幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

原発処理水沖合へ放出、監視強化 東電、9月に準備工事に着手 "姑息な手段に投資”

2021-08-25 22:50:00 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/05fdc5dfd2107a2b219a40e06712343064b8e595 8/25(水) 17:32 共同通信
 東京電力は25日、福島第1原発の処理水海洋放出の全体計画を発表した。海底トンネルを新設して沖合約1キロで放出するほか、海での放射性物質トリチウムの監視強化や、風評被害が発生した場合の賠償方針を盛り込んだ。9月に準備工事に着手し、2023年春ごろに放出を始める。

 東電は処理水を大量の海水で薄め、トリチウムを1リットル当たり1500ベクレル未満にして放出する方針。原発近くの沿岸に放出する案もあったが、放出した水を再び取り込む恐れがあるため沖合を選択。放出場所は日常的な漁業は行われていない海域にある。

 海水のトリチウム濃度の測定場所などを増やし監視を強化する。

感想
処理水海洋放出 風評被害対策で政府が基金設立へ 関係閣僚会議 ”放射能の残っている水を海に流せば海の放射能が高まり海産物の放射能が高くなるのは当然”

沖合1キロより遠いと漁業権がないそうです。
漁業団体が強く反対しているので、なんか姑息な手段を、お金を使って行うようです。

海には境界がありません。
魚は動いています。
海産物への影響は同じです。

“救急搬送”の実情 入院先なく・・・医師「胸が痛い」 "医療崩壊の実態(実録)”

2021-08-25 20:48:48 | 新型コロナウイルス
https://www.youtube.com/watch?v=A0bHj7P_jk0

訪問医療の先生と救急車。
必死に入院先を探しますが、すべて断れます。

救急車内で家に戻るか、救急車内で諦めずに病院を捜すか。
数時間経っても病院は見つかりません。
糖尿病を持っています。
家に帰ると死ぬことになるけどどうしますか?
でも救急車にいても見つかるかわからない。

患者さんは家に戻る選択肢を選びます。
しかし、後日入院できましたが、遅くて亡くなってしまいます。
遺族の了解を得た、今の実態を知って欲しいとのことでその実録がYouTubeにUpされました。

何時、誰が、このような犠牲者になってもおかしくありません。
杉田官房副長官みたいに、上級国民は、熱がでただけで(PCR検査陰性)即病院に入院できました。
いのちの選別が上級国民かどうかで行われているようです。
菅首相や小池都知事にとっては、安心・安全な医療体制なのでしょう。
菅首相等にNoと言わないと犠牲者が増えるばかりです。

菅首相“側近” 横浜市副市長がカジノIR業者から高級料亭で61万円接待 ”菅首相の闇の一部が露呈?”

2021-08-25 18:06:06 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/ba6a6206e04a249265a00c4970c06fc64a6a4db9 8/25(水) 16:12 文春オンライン

 横浜市の副市長を務める平原敏英氏(62)が、カジノIR構想への参入を狙う業者から、2016年当時、度々高級料亭で接待を受けていたことが森功氏(ノンフィクション作家)の取材で分かった。森氏は業者側が後に参入計画を巡ってトラブルになり民事調停を行った際の資料を入手。そこには接待の詳細な記録や、費用を負担した際の領収書、その場で副市長から渡されたペーパーなどが含まれていた。それらをもとに取材した結果、容積率などに関する公表前の機密情報が漏洩されていた疑いが浮上した。

画像】業者が接待費を支払った領収証

 業者から判明しているだけで計4回、総額61万円の接待を受けていた平原氏は、当時、林文子市長の下で、カジノIR構想を取り仕切っていた。4人いる副市長の筆頭格であり、当時官房長官だった菅義偉首相とも携帯電話で直に連絡を取り合うホットラインを持つ人物だ。横浜市のプロパー職員で一貫して都市整備畑を歩み、課長時代に菅氏に見出され、“菅人事”により2016年4月に副市長に昇りつめたとされる。

 業者側資料には2016年の春から秋にかけて少なくとも4回、高級料亭で平原氏を接待していたことが明記されている。

〈2016年3月2日、 計5人、170969円2016年6月24日、 計6名、244252円2016年9月6日、 計4名、90293円2016年10月24日、計4名、104895円〉

 特に6月の接待については、機密情報の漏洩が強く疑われる。業者側資料によると、ホテル計画に対する容積率の緩和措置によって、容積率が400%から1.5倍の600%まで緩和可能となることや、高さ制限60mが100mに緩和予定であることが伝えられたという。

 平原氏を直撃すると、当初は「ぜんぜん覚えてない。会ったかもしれないけど」などと語っていたが、料亭の具体名をあげ、何度も接待を受けていたことをぶつけると表情を一変させた。

飲食代は「それなりの金を払っています」
「あ、そう、4回会っているの? ぜんぜん記憶ないな」

――そこで容積率の規制緩和の話までしている。

「俺が? そんなこと言ってないよー。だって都市計画ってそう簡単に変えられるものじゃないよ。横浜市の制度を紹介することはあっても、そこで容積率を緩和しますから、なんて軽々しく約束できるわけないじゃん」

――飲食代は払ったのか。

「当然私もそれなりの金を払っています」

 平原氏と業者側の橋渡しをしたキーマンが2人いる。一人は在日韓国人実業家の河本善鎬氏。河本氏は横浜市内でパチンコ店を経営して財を成し、菅氏のタニマチとしてこれまで幾度もその名が取り沙汰されてきた。菅氏が代表を務める自民党神奈川県第二選挙区支部の事務所費問題が取り沙汰された2007年には、菅氏が所有するそのビルを買い上げてオーナーとなったことでも有名だ。過去には違法献金疑惑などを報じられたこともある。

 もう一人は、元公明党横浜市議で菅氏が議員秘書時代から親交がある。

 菅氏と関係の深いこの2人の橋渡しによって、業者側は何度も副市長の平原氏を接待し、機密情報の入手を企図していた。

 業者側幹部は当初、「話せないんですよ」と言いながらも、しぶしぶ「(料亭で)容積率の説明を確かに受けました」などと事実関係を認めた。河本氏は取材に答えなかった。なお、平原氏は会費として「2万円くらい」を元公明党市議に渡したと取材に語ったが、業者側は受け取っていない。ちなみに、この元市議は昨夏、急逝している。

 元検事の弁護士、落合洋司氏が解説する。

「カジノIR計画に職務権限のある副市長が関連業者から接待という賄賂を受けていれば、単純収賄に該当しうる。さらに機密情報を漏えいしたのが公務員としての不正行為と判断されれば、より罪が重い加重収賄になる可能性があります。加重収賄の時効は最長で10年なので、このケースは時効にもかからない。捜査の対象になりえます」 

 8月25日(水)16時配信の「週刊文春 電子版」および、8月26日(木)発売の「週刊文春」では、接待や機密情報漏えいの詳細、菅首相と河本氏の深い関係、菅首相の最側近で首相補佐官の和泉洋人氏もこの業者側幹部と会っていたことなど、横浜市長選敗北を機に噴き出す「政権の闇」を合計8ページにわたって詳報している。

感想
総務省幹部の東北新社の接待は、菅首相の息子さんが関わっていました。
それはまさに虎(菅首相)の威を借りる狐(息子)だったからです。

今回は息子さんではなく、側近です。

IRも利権なのでしょうね。
菅首相には国民の命を守ることより、総理再選と支持率Up、総選挙で勝利しか頭にないようです。
他のことは頭にないので、読み飛ばし、読み間違いをしても気がつかれないのです。
官邸のHPもまるで菅首相に意地悪しているかのように、
菅首相の発言「感染拡大を最優先で・・・」と、馬鹿正直に掲載されました。
間違いをPRするかのように。
意味が分かっていないので、読み間違えても気づかれませんでした。
西村官房長官は「首相が発言したとおりに掲載している」と発言されました。
ところが、その後すぐに修正されました。
その通りに掲載しているなら、修正する必要はありません。
指摘されて修正するなら、最初から修正しておくことです。
掲載した人は、菅首相の失敗を明確にするために修正されなかったのだと思われます。
菅首相から叱責されていないことを願うばかりです。

林前横浜市長、何をマネジメントされていたのでしょう。
お飾りだったのかもしれません。
外車の販売や代表されていたときは、良い仕事をされていました。
そこにはお客様目線がありました。
ところが、それを失って、市民目線ではなく、菅首相目線だったんでしょう。
ところが梯子を外されたので、怒って立候補されたのかと思います。
でもそのお蔭で、自民党の票が分散したので、まさにこれこそが菅首相への最後の蜂の一刺しだったのかもしれません。

埼玉の自宅療養者数、数千人規模で過大に 感染者急増で業務ひっ迫、解除人数の報告できず "委託業者の怠慢と保健所の確認不備”

2021-08-25 12:04:08 | 新型コロナウイルス
https://news.yahoo.co.jp/articles/4f5e8f6dc983e6c6a023c16ee14c209e0a0bafd0 8/25(水) 9:34埼玉新聞

 埼玉県は24日、自宅療養者らの健康観察を行う「宿泊・自宅療養者支援センター」の業務が滞り、県内の自宅療養者数が数千人規模で過大になっていたと発表した。県感染症対策課は「感染者急増に伴う業務ひっ迫で、センターの業務を委託している業者から保健所への自宅療養解除人数の報告ができていなかったことが原因」とし、実際の療養者数や業務停滞の期間などは精査中とした。

 同課によると、8月以降、他県と比較して自宅療養者数が多いことから、センターに問い合わせたところ発覚した。県は既にセンターの人員を拡充しており、今後、自宅療養解除人数の保健所への報告事務などを別の業者に委託することを検討しているという。

 県は当面の間、「現在の患者数」「入院予定・宿泊療養調整中」「退院・療養終了」などの人数に加え、ステージ指標の一つである入院率についても発表できないとしている。

感想
受託している業者は、報告できていないなら、「できていない」ことを報告する必要があります。
それができていないということは信頼できない業者です。
業務急増しているなら、費用を請求して対応することですから。

また、それを確認している保健所も怠慢です。
業者、保健所とも、他の業務でも怠慢があるのかもしれません。
現場は必至で精一杯頑張っていると思います。
県感染症対策課のマネジメントの問題です。
埼玉県は、前にも新型コロナ感染で亡くなった人を別の病気で亡くなったことにして、死者数を見かけ上減らすというインチキをしていました。
また、ワクチン接種も遅く、ワクチン接種クーポンの配布、予約も遅かったです。
仕方がないので、ワクチン接種クーポンが来たのを待って、大手町の防衛省の接種会場を受けてきました。

大野知事、しっかりやって下さいね。
お願いです。

『されど愛しいお妻様「大人の発達障害」の妻と「脳が壊れた」僕の18年間』鈴木大介著 ”体験して初めてわかる苦しみ”

2021-08-25 00:33:22 | 本の紹介
41歳で脳梗塞で倒れたものの、懸命なリハビリの末に現場復帰したルポライターその闘病生活を支えた「お妻様」、実は「大人の発達障害さん」なのでした。「家事力ゼロだったお妻様」と、高次脳機能障害となった夫が、悪戦苦闘しつつ、「超動けるお妻様」と「妻を理解できる夫」になるまでの、笑いあり涙ありの18年間を辿ります。

・2015年5月、僕は脳梗塞を発症し、軽度の高次脳機能障害を抱えることとなった。
だが実はこの高次脳機能障害とは、「後天的発達障害」と言い換えてもよいほどに、その当事者感覚や抱える不自由感が一致している。もちろん脳の先天的障害である発達障害と違い、高次脳機能障害はリハビリや時間経過である程度の回復が望める。
 僕自身の高次脳機能障害もほぼ2年をかけて大幅に改善したが、ここがポイント。僕自身が高次脳機能障害を抱えたということは、僕が一時的とはいえお妻様と同じ不自由感を味わったということだ。
「ようやくあたしの気持ちがわかったか」。そうお妻様は僕に言い、障害をもつ者の先輩として、僕の障害の受容やリハビリを全面的に支え続けてくれた。その一方で僕は、後悔の念に苛まれまくることになった。
「なんで〇〇できないの?」
険しい口調で、いったい何百回、何千回、僕はお妻様のことをなじり続けてきたことだろうか。自らが当事者になるまで正しく理解していなかったが、障害とは、何らかの機能が欠損していて、それによって苦しさを抱えるということを。
その本質を知らずに僕がお妻様に言い続けてきた叱責の言葉は、片足を失ってしまった人に、「なんで両足で歩かないの? 遅いから両足で歩けよ」と言い続けてきたようなものだった。両足揃っている僕は、片足の彼女に「みんなだって歩くの大変なのに頑張ってるんだよ」と平然と言っていた。なんという残酷なことを、無意識にやってきてしまったのだろう。

・彼女様が頻繁に鼻歌していた「わたしは駄目な子要らない子」だった。
彼女様の子ども時代を聞いていると、とにかく「褒められたことがない」「叱られてばかり」というエピソードがゴロゴロ出てくるのだ。

・今になって思えば、彼女の子ども時代のエピソードはどれも学習障害やADHD(注意欠如・多動症)を疑うものばかりなのだが、残念ながらその当時、発達障害はまだまだ一般に認知されていなかったし、発達障害はあくまで子どもの問題で、その障害が大人になっても残ることはないという言説も根強かった。

・会社を辞めて自宅を仕事場にすれば、僕の小言と彼女様のリストカットという無限ループからは脱出できるのではないか。9割の不安と1割の期待といった心理状態で踏み出した、ふたりの新生活。

・担当医の勧めに従ってバイトを始め、驚くほどの力強さで精神科処方の離脱症状と戦い抜き、見事自力での断薬に成功した彼女様、同時にリストカットの頻度は減っていき、彼女様の手首からは、一本一本と瘡蓋が消えていった。薬の副作用で常にぼんやりとしていた彼女様の目に以前の眼力が戻り、会社で数々の糞伝説を作り続けていた頃の活力が戻ってきた。ついでに手のつけられない奇行もカムバックしてきたが、僕の中ではなによりも「あの彼女様が戻ってきた!」という喜びのほうが大きかったように思う。

・大人の発達障害が雑誌などである程度頻繁にとりあげられるようになった時期、同時に子どもの発達障害に対して海外の新薬を承認・導入しようとする流れが大きくなっていた。その薬剤名は「コンサータ」。現在では大人の発達障害にも処方されているものだが、この薬に僕は少し引っかかってしまったのだ。
なぜならコンサータなる新薬は、国内で「麻薬代わり」として乱用が大きな問題となった「リタリン」という薬剤をベースに、その依存性を軽減したり遅効・緩効にすることで乱用リスクに配慮した改良バージョンであって、その元となったリタリンの乱用者を僕は幾人か取材していたからだった。

・2011年11月11日、その日の前後のことは、思い出したくないと思っても細かな出来事や時刻まで克明に覚えている。病院で脳腫瘍と診断され、そのまま意識を失ったお妻様は、当然のことながら緊急入院となった。非常に大規模で困難な手術となるため、手術日は15日に設定。ベッドの上で、目を向けるのも苦しいほどの七転八倒が始まった。
お妻様は、文字通り生死をさまよった。

・膠芽腫、脳腫瘍の中でも最も悪性度が高いもの、5年後の生存率8%(幸いその8%に入った)。
一命を取り留め、そのパーソナリティを失わずに済んだ。そんな喜びから急転直下、2011年末、主治医より告知された腫瘍の組織検査の結果は、考え得る最悪のものだった。

・41歳、僕は脳梗塞に倒れた。右側頭葉に、アテローム血栓性脳梗塞発症。

・お妻様が16年間僕に言い続けてきたことは、一貫して「そばにいてほしい」「一緒にいる時間がもっとほしい」「どこそこに行きたいね(一緒に)」といった願いばかりだったじゃないか。

・「小学校低学年の頃、あたしも漫画のコマが次にどこのコマにつながっているのかわからなかった」
「親や先生に〇〇しなさいと言われて、頭の中で何度も復唱しても、なにを言われたかすぐにわからなくなって、あとから『なんでやってないの? 言ったよね』って年中言われていた」
「お前は人の話が右耳から左耳に抜けてるって言われて、左耳の穴押さえてた」

・お妻様は複数のことを同時にお願いされると、まず確実に一つは忘れてしまう。

・算数で習う約分のように、徹底的に割り切れなくなるまで作業を小さく分断して、その順序通りに、ひとつの作業が終わったら次の作業という風に、的確な指示を出す。作業中に次の作業や別の頼み事は、決して言ってはならない。これが鉄則だ。

・丁寧なメモを持って出かけて、赤ペンでチェックまで入れて、それでも買い忘れてしまう。
(買う前にチェック入れていた。買ってからチェックを入れることをしていなかった)

・お妻様から治療したいという言葉を聞かないこともあるが、よくよく自分自身を顧みると、出てきた答えは「発達障害も含めたお妻様のパーソナリティが好きだから」だった。

感想
発達障害は人によってもさまざまのようです。
著者は脳梗塞を体験し、高次脳機能障害になり、脳が十分働かないことを体験したことで、妻の発達障害の大変さを実感されたようです。
それまでは、「何でそんなことができないの?」と責めることが多かったそうです。
その言葉も負担になっていたようです。

自分が体験することは出来ないですが、話を聴くことで、その大変さを理解し、どう接していいかを学ぶことで、発達障害の人もやりやすくなるのだと思います。
そしてその人が持っている才能も生かされて行くのだと思います。

NPO法人DDAC(発達障害をもつ大人の会)
http://www.adhd-west.net/


「発達障害のある子どもたちの学びに関わる問題」
フォーラム NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表 広野ゆい氏【前編】
https://berd.benesse.jp/special/co-bo/co-bo_theme3-9.php