福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

お経の功徳 その2

2011-07-17 | 法話
「法華経陀羅尼品には「(お経を)受持し、読誦し、義を解(さと)り、説の如く修行せば、功徳はなはだ多し」とあります。


  白隠禅師も「(観音経は)場所を選ばず、時節を嫌わず、馬上にても枕上にても、行住坐臥の間において、間断なく唯読み得るを貴しとする由」(辺鄙以知語)と説いています。


読経は単に読むのでなく「我々の一念一念の中に未来際を尽くして説法を続けておられる佛の声を聞くこと」(玉城康四郎東大名誉教授)であります。

そしてさらに読経の瞬間は身は合掌し口はお経を唱え心は仏様を念じているのですから身口意の三業が三密に転化しており即身成仏しているともいえるのです。

那須政隆師は「祈ることそれじたいがもはや結果なのである。祈祷の秘訣は自己のすべてを祈祷にうち任せるか否かにある。結果の如何を思い煩うものには到底真の霊験は望みえない。日夜に祈って倦まなければ必ず福智円満の悉地に恵まれ人間最上の法楽三昧を獲得するであろう。」と述べています。

身の回りにもうつ病で何回も入退院を繰り返していた人が病床で般若心経を写経し繰り返し唱えることで完全に回復した例があります。

僧侶もお経を繰り返し唱えることが大切な行の一つとされています。自分自身も限りないお蔭を戴いています。

高野山や遍路道のほとりには多くの「光明真言百万遍之碑」等を見かけますがこれらを見ても昔からお経を繰り返しとなえることが熱心におこなわれてきたことが分かります。
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