復た次に染法は無始より已來、熏習不斷なり。乃至得佛の後は則ち斷ずることあり。淨法の熏習は則ち斷あることなく未來を盡す。此義云何。眞如の法は常に熏習する故に、妄心は則ち滅し、法身顯現し、用熏習を起こす故に斷ずるあることなし。
復た次に眞如の自・體・相は、一切の凡夫・聲聞・縁覺・菩薩・諸佛に増減あることなく、前際に生ずるに非ず、後際に滅するに非ず、畢竟常恒なり。本より已來、性として自ら一切功徳を滿足す。所謂、自體に大智慧光明の義あるが故に、遍照法界の義の故に、眞實識知の義の故に、自性清淨心の義の故に、常樂我淨の義の故に、清涼不變自在の義の故に、如是の恒沙に過ぎたる不離・不斷・不異・不思議の佛法を具足し、乃至滿足して少くるところあること無きの義の故に、名ずけて如來藏となし、亦た如來法身と名ずく。
(また次に、迷いは無始以来不断に働きかけてきているが得佛の後は迷いは断ずることがある。しかし覚りの心は働きかけが止むことはない。それは真実は常に働きかけを続けているからであり、迷いの心が滅すると真実の心が現れて、真実の力が働きかけを起こすことになるので止むことはないのである。また次に真如の本体・姿・働きそれぞれは凡夫・聲聞・縁覺・菩薩・諸佛に増減あることなく、どこかで生じてどこかで滅するというものでもなく不変のものであり、真如には一切の功徳が備わっている。すなわち真如には大智慧光明・遍照法界・眞實識知・自性清淨心・常樂我淨・清涼不變自在といった徳が備わっており、ガンジス川の砂の数より多い不思議な仏の教えを備えて欠けるところがない故に、如来蔵とか如来法身と名ずける。)・
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