9月6日、中国人民銀行(中央銀行)の前総裁だった易綱氏は、「当局は、デフレとの戦いに集中すべきだ」と中国経済の現状について厳しい認識を明確にした。中国の経済官僚のトップにあった人物が、政府の経済政策に否定的な見方を示すのは異例だ。
足元の中国のデフレ圧力の高まりは、物価などのデータや中国企業の価格戦略などから読み取ることができる。注目すべき変化は、高価格帯の商品(ブランドバッグや化粧品)などの需要は減少傾向をたどる一方、安売り商品を専門に販売する業態が人気を集めていることだ。また、価値が安定している金を買い、経済環境悪化から財産を守ろうとする人も多いという。
不動産バブル崩壊でマンションや株価の下落リスクが高まる中、当面、中国の消費者は節約を心がけることになりそうだ。それに伴い、中国国内で値下げ競争が激化する可能性が高い。すでに、「安売り」に商機を見いだした企業が増え、一定の成果を収めている。しかし、デフレのスパイラルに陥ると、最終的には国内企業の倒産が相次ぐ深刻な事態を引き起こしかねない。
中国経済は総じて、需要の停滞により物価の下落リスクが拡大しているとみられる。だから、易綱氏の発言があったのだろう。
以前の中国なら、政府が何らかの経済対策を実施すると、消費者心理は明確に上向いた。しかし、不動産バブルが崩壊して以降、現在はそうした様子が見られない。むしろ、価格の下落に敏感に反応する消費者は増えており、「安売り」に商機を見出いだすケースが出てきている。
現状、低価格戦略の小売企業の業績は、アナリスト予想を上回るものが多い。上海のような大都市でさえ、「3元(約60円)ショップ」と呼ばれる、ディスカウントストア利用客が増えているという。対して、高価格帯の商品の需要は減少傾向にある。
不動産バブル崩壊後、不良債権対策が遅れたことから、中国の不動産価格の下落が止まる兆しは見えない。7月、大手不動産100社の新築住宅販売額は、前年同月比19.7%減だった。6月(同17%減)から減少率は拡大した。
雇用・所得環境の悪化や、債務返済負担の増大を懸念し、低価格のモノやサービスを求める消費者は増加傾向にあるようだ。同様の現象は、1990年代初めに資産バブルが崩壊した後の日本でも起きた。
バブル崩壊後、日本では株価や地価が下落し、景気の減速から個人消費は減少した。中国製などの安価な製品を扱う100円ショップ、大手小売企業のプライベート・ブランド(PB)へのニーズは増えた。2000年ごろからは100円で食料品を販売する業態も登場した。
中国での食品のディスカウントストアが増加したのは22年ごろからだ。単純比較はできないものの、格安小売り店の増加ペースからは、中国の消費者の強い節約志向がうかがわれる。
かつて改革開放路線の下で中国は、世界で最も需要が旺盛で成長期待の高い分野に焦点を絞り、迅速に大量生産体制を整備した。企業家の旺盛なリスクテイクも経済成長を支えた。
ところが、現在の中国の政策は、経済のダイナミズムを抑圧している。共同富裕策や反スパイ法などを施行して以降、中国から脱出する人や企業は増えた。企業と家計の支出や投資意欲は減少し、バランスシート調整圧力は増大傾向にあるといえるだろう。
今後、中国政府はEVや太陽光パネルなどで過剰な生産能力を解消するために、再び消費喚起策を打ち出すだろう。政府が国民に節約を呼び掛けていることに歩調を合わせ、過剰生産能力を利用して格安販売で業績拡大を狙う企業も増えるだろう。
しかし、それがすぐに持続的な景気の回復につながるとは考えられない。中国ではこれまでも基本的に、「需要に合わせて生産を調整する」との考え方は重視されなかった。むしろ、ビジネスチャンスが少しでもあれば、多くの企業が一斉に参入する傾向が強い。
そのため現在の状況が続くと、中国国内では値下げ競争で企業の粗利は縮小し、最終的に経営破綻する企業が増えるだろう。不動産バブル崩壊の対応が遅れたことに加え、過剰生産能力の累積により中国のデフレは深刻化すると予想する。