力に引き寄せられ、妻子、世間的道徳観から解き放たれ、本能の赴くままにラブホへ・・・・・・・。

二岡でなくとも、男であれば、このような状況に遭遇したならば、100%間違いなく、本能の赴くままに行動することでしょう。

二岡くんには罪は無いのです。山本モナにも罪は無いのです。世間は単に“羨ましい”と思っているのです。

二岡くんも、昨夜の出来事は、夢のようであったと思います。何故?、どうして?と、問い詰められても答えられないと思います。

それにしても、二軍落ちしている二岡にとっては、かなりのダメージになる筈です。酔いが醒め、現実を見つめて、一人トイレの中で真っ青になっている気がします。

若手の台頭とスキャンダルを嫌う巨人、来期の構想から二岡の名前は消えてしまう可能性が高くなってきました。

それにしても、山本モナですが、何故、あんなにも、期待通りのラブホ写真を撮られてしまったのでしょうか?

誰が、どう考えても、狙われているワケですから、脇が甘いと云うか、生まれながらの、天性の、持って生まれた、“女神体質”としか云いようがありません。

報道キャスターへの望みは、当分の間、おあずけです。本人も、“やってしまった”と、それなりに反省はしているのでしょう。

この際、もう、報道関係は諦めて、バラエティータレントの道を究めて下さい。今回の事件は、バラエティータレントとしては、それなりにプラスになったと思います。

このスキャンダルで、山本モナのタレント価値は上がったと思います。

それにしても、番組を“降ろされた”のではなく、すべての番組を“自ら出演見合わせ”る形での収拾作、“オフィス北野”の政治力でしょうか。

降ろされるよりも、自ら降りる、この方がキズは小さく、回復も早い筈です。

タケシもテレビ業界では、まだまだ影響力は残っているようです。

私にとって、ほとんど“ビートタケシ”の存在は、遠~い、遠~い、過去の幻です。

懐かしいです! “熱湯風呂!”に“生着替!”

懐かしいです! 司会が、あの“飯島直子”、そして“蓮舫”です。

どちらが先か後かは忘れました。

飯島直子は現在、NHKの朝ドラで、“瞳”のお母さんをやっています。

蓮舫は現在、民主党の“参議院議員”です。

タケシも軍団も若かった。

見ていた私も若かった。


それにしても、山本モナ様、

“花の命は短くて 苦しき事のみ多かりき”

かも知れませんが、ガンバッテ下さい。


それでは、また。


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温暖化“暖かくなるって”ワルイことなの?

2008年07月10日 | 雑談
“温暖化”何ですが、ど~も、いまいち“しっくり”こないのです。

ど~も、何か“クジラの話”に似ているような気がするのです。

何か、科学的なようでいて、何か感情的に見えたりするのです。そして、何か裏があるようにも思えるのです。

そして、一方が完全に正しく、批判は許されない、批判するのは“ワルイヤツ”そんな風潮を感じるのです。

歳をとると、どうしても疑い深くなるのです。世の中は、“ウラとオモテ”もあったりしますしね。

とある辞書で“温暖化”を引くと、

【人間活動によって放出された“温室効果ガス”で地球の気温が上昇すること】

と、キッパリ書かれているのです。

確かに、温暖化の現象は見られるのですが、その原因が、人間活動によって放出された温室効果ガス? と云う疑問。

“敵はCO2ダァ~!” “地球の危機だァ~”として叫ぶ、感情的環境派も“どうもねェ~”と思うのです。この派は“嫌煙派”にも一部が潜り込んでいます。

一番怪しい臭いを漂わせているのは、危機を煽り、その危機を“ビジィネスチャンス”と叫び、正義を振りかざし、走り回っている輩です。

危機や、恐怖や、不安は儲かるのです。

特に、あの人が声高に危機を叫び始めた頃より、“臭いガス”が漂いはじめてたと感じ始めました。

“不都合な真実”を引き下げ、世界中を回って“危機のセールスマン”となった「元米国副元大統領」が、とても怪しそうなのです。

彼がノーベル賞を受賞したことにより、ノーベル賞の“怪しい政治性”が、より一層鮮明になった事については、確かに“表彰モノ”だと思います。

世の中の“イイ人”は、二酸化炭素ガスが原因であると云い、そうでない人は“ワルイ人的”な風潮を、ヒシヒシと感じるのであります。

誰もがみんな、“そうだァ!そうだァ!”は、とても怪しい気がしてくるのです。

確かに、化石燃料の無駄遣いは良くない事です。CO2を減らす事は“間違い無く”良いことです。

無駄に灯りを点けない、エアコンの使用を控える、車に乗らず、電車、自転車、徒歩で、移動する。

無駄に喰わない、遙か彼方のよその国から石油を使って食料を運ばない。近くで採れた食料を食べる。石油を燃やしてまで「農産物」の収穫時期を変えない。

いろいろ、ありますが、どれも、それなりに正しい事ではあると思うのであります。

確かに、温暖化の原因を巡って討論だけしていて、何も対策を打たなければ手遅れとなります。

この気象変動に関しては、“推定無罪”では無く、“推定有罪”は、それなりにOKだとは思います。

問題は、一旦多数派を形成すると、その周辺に“いろいろな思惑”を持った、怪しい輩が周辺を徘徊することです。

それと、多数派は正義となり、“答え”がでたのであるから、その答えに反対する人間は、何処かに悪意を抱いているとして、感情的に反発、排除、敵対、する事です。

86歳の母が、テレビをみながら「温暖化って、暖かくなることでしょ、寒いより暖かい方が、イイと思うけどねぇ~・・・・・・」

そうなんです。暖かくなることによる、プラスの効果がある筈です。でも、マイナス面しかも巷では語られません。これは、何か、怪しい匂いが・・・・・・。

世の中、そんなに単純ではないと思うのです。答えらしきものは複数あり、正解と云えるモノは無いと思うのです。

“善と悪”、“あっち”か“こっち”か、スッキリと分ける事は不可能だと思うのです。

そんな、こんなを、洞爺湖サミットの報道を横目で眺めつつ、ボンヤリと考え、ボンヤリ綴ってみました。

それでは、また明日。


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洞爺湖サミットで“ボンカレー”

2008年07月09日 | 世間話し
“洞爺湖サミット”は今日で終わるようです。

興味が有るような、無いような、何となく見守っております。テレビや新聞をいつもと同じように見ているのですが、盛り上がっている感じは受けません。

もう、いい加減、このお祭りも“賞味期限”が切れた感があります。始まった頃は、それなりに盛り上がったのですけどね。

思い起こせば、1975年です、仏蘭西は巴里郊外のランブイエ城で「第1回先進国首脳会議」が開催されたのでした。33年前のことです。

当時、主要6カ国に日本が選ばれた事だけで喜んだものです。G6(日本・米国・英国・仏国・独国・伊国)だったのです。

1976年にカナダが参加し、1977年に欧州連合が参加し、2003年から露国が正式に参加して“G8”になったのです。

以上、社会科のお勉強でした。

それで、洞爺湖サミットですが、総予算が6百数億円も費用が掛かっているそうです。

原油価格高騰問題、食料危機問題、地球温暖化問題が討議されたようですが、こんな“セレモニー重視”のお祭り騒ぎは必要無いと思うのです。

実質的な討議は、通称“シェルパ”と呼ばれる、各国の役人等が討議して決めているそうです。“サミット”だから“シェルパ”だそうですが、悪い冗談に聞こえてしまいます。

兎に角、世界の食糧危機、飢餓、貧困のテーマを、高級ホテルで!、高級料理を食べながら!、笑顔で! 談笑しながら! 討論する、その神経が理解を超えています。

本来であれば、1日食事抜きで討議するべき議題です。討議後は、庭に出て、自分達で火をおこし、飯盒でご飯を炊き、大塚のボンカレーを食べれば充分です。

莫大な費用を掛ける必要は有りません。実質協議は、事務レベルで行われるのですから、各国首脳はテレビ会談で充分です。

それでも、首脳どうしの顔合わせが必要と云うならば、1日で充分ですし、お祭り騒ぎはのセレモニーは一切廃止すべきです。

お祭り騒ぎのセレモニーは、各国の有権者向けであり、とりわけ、開催国の首脳にとっては、支持率向上、政権基盤の強化に繋がる大事な“ショー”としての必要性であり、討議内容の進展とはまったく関わりの無い事です。

福田総理にとって、今回の洞爺湖サミットの最重要課題は、間近に迫った衆議院選挙であった筈です。

全ては、次期衆議院選挙の事前運動です。サミット開催中は野党は何の情報も発信できません。発信してもマスコミには無視されます。

結果として、福田内閣の支持率は数パーセンは上がる筈です。

何たって、“おらがの総理大臣”が、世界の首脳を相手に対等に話あう映像は、それなりに“てぇーしたもんダァ”と見えるのです。

兎に角です。“おらがの総理もてぇーしたもんダぁ”と、思わせ、数%の支持率向上の為に、6百数億円を使うのは、税金の無駄使いです。

シェルパの実質討議は、外務省の会議室でやっ下さい。食事は省内の食堂から弁当を運ばせて下さい。宿泊は各国大使館で勝手に手配して下さい。

ここで突然ですが、福田さん、お祭り騒ぎの勢いで、ここらで衆議院を解散しては如何ですか? 

お父さんの果たせなかった二つの「願い」の一つ、「サミットの議長」を叶え、残るはもう一つ「衆議院の解散」です。

もたもたしていると、お父さんと同じく、野党からでは無く、与党自民党の内部からの動きで、総理総裁の地位を失うかも知れませんよ。

福田さんや、与党や、野党の事情は兎も角として、現状の閉塞感を何とかしてほしいと思うのです。それには、早期解散です。

兎に角、解散です。解散して、議員を変え、政党を変え、政権を変え、政策を変え、世の中を変えましょう。


それでも変わらなかったら、行き着く処まで行って、はじめからやり直しましょうねェ。


それでは、また明日。


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