福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

弥勒の世を目指して

2018-12-09 | 法話
今朝も道を掃いてきましたが最近は本当に道がきれいになっていてびっくりします。汚す人が少なくなっているのと、ボランテアの人がこまめに清掃していることもあると思います。
今朝は道を掃きながら弥勒下生経のことを思い出しました。弥勒下生経ではこの世がきれいになり人々が福徳円満になると弥勒が下生されるというのです。

弥勒下生時のこの世の様子は
・海の水が引き平坦な地底があらわれ、大木が繁茂する。・人の寿命は八万四千歳、智慧・威徳・容貌が優れるが便利・飮食・衰老の悩みが残る。(汚物あれば地が割れて中に入り、後に蓮華が出て芳香をだす。)・人々は福徳円満、寶楼閣に棲む。・広い道があり清掃されていて人々の福徳により地も滑らかで塵もない。砂金でおおわれている。金の塊が処処にある。・人々は寿命がくると自ら墓に入る。・飢饉や戦争もなく人々は慈悲深く恭敬和順で欲望を調整できていて言葉も謙譲である。」とおっやいます。
弥勒下生経「大智舍利弗は能く佛に随って轉法輪し佛法の大將なり。衆生を憐愍するが故に佛に白して言さく『彌勒の功徳神力・國土莊嚴の事を聞かんと欲す。衆生は何の處、何の戒、何の慧を以てか彌勒を見ることを得んや』・・『舍利弗。四大海の水は漸を以て減少すること三千由旬なり。是時、閻浮提の地は長さ十千由旬・廣さ八千由旬・平坦にして鏡の如く名華・軟草・遍く其地を覆ひ、種種の樹木・華果は茂盛し、其樹は悉く皆な高さ三十里なり。城邑次ぎ比び、鷄飛びて相及ぶ。人壽八萬四千歳。智慧・威徳・色力具足して安隱快樂なり。唯だ三病あり。一は便利。二は飮食。三は衰老。女人の年は五百歳、爾して乃ち嫁を行ず。是時、一大城あり、名を翅頭末といふ。長さ十二由旬、廣さ七由旬なり。端嚴殊妙にして莊嚴清淨。福徳の人、その中に充滿せり。福徳の人なるを以ての故に豐樂安隱。其城は七寶、上に樓閣あり。戸牖軒窓は皆な是れ衆寶。眞珠の羅網はその上を彌覆せり。街巷道陌は廣さ十二里なり。掃灑清淨なり。大力龍王あり、名を多羅尸棄という。其池は城に近く、龍王宮殿は此池中にあり。常に夜半において微細雨を降らして用って塵土を淹す。其地は潤澤にして譬へば油塗の如し。行人來往するも塵坌あることなし。時世人民の福徳の致すところなり。巷陌處處に明珠柱あり。皆高さ十里。其光明曜すること晝夜無異なり。燈燭の明も復た用をなさず。城邑舍宅及諸里巷には細微土塊すらあることなし。純ら金沙を以て覆地し、處處に皆な金銀之聚あり。大夜叉神あり、名を跋陀波羅塞迦(ばつばらせんさか・秦にいわく善教)と名づく、常に此の城を護り、掃除清浄す、もし便利不 浄有らば、地裂け之を受け受け已って還合す。人命將に終らんとするとき自然に塚間に行詣して死す。時世安樂にして怨賊劫竊の患あることなし。城邑聚落、閉門する者なし。亦た衰惱・水火・刀兵及び諸饑饉毒害の難なし。人は常に慈心にして恭敬和順。諸根を調伏して語言謙遜なり。・・』・・」

最近はこのうちの相当部分が満たされつつあります。
道もきれいだし、寿命も延びてきています。下水が完備して汚物の処理もできています。残るは人々の心の在り方だけのような気がします。
あとは人々の心を浄化することができれば・・・弥勒の世にちかずくことができます。(このとき御大師様は弥勒菩薩とともに下生されると「御遺告」にあります。)
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