元は客車からスタートした「かもめ」。
電関人がこよなく愛した列車は、そのあとサンロクトオ改正においてデビューした82系気動車特急のかもめ。
しかしそれは、山陽新幹線博多開業により廃止の憂き目に遭う。
かくして一度は名門特急愛称のかもめは姿を消すのであるが、翌年の長崎・佐世保線電化開業により、
不死鳥のように復活を遂げた。
この長崎・佐世保線電化開業の改正によってそれまで出島・弓張の名前で運転されていた気動車急行が格上げされて、
長崎行きかもめと佐世保行きみどりとなり基本8両のかもめと4両のみどりの混編成12連となる。
その中で1往復だけ12連のかもめがあり、暫くこの12連かもめを狙って撮影を楽しんだ。
お目当ては上の写真のようにクロ481に大きなかもめのサインが入るのが楽しみだったからである。
そのまま、かもめの愛称は現在の885系に引き継がれて今日に至っている。
上)1975年2月撮影 2Dかもめ 博多駅、中)1977年5月撮影 クロ481かもめ 白木原~南福岡、下)2005年5月撮影 885系かもめ
赤間~東郷
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日本ほど列車の愛称名が多い国もないような気がしますが、
車両は変われど、愛称名は受け継がれるものですね。
それを代々撮り続ける狂電関人さんも背中に苔が生えてきましたな。
苔どころか、そのうちに国鉄は・・・などど死語を連発する
仙人みたいになったりして(爆)
思えば早40年余り。長くなりました。
小倉での「なは・日向」の解結作業、「かもめ」の入線を待って発車する「あかつき」など懐かしい思い出のシーンが蘇ってきます。
新幹線博多開業前は長距離の特急列車が多数走っていて隔世の感がありますね。
福岡在住だった電関人はこの辺の列車が日課でした。
逆に関東は遠い存在で、EF56、EF57、EF10、EF11等の
大好きな旧型電機が撮れrなかったのが残念です。