学問空間

「『増鏡』を読む会」、第9回は2月22日(土)、テーマは「上西門院とその周辺」です。

若い世代向けの『とはずがたり』参考文献(その3)

2022-03-06 | 2022共通テスト古文問題の受験レベルを超えた解説
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2022年 3月 6日(日)10時44分53秒

田渕句美子氏の「宮廷女房文学としての『とはずがたり』」(『歴史評論』850号、2021)には、何が何でも『とはずがたり』を「女房日記」の範疇に閉じ込めておきたい、という強い意志が感じられます。
しかし、そのような田渕氏ですら、

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 そうした無念さを通奏低音としつつも、『とはずがたり』の最大の魅力は、自ら出家して宮廷外の世界にはばたいた作者雅忠女の自由な精神とひたむきな活力にあることも、また確かである。『とはずがたり』巻四・五には断片的に書かれるのみだが、恐らく宮廷での知己や元女房たちのネットワークを縦横に駆使し、自身の知識や教養を地方の人々に伝えつつ、自ら自在に、時には誰かの命を帯びて(鎌倉下向はそうであっただろう)、はるかな国々を巡った。


と書かれているように、『とはずがたり』と普通の「女房日記」の決定的な相違は、作者の二条が京都を離れ、「宮廷外の世界にはばたい」た点ですね。
普通の「女房日記」の作者は人生の大半を京都で過ごし、遠出といってもせいぜい京都近郊の寺社巡り程度ですが、二条の行動範囲は畿内を遥かに超え、東国は鎌倉・武蔵・信濃、西国は讃岐・(若干疑わしいものの)土佐・備後にまで及んでいます。
そして田渕氏ですら「時には誰かの命を帯びて(鎌倉下向はそうであっただろう)」と書かざるをえないように、二条の旅の少なくとも一部は政治的性格を持っていますね。
歴史研究者に期待したいのは、二条が唯一の証人であるエロ話にハーハー興奮して愚にもつかない読書感想文を書くことではなく、『とはずがたり』を素材の一つとして、朝廷と幕府、公家社会と武家社会、東国と西国の関係を解明することですね。
その手がかりとして最初に押さえておくべき文献は土谷恵氏「東下りの尼と僧 」(『新日本古典文学大系月報』52、岩波書店、1994)です。
土谷氏は、

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 二条の父は久我通光の子雅忠。この父方の一族には鎌倉に下った人物ががなりいた。その一人が醍醐寺の僧親玄である。親玄は久我通忠の子で、二条の従兄弟にあたる。親玄は鎌倉滞在中の正応五年二月から永仁二年(一二九四)十二月に至る日記を残しており、この『親玄僧正日記』が『とはずがたり』に近い世界を描いているのが注目される。


といった具合に二条の父方に着目されていますが、二条の母方・四条家も鎌倉との関係が深い一族です。
二条の祖父・隆親は後妻として足利義氏の娘(近子?)を迎え、二人の間に生まれた隆顕が嫡子となりますが、後に隆顕は父と不和となり出家してしまいます。
『とはずがたり』では隆顕は隆親に先だって死んだことになっていますが、出家後の隆顕(法名・顕空)は実際にはかなり長生きして、鎌倉との間を頻繁に往復していたようですね。
この点を最初に指摘されたのは黒田智氏の「「鎌倉」と鎌足」(『鎌倉遺文研究Ⅲ 鎌倉期社会と史料論』、東京堂出版、2002)という論文です。

田渕句美子氏「宮廷女房文学としての『とはずがたり』」(その9)
善勝寺大納言・四条隆顕は何時死んだのか?(その1)(その2)
二人の「近子」(その1)~(その4)

四条家については角田文衛氏の『平家後抄.上・下』(朝日選書、1981)が基本的な文献となります。

角田文衛「女院の動静」・「金仙院-建礼門院の末年-」

また、「乳父」という観点から四條家に詳細な検討を加えたものとして、秋山喜代子氏「乳父について」(『史学雑誌』99編7号、1990)という論文があります。


後醍醐天皇の側近で『増鏡』の最終場面に登場する四条隆資は隆顕の孫ですが、隆資については平田俊春氏に「四條隆資父子と南朝」(『南朝史論考』、錦正社、1994)という論文があります。


>筆綾丸さん
八朔以降も何らかの形で意見交換の場を持ちたいと思っていますが、何かご希望があればお聞かせください。
ま、急ぐ話ではありませんが。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

八朔 2022/03/04(金) 23:22:24
小太郎さん
8月1日といえば、『吾妻鏡』に、
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寳治元年(1247)八月大一日辛巳。恒例贈物事可停止之由。被觸諸人。令進將軍家之條。猶兩御後見之外者。禁制云々。
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とあり、武家社会における八朔の儀式に関して、たぶん、いちばん古い記述ではないかと思われますが、前々月、時頼が三浦氏を滅ぼしたことを考えると、質素な母・松下禅尼譲りの倹約令という以上の政治的な意味があったのでしょうね。
コメント
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