大般涅槃經卷第十七・梵行品之第四
ここでは六師外道(注)が紹介されますが神通力でお釈迦様が勝っているのでこれらが否定されます。
逆に言えば神通力がなければ矢張り六師外道のいうように因果もないし運命も初めから決まっているということかもしれません。
(注)
道徳否定の富蘭那迦葉 (ふらんなかしょう) 、決定論の末伽梨拘舎梨 (まかりくしゃり) 、懐疑論の刪闍耶毘羅胝子 (さんじゃやびらていし) 、快楽主義的唯物論の阿耆多翅舎欽婆羅 (あぎたきしゃきんばら) 、因果否定論の迦羅鳩駄迦旃延 (からくだかせんねん) 、ジャイナ教祖の尼乾陀若提子 (にけんだにゃだいし) 。
大般涅槃經卷第十七・梵行品之第四
爾時王舍大城阿闍世王、其性弊惡にして憙んで殺戮を行じ口の四過を具す。貪恚・愚癡、其の心熾盛なり。唯だ現在を見て未來を見ず。純ら惡人を以て眷屬と為す。現世の五欲樂に貪著するが故に父王無辜に横しひままに逆害を加ふ。父を害し已るによりて心に悔熱を生じ、身瓔珞を脱し伎樂御せず。心悔熱の故に遍體瘡を生ず。其の瘡臭穢にして附近すべからず。尋で自ら念じて言く「我今此身已に果報を受く。地獄の果報將に近からん遠からじ」。爾時、其の母韋提希、種種藥を以て爲に之に塗るに、其瘡遂に増して降損あることなし。王即ち母に白す「如是の瘡は心より生じ四大の起すに非ず。若し衆生の能く治する者ありといはば是のことわりあることなけん」。
時に大臣あり、名て曰く月稱。王所在に往至し一面に立ちて白して言さく「大王、何故に愁悴して顏容悦ばざる。身痛なり耶、心痛と為す乎。王、臣に答へて言く「我今、身心豈に痛まざるを得んや。我が父、無辜に横ひままに逆害を加ふ。
我、智者に従ひて曾って是の義を聞く。世に五人ありて地獄を脱れず。謂く五逆罪。我今已に無量無邊阿僧祇の罪あり。云何んが身心痛まざるを得んや。又、良醫の我が身心を自する無けん」。臣言「大王、大愁苦するなかれ」。即偈を説きて言く。
「 若し常に愁苦せば 愁遂に増長す。 人喜びて眠れば眠則ち滋多く 貪婬嗜酒も亦復た如是なり。」
「王の所言の如く、世に五人有りて地獄を脱れざるの如き、誰か往きて之を見、來りて王に語る耶。地獄と言ふは即ち是れ世間多智の者の説なり。王所言の如き、世に良醫の身心を治する者なしとは、
・(六師外道一人、富蘭那迦。一切の法は虚空の如く生滅なしとし、善悪の業報を認めない道徳否定論者))
今大醫有りて名を富蘭那迦(一切を知見し自在定を得、畢竟じて清淨梵行を修習し、常に無量無邊の衆生の為に無上涅槃之道を演説す。諸弟子の為に如是の法を説く。『黒業あることなく、黒業の報なし。白業あること無く白業の報無し。黒白業なく黒白業の報無し。上業及び下業あること無し』と。是の師、今王舍城中に在り。唯だ願くは大王、駕を屈して彼に往き、是の師をして身心を療治せしむべし」と。
時に王答へて言く「審かに能く如是に我罪を滅除せば我當に歸依すべし」と。
復一臣あり、名を曰く藏徳。王所に復往して是言を作す「大王。何故に面貌憔悴脣口乾燋し音聲微細なること猶し怯人の大怨敵を見る如く、顏色懆變するや。將た何んの所苦ぞ。
身痛と耶為す、心痛とや為す乎」。王即ち答て言く「我今身心云何んぞ痛まざらん。我之癡盲の慧目あることなし。諸惡友に近ずきて親善を為し、提婆達の惡人の言に随ひ、正法之
王に横に逆害を加ふ。我昔し曾って智人の説偈を聞く、
若し父母・佛及び弟子に於いて 不善心を生じ
惡業を起こさば 如是の果報は 阿鼻獄に在る。
是の事を以ての故に今我心怖れて大苦惱を生ず。又、良醫の救療を見る有るなし」。大臣復た言く「唯だ願くは大王、且く愁怖すること莫れ。法に二種あり。一は出家。二は王法。王法とは謂く、其の父を害すれば則ち王國土、是れ逆と云ふと雖も實には罪あることなし。迦羅羅虫の要らず母腹壞りて然る後に乃ち生ずるが如し。生法如是なれば母身を破るといへども實に亦た罪無し。騾等の懷妊も亦復如是なり。治國之法、法は應に如是なるべし。父兄
を殺すと雖も實に罪あることなし。出家法とは乃至蚊蟻をも殺さば亦た罪あり。唯だ願くは大王、意を寛うして愁ふ莫れ。何以故。 若し常に愁苦せば 愁遂に増長す。 人憙んで眠れば眠則ち滋多きがごとく、 貪婬嗜酒も 亦復た如是なり。王の所言の如く世に良醫の身心を治する者なしとは、
・(運命論者末伽梨拘舍離子。六師外道の一人。釈尊当時のインドにおける反ヴェーダの自由思想の一、邪命外道の代表。因もなく縁もなく一切は始めから決定されているとする運命論者)
今大師あり。名けて末伽梨拘舍離子、一切知見し衆生を憐愍すること猶し赤子の如し。已に煩惱を離れ能く衆生の三毒の利箭を抜く。一切衆生は一切法に於いて知見覺なし。唯だ是れ一人獨り知見覺す。如是に大師、常に弟子の為に如是の法を説く。一切衆生身は七分あり。何等爲七。地・水・火・風・苦・樂・壽命なり。如是の七法は非化非作にして毀害すべからず。伊師迦草の如く、安住不動なる須彌山の如く、不捨不作なる猶し乳酪各の諍訟せざるが如し。若しは苦、若しは樂、若しは善、不善。之に利刀を投ずるに傷害する所なし。何以故。七分空中に妨礙きが故に命亦害する無し。何以故。害者及び死者あること無きが故に。無作無受・無説無聽・念者及び以教者あることなし。常に是法を説きて能く衆生をして一
切無量の重罪を滅除せしむ。是師今王舍大城に在り。唯願くは大王、其所に往至せよ。王若し見れば衆罪消滅せん」。時に王答へて言く「審かに能く如是の我罪を除滅せば我當に歸依せむ」。
復一臣あり、名て曰く實得。復た王所に至り即ち偈を説きて言く
「大王何が故ぞ 身は瓔珞を脱し 首髮蓬亂
乃至如是なる 王身何が故ぞ 戰慄不安なること
猶し猛風の花樹を吹動する如くなるや」
「王今何故ぞ容色愁悴すること猶し農夫の下種之後天不降雨にして愁苦すること如是なるが如くなるや。是れ心痛とやせん、身痛とせん耶」。
王即答言「我今身心豈に痛まざるを得んや。我父先王慈愛仁惻して特に矜念を見る、實に辜咎無し。往きて相師に問ふに相師答て言く『是の兒、生じ已りて定んで當に父を害すべし』と。是語を聞くと雖も猶瞻養す。曾って智者の如是の言を作すことを聞く。『若し人、母に通じ及び比丘尼を汚し、僧祇物を偸み、無上菩提心を發す者を殺し、及び其父を害す。如是之人は畢定んで當に阿鼻地獄に墮すべし』と。我今身心豈に痛まざるを得んや」。大臣復た言く「唯願くは大王。且く愁苦する莫れ。其の父王、解脱を修する者、害せば則ち有罪ならん。若し治國の法、殺せば則ち無罪ならん。大王。非法とは名けて無法と為す。無法とは名けて無法と為す。譬へば子なければ名けて無子と為すが如し。亦た惡子、又無子と名けるが如し。無子と言ふと雖も實には子なきに非ず。食に鹽無ければ名けて無鹽と為すが如し。食若し少鹽なるも亦た名けて無鹽と為すが如し。河に水無ければ名けて無水と為す。若し少
水あるも亦た名けて無水と為す。念念滅を名けて亦た無常と言ふ。住すること一劫と雖も亦た無常と名くるが如し。人受苦するを名けて無樂と為し、少樂を受くるも亦た名けて無樂と為すがごとし。不自在を名けて無我と為し、少しく自在なりと雖も亦た名けて無我となすがごとし。闇夜時を名けて無日と為し、雲霧之時も亦た無日と言ふが如し。大王、少法を名けて無法を為すと言ふと雖も實は法無きに非ず。願くは王、神を留めて臣の所説を聽け。一切衆生は皆な餘業あり。業縁を以ての故に數ば生死を受く。若し先王をして餘業あらしむれば、今王之を殺す竟に何の罪かあらん。唯だ願くは大王、寛意して愁ふる莫れ。何以故、
若し常に愁苦せば 愁遂に増長す 人憙び眠れば
眠則ち滋多し。 貪婬嗜酒も亦復た如是なり。
王の所言の如き、世に良醫の身心を治する者なし、とは。
・(刪闍耶毘羅胝子さんじゃびらていし。六師外道の一人。懐疑論者、不可知論。種々の形而上学的な問題に対して、人には知る能力がないとして確定的な答えをしなかった。十大弟子の舎利弗、大目犍連がはじめ師としていた。)
今大師ありて刪闍耶毘羅胝子と名く。一切を知見し、其智は淵深にして猶し大海の如し。大威徳ありて大神通を具す。能く衆生をして諸疑網を離れしむ。一切衆生知見覺せず。唯だ是れ一人のみ獨り知見覺す。今者、近く王舍城に在りて住す。諸弟子の為に如是の法を説く。一切衆中若し是れ王ならば、自在隨意に善悪を造作す。衆惡を為すと雖も悉く罪あることなし。火の物を燒きて淨不淨なきが如く、王も亦た如是なり。火と同性なり。譬ば大地の淨穢普く載す。是の事を為すと雖も初て瞋喜無きが如く王も亦た如是なり。地と同性なり。譬ば水性は淨穢倶に洗ふ。是の事を為すと雖も亦た憂喜無きが如く王も亦た如是なり。水と同性なり。譬ば風性の淨穢等しく吹く如く是の事を為すと雖も亦た憂喜無きが如し。王も亦た如
是なり。風と同性なり。秋の髠樹春は則ち還って生ずるが如く復た髠斫すと雖も實に罪あることなきが如く、一切衆生も亦復た如是なり。此の間に命終して此の間に還りて生ず。還りて生ずるを以ての故に當に何の罪か有るべきや。一切衆生の苦樂の果報は悉く皆な現在世の業に由らず。因は過去に有りて現在に果を受く。現在因なければ未來に果無し。現果を以ての故に衆生持戒し、勤修精進して現の惡果を遮す。持戒を以ての故に則ち無漏を得る。無漏を得るを以ての故に有漏業を盡す。業を盡くすを以ての故に衆苦を盡くすことを得。衆苦を盡くす故に解脱を得。唯だ願くは大王、速かに其所に往き、其をして身心の苦痛を療治せしめよ。王若し見れば衆罪則ち除かん」。王即答言「審かに是の師の能く我罪を除かば我當に歸依せん」。
復た一臣あり、名て悉知義。即ち王所に至りて如是の言を作す。「王今何が故に形端嚴ならざるや。國を失ふ者の如く、泉枯涸、池の無蓮花、樹の無花葉、破戒比丘の身に威徳無しが如くなるや。身痛と為す耶、心痛を為す乎」。王即ち答へて言く「我今身心豈に無痛を得んや。我父先王は慈惻流念なり。然れども我不孝にして報恩を知らず。常に安樂を以て我を安樂にす。而るに我、恩に背きて反りて其の樂を斷ず。先王無辜なるに横に逆害を興す。我亦
曾って聞智の説言を聞く。若し父を害するあらば當に無量阿僧祇劫に於いて大苦惱を受く、と。我今久しからずして必ず地獄に堕せむ。又良醫の我罪を救療する無し」と。大臣即ち言さく「唯願くは大王、愁苦を放捨せよ。王聞かず耶。昔王ありて名を曰く羅摩。其の父を害し已りて王位を紹ぐことを得。跋提大王・毘樓眞王・那喉沙王・迦帝迦王・毘舍佉王・月光明王・日光明王・愛王・持多人王、如是等の王皆な其の父を害して王位をつぐことを得たり。然も一王の地獄に入る者なし。今現在、毘琉璃王・優陀那王・惡性王・鼠王・蓮花王、
如是等の王は皆な其父を害す。悉く一王の愁惱を生ずる者なし。地獄餓鬼天中を言ふと雖も誰か見る者あらん。大王よ、唯だ二有あり。一は人道、二は畜生なり。是の二ありと雖も因縁生に非ず。因縁死に非ず。若し因縁に非ざれば何ぞ善惡あらん。唯だ願くは大王、愁怖を懐くこと勿れ。何以の故に、
若し常に愁苦せば 愁遂に増長す。 人の喜びて眠れば
眠則ち滋多きが如く 貪婬嗜酒も 亦復た如是なり。」
王所言の如く「世に良醫の身心を治する者無し」とは。
・阿耆多翅舍欽婆羅(あぎたししゃきんばら・六師外道のひとり。順世派祖。唯物論・快楽至上主義)
今、大師あり、阿耆多翅舍欽婆羅と名く。一切を知見す。金と土を観ずるに平等無二。刀右脇をきり、栴檀を左に塗る。此の二人において心無差別。怨親を等視し心に異相なし。此の師、眞に是世の良醫なり。若しは行、若しは立、若しは坐、若しは臥、常に三昧に在りて心分散なし。諸弟子に告げて如是の言を作す。「若しは自作、若しは教他作、若しは自斫、若しは教他斫、若しは自炙、若しは教他炙、若しは自害、若しは教他害、若しは自偸、若しは教他偸、若しは自淫、若しは教他婬、若しは自妄語、若しは教他妄語、若しは自飮酒、若しは教他飮酒、若しは一村一城一國を殺し、若しは刀輪を以て一切衆生を殺す。若しは恒河已南の衆生に布施し、恒河已北の衆生を殺害す。悉く罪福なし。施戒定なし」と。今、王舍城近在に住す。願くは王速く往かんことを。王若し見ば衆罪除滅せん」。王言く「大臣、審かに能く如是に我罪を除滅せば我當に歸依せん」と。
・(六師外道の一。迦羅鳩馱迦旃延きゃらくだかせんねん。絶対的な七元素の実体論を主張。行為に善悪の区別はない。人間には何の力もなく、精進による解脱を望んでも無駄と主張)
復た大臣あり、名て曰く吉徳。復た王の所に往きて如是の言を作す。「王今何が故に面に光澤無く日中の燈の如く、晝時の月の如く、失國の君の如く、荒敗の土の如くなるや。大王、今、四方清夷に諸の怨敵無し。而も今、何が故に如是に愁苦するや。身苦と為んや、心苦と為ん乎。諸王子ありて常に此の念を生ず『我今何時にか當に自在を得べきや』と。大王、今已に所願を果たし、自在に摩伽陀國を王領し、先王の寶藏具足して得。唯だ當に意を快うし情を縱ひままにし樂を受くべし。如是の愁苦は何に用經(よりて)か懷くや」。王即答言「我今、云何んぞ愁惱せざるを得ん。大臣よ、譬ば愚人の但、其味を貪りて利刀を見ざるがごとく、雜毒を食して其の過を見ざるが如し。我も亦た如是なり。鹿に草を見て深穽を見ざるが如く、鼠の貪食して猫狸を見ざるがごとし。我も亦た如是なり。現在樂を見て未來の不善の苦果を見ず。曾って智者に従ひて如是の言を聞く。寧ろ一日に三百矛を受けくとも父母において一念の惡を生ぜず。我今已に地獄の熾火に近ずく。云何んが當に愁惱せざるを得べき耶」。大臣復言く「誰か來りて王を誑して地獄ありと謂ふ。刺頭の尖の如き誰之所造ぞ。飛鳥の異色は復た誰の所作ぞ。水性の潤沢、石性の堅硬、風の動性の如き、火の熱性の如き、一切萬物の自死自生、誰の所作ぞ。地獄と言ふは直ちのに是れ智者の文辭造作なり。地獄と言ふは何の義ありと為す。臣當に之を説くべし。地は地と名け、獄は破と名く。地獄を破す、罪報あることなし。是を地獄と名く。又復た地は人と名け、獄は天と名く。其の父を害するを以ての故に人天に至る。是の義を以ての故に婆藪仙人唱て、羊を殺して人天の樂を得ると言ふ。是を地獄と名く。又復た地とは命と名け、獄とは長と名く。殺生を以ての故に壽命長きを得る。故に地獄と名く。大王、是の故に當に知るべし、實に地獄無し。大王、麥を種へて麥を得、稻を種へて稻を得るが如く、地獄を殺す者は還って地獄を得、人を殺害せば應還りて人を得る。大王、今當に臣の所説を聽くべし。實に殺害無し。若し我あらば實に亦た害無し。若し我無ければ復た害する所無し。何以故。若し我あらば常に變易せず。常住を以ての故に殺害すべからず。不破・不懷・不繋・不縛・不瞋・不喜、猶し虚空の如し。云何んが當に殺害之罪あるべきや。若し我なければ諸法無常なり。無常なるを以ての故に念念に壞滅す。念念に滅するが故に殺者死者皆念念に滅す。若し念念に滅せば誰か當に罪あるべきや。大王、火の木を燒くに火は則ち無罪なるが如く、斧の樹を斫るに斧は亦た無罪なるが如く、鐮の草を刈るに鐮は實に無罪なるが如く、刀の人を殺すに刀は實に人に非ず、刀既に無罪なるが如く、人云何んぞ罪あらん。毒の人を殺すが如き、毒は實に人に非ず、毒藥に罪なし。人云何んが罪あらんや。一切萬物は皆な亦た如是なり。實に殺害無し。云何んが罪あらんや。唯だ願くは大王、愁苦を生ずる莫れ。何以故に、
若し常に愁苦せば 愁遂に増長す。 人憙びて眠れば眠則ち滋多きが如く 貪婬嗜酒も 亦復た如是なり。
王の所言の如き、世に良醫の惡業を治する者なし、とは今大師あり、迦羅鳩馱迦旃延
と名く。一切知見す。三世を一念頃に明了し能く無量無邊の世界を見る。聲を聞くも亦た爾り。能く衆生をして過惡を遠離せしむこと猶し恒河の若しは内、若しは外、所有る諸罪皆な悉く清淨ならしむるが如し。是の大良師も亦復た如是なり。能く衆生の内外の衆罪を除く。諸弟子の為に如是の法を説く「若し人、一切衆生を殺害して心に無慚愧なれば終に惡に堕せず。猶し虚空の塵水を受けざるが如し。慚愧あらば即ち地獄に入る。猶し大水の地を潤濕するが如し。一切衆生は悉く是れ自在天之所作なり。自在天喜べば衆生安樂なり。自在天瞋らば衆生苦
惱す。一切衆生、若しは罪、若しは福、乃ち是れ自在天之所爲なり。云何んが當に人罪福有りと云ふべきや。譬へば工匠の機關、木人の行住坐臥、唯だ言ふこと能はざるを作すが如く、衆生も亦た爾なり。自在天とは喩へば工匠の如し。木人は喩へば衆生身なり。如是の造
化、誰か當に罪有るべきや。如是の大師は今王舍城に近在して住せり。唯だ願くは速かに往け。若し見れば衆罪消滅せん」。王即ち答へて言く「是の人能く我罪を滅することを審かにせば我當に歸依すべし」と。
・(六師外道の一人。尼乾陀若提子(にけんだにゃだいし。マハーヴィーラ。ジャイナ教祖。ヴェーダの権威を否定し、多元論的な積聚説を説き、現世に苦行を修めることにより来世に福徳を得るといい、禁戒を守り苦行を実践する苦行主義を教えた。)
復一臣あり、無所畏と名く。王所に往至して如是の言を説く「大王、世に愚人あり。一日之中に百喜百愁百眠百寤百驚百哭す。有智之人は悉く是の事無し。大王よ、何が故に憂愁如是なるや。侶を失ふ客の如く、深泥に堕して救拔する者無きが如く、人の渇乏して漿水を得ざるが如く、猶し迷人に導く者無きが如く、困病人の醫救療無きが如く、海船破れて救接者無きが如し。大王、今者身痛と為すや心痛と為す乎」。王即答言「我今、身心豈に痛まざるを得んや。我惡友に近ずき口過を観ず。先王無辜にして横ひままに逆害を興す。我今定んで知りぬ、當に地獄に入るべし、と。復た良醫の救濟を見るなし」。臣即白言「唯だ願くは大王、
愁毒を生ずること莫れ。夫れ刹利とは名けて王種と為す。若しは國土の為、若しは沙門及婆羅門の為、人民を安んぜんが為には復た殺害すとも罪あること無き也。先王、復た沙門を恭敬すと雖も、諸婆羅門に承事すること能はず。心は平等無し。無平等の故に則ち刹利に非ず。大王、今者、諸婆羅門を供養せんんと欲するが為に先王を殺害す、當に何の罪か有らんや。大王、實には殺害無し。夫れ殺害とは壽命を殺害す。命は風氣と名く。風氣の性は殺害すべからず。云何んが命を害せんや、而も當に罪あるべきや。唯だ願くは大王、復た愁苦する莫れ。何以故、
若し常に愁苦せば 愁は遂に増長す。 人の憙びて眠れば
眠則ち滋多きが如し 貪婬嗜酒も亦復如是なり。
王の所言の如き、世に良醫のよく療治する者無し、とは今大師あり。尼乾陀若提子と名く。一切知見し衆生を憐愍す。善く衆生の諸根利鈍を知り、一切の隨宜方便を達解し、世間
の八法を能く汚すこと能はず。寂靜にして清淨梵行を修習す。諸弟子の為に如是の言を説く。「施無く善無く父無く母無し。今世無く後世無し。阿羅漢無く、修無く、道無し。一切衆生
は八萬劫を経れば生死輪に於いて自然に得脱す。有罪・無罪、悉く亦た如是なり。四大河の如く、所謂る辛頭・恒河・博叉・私陀なり。悉く大海に入りて差別あること無し。一切衆生も亦復た如是なり。解脱を得る時、悉く無差別」と。是の師、今王舍城に在し住す。唯だ願くは大王、速かに其所に往け。若し見ゆることを得ば衆罪消除せむ」。王即答て言く「是師能く我罪除す有るを審かにせば我當に歸依せむ」と。
爾時大醫、名て曰く耆婆、王所に往至し白して言さく「大王、安眠を得るや不や」。王偈を以て答て言く
若し能く一切諸煩惱を永斷し、
染三界を貪らざれば 乃ち安隱眠を得ん
若し大涅槃を得 甚の深義を演説せば
眞の婆羅門と名く 乃ち安隱眠を得ん。
身に諸惡業無く 口に四過を離れ
心に疑網あること無ければ 乃ち安隱眠を得ん。
身心に熱惱無く寂靜處に安住し
無上樂を獲致せば 乃ち安隱眠を得ん。
心に取著あることなく諸怨讐を遠離し
常に和して諍訟なければ 乃ち安隱眠を得ん。
若し惡業を造らず 心常に慚愧を懷き
惡に果報有るを信ずれば 乃ち安隱眠を得ん。
父母を敬養し 一生命をも害せず
他の財物を盗まざれば 乃ち安隱眠を得ん。
諸根を調伏し善知識に親近し
四魔衆を破壞せば 乃ち安隱眠を得ん。
吉・不吉及び以苦樂等を見ず
諸衆生の為の故に生死に輪轉す
若し能く是如ならば 乃ち安隱眠を得ん。
誰か安隱眠を得ん、 所謂諸佛是なり。
深く空三昧を観じて 身心安んじて動ぜず、
誰か安隱眠を得ん、 所謂る慈悲者なり。
常に不放逸を修し 衆を視ること一子の如し、
衆生無明冥く 煩惱果を見ず
常に諸惡業を造りて 安隱眠を得ず。
若し自身及び他人身の為に
十惡業を造作せば 安隱眠を得ず。
若し樂の為の故に父を害して過咎無しと言へば
是れ惡知識に随ふ 安隱眠するを得ず。
若し食、節度に過ぎ 冷飮して過差す、
如是なれば則ち病苦す 安隱眠を得ず
若し王において過有りて他婦女を邪念し
及び壙路を行かば 安隱眠するを得ず。
持戒果未だ熟さず 太子未だ位を紹がず
盜者未だ財を獲えざれば 安隱眠するを得ず」。
耆婆よ、我今病重し。正法王において惡逆害を興す。一切の良醫・妙藥・呪術・善巧も瞻病治すこと能はざる所なり。何以故に。我父法王は如法に國を治む。實に無辜咎なるに横ひままに逆害を加ふ、魚の陸に處るが如く、當に何の樂か有るべきや。鹿に弶に在りて初て歡心無きが如く、人自ら命に終る日を知らざるが如く、王の國を失ひて他土に逃迸するが如く、人の病療治すべからざるを聞くが如く、破戒者の罪過を説くが如し。我昔、曾って智者の説きて言ふを聞く『身口意業若し不清淨ならば、當に知るべし、是の人必ず地獄に堕せん』と。我亦た如是なり。云何んが當に安隱眠を得ん耶。今我に又た無上大醫の法藥を演説にて我が病苦を除く無し」。耆婆答て言ふ「善哉善哉。王、罪を作ると雖も心に重悔を生じて慚愧を懐く。大王よ、諸佛世尊は常に是の言を説く、『二白法ありて能く衆生を救ふ。一に慚、二に愧。慚とは自ら罪を作らず。愧とは他を教へて作らしめず。慚とは内に自ら羞恥す。愧とは發露して人に向ふ。慚とは人に羞ず。愧とは天の羞ず。是を慚愧と名く。慚愧なき者は名けて人と爲さず。名けて畜生と為す。慚愧有るが故に則ち能く父母師長を恭敬す。慚愧あるが故に父母兄弟姊妹あり。善哉、大王、具に慚愧あり。大王且く聽け。臣、佛説を聞くに、智に二有り。一は諸惡を造らず。二は作り已りて懺悔す。愚に亦二あり。一には罪を作る。二には覆藏す。先に惡を作ると雖も後に能く發露、悔し已りて慚愧して更に敢て作らず。猶し濁水に之に明珠を置かば珠の威力を以て水即ち清と為すが如く、烟雲除かば月則ち清明なるが如く、作惡能く悔するも亦復た如是なり。王よ、若し懺悔し慚愧を懷かば、罪即ち除滅して清淨なること本の如し。大王よ、富に二種あり。一には象馬種種畜生。二には金銀種種珍寶。象馬多しと雖も一珠に敵せず。大王よ、衆生も亦た爾なり。一には惡富。二には
善富。多く諸惡を作るは一善に如かず。臣佛説を聞くに『一善心を修せば百種の惡を破す』と。大王よ、少金剛の能く須彌を壊すが如く、亦た少火の能く一切を焼くが如く、少毒藥の能く衆生を害するが如く、少善も亦た爾なり、能く大惡を破す。少善と名くと雖も其の實は是れ大なり。何以故。大惡故を破すが故に。大王よ、佛の所説の如し。覆藏する者は漏。覆藏せざる者は則ち漏あることなし。發露悔過す是の故に漏ならず。若し衆罪を作り覆せず藏せざれば、不覆を以ての故に罪則ち微薄なり。若し懷して慚愧せば罪則ち消滅す。大王よ、水渧の微なりと雖も漸く大器に盈つるが如く、善心も亦た爾なり。一一の善心は能く大惡を破す。若し罪を覆せば罪則ち増長す。發露慚愧せば罪則ち消滅す。是の故に諸佛は有智の者は罪を覆藏せずと説く。善哉大王、能く因果を信じ業を信じ、報を信ず。唯だ願くは大王、愁怖を懐く莫れ。若し衆生ありて諸罪を造作し覆藏して悔せず、心慚愧無く、因果及び業報を見ず、有智の人に諮啓する能はず、善友に近ずかず、如是の人は一切の良醫乃至瞻病の能く治すること能はざる所なり。迦摩羅病(癩病)の世醫拱手するが如し。覆
罪の人も亦復た如是なり。云何んが罪人、一闡提と謂ふや。一闡提とは因果を信ぜず、慚愧有ることなく、業報を信ぜず、現在及未來世を見ず、善友に親しまず、諸佛所説の教誡に随はず、如是の人を一闡提と名く。諸佛世尊の能く治せざる所なり。何以故。世の死屍、醫は能く治せざるが如く、一闡提者も亦復た如是なり。諸佛世尊の治する能はざる所なり。大王よ、今は一闡提に非ず。云何んが救療すべからずと言ふや。王の所言の如く「能く治する者無し」とは、大王よ當に知すべし、迦毘羅城淨飯王の子、姓は瞿曇氏、字は悉達多。無師覺悟し自然に阿耨多羅三藐三菩提を得。三十二相八十種好、其の身を莊嚴し、十力四無所畏を具足し一切知見す。大慈大悲に一切を憐愍すること羅睺羅の如し。善く衆生に随ふこと犢の母を逐ふが如し。時を知りて説き、非時には語らず、實語・淨語・妙語・義語・法語・一語、能く衆生をして煩惱を永離せしむ。善く衆生の諸根心性を知り、隨宜方便して通達せざるなし。其の智は高大なること須彌山の如く、深邃廣遠なること猶し大海の如し。是の佛世尊、金剛智有り。能く衆生の一切の惡罪を破す。若し不能と言はば是の處(ことわり)あることなし。今、此を去ること十二由旬、拘尸那城娑羅雙樹の間に在りて無量阿僧祇等の諸菩薩僧の為に、種種の法を演ず。若しは有、若しは無、若しは有爲、若しは無爲、若しは有漏、若しは無漏、若しは煩惱果、若しは善法果、若しは色法、若しは非色法、若しは非色非非色法、若しは我、若しは非我、若しは非我非非我。若しは常、若しは非常、若しは非常非非常。若しは樂、若しは非樂、若しは非樂非非樂。若しは相、若しは非相、若しは非相非非相。若しは斷、若しは非斷、若しは非斷非非斷。若しは世、若しは出世、若しは非世非出世。若しは乘、若しは非乘、若しは非乘非非乘。若しは自作自受、若しは自作他受、若しは無作無受なり。大王よ、若し當さに佛所に於いて無作無受を聞くべし。所有る重罪は即ち當に滅せん。王今且く聽け。釋提桓因は命將に終らんと欲せん時五相ありて現る。一には衣裳垢膩。二には頭上の花萎む。三には身體臭穢。四には腋下汗出。五には不樂本座。時に天帝釋、或は靜處において若しは沙門、若しは婆羅門を見ば即ち其所に至りて佛想を生ず。爾時、沙門及び
婆羅門、帝釋の來るを見て深く自ら慶幸して即ち是語を説く「天主、我今汝に歸依す」と。釋は是を聞き已りて乃ち佛にあらざるを知り、復た自ら念言すらく「彼若し佛にあらざれば我が五退沒の相を治すること能はず」と。是時、御臣を般遮尸と名く。帝釋に語りて言く「憍尸迦、乾闥婆王を敦浮樓と名く。其の王に女ありて須跋陀と字す。王若し能く此女を以て與へなば臣當に王に衰相を除く處を示すべし。釋即ち答て言く「善男子。毘摩質多阿修羅王(びみしったあしゅらおう)に女あり。舍脂といふ。是れ吾が所敬なり。卿若し必ず能く吾に惡相を生滅する處を示さば、猶當に相與ふべし。況んや須跋陀をや。憍尸迦よ、佛世尊あり。
釋迦牟尼と字す。今者王舍大城に在り。若し能く彼に往きて未聞を諮禀せば衰沒之相必ず除滅することを得ん。善男子よ、若し佛世尊、審かに能く滅せば、便ち駕を迴して其の住處に至るべし。」御臣奉命して即ち車乘を迴して王舍城耆闍崛山に到る。佛所に至りて頭面禮足して却りて一面に坐して白佛言、
「世尊。天人之中誰か繋縛を為すや。」「憍尸迦よ、慳貪嫉妬」又言さく「慳貪嫉妬、何に因りてか生ず」。答言く「無明に因りて生ず。」又言く「無明復た何に因りてか生ず」。答言く「放逸に因りて生ず」。又言く「放逸は復た何に因りてか生ず」。答言く「顛倒に因りて生ず」。又言く「顛倒は復た何に因りてか生ず」。答言く「疑心に因りて生ず」「世尊、顛倒
之法は疑に因りて生ずとは實に聖教の如し。何以故。我疑心あり。疑心を以ての故に則ち顛倒を生じ非世尊において世尊の想を生ず。我今佛を見て疑網即ち除く。疑網除くが故に顛
倒も亦た盡く。顛倒盡くが故に慳心乃至妬心あることなし。佛言く「汝、慳妬心あることなしと言ふは、汝今已に阿那含を得る耶。阿那含者は貪心あることなし。若し貪心なければ云何んぞ命の為に我所に來至す。阿那含の如きは實に求命せず。」「世尊、顛倒ありとは則ち求命することあり。顛倒なければ則ち命を求めず。然るに我今者、實に命を求めず。求めんと欲する所の者は唯佛法身及佛智慧なり」。「憍尸迦よ、佛法身及佛智慧を求めば、將來之世必ず當に之を得べし。」
爾時帝釋、佛説を聞き已りて五衰沒相即時に消滅す。便ち起ちて作禮し佛を遶り三匝して恭
敬合掌して白佛言「世尊、我今、即死即生し失命し得命せり。又、佛の當に阿耨多羅三藐三菩提を得べしと記するを聞く。是を更生と為す、更に得命と為す。世尊、一切の人天、云
何んが増益せん、復た何の縁を以てか損減を致すや」。「憍尸迦、鬪諍因縁は人天を損減す。善く和敬を修して則ち増益を得る。」「世尊、若し鬪諍を以て損減せば、我今日より更に復た阿修羅と戰はず」。佛言く「善哉善哉。憍尸迦。諸佛世尊、説忍辱法は是れ阿耨多羅三藐三菩提の因なりと説く」
爾時、釋提桓因、即ち前みて佛を禮し是に於いて還去す。
「大王、如來は能く諸惡相を除くを以て是の故に佛不可思議と稱す。王、若し往者に所有するところの重罪は必ず當に除することを得ん。大王、且く聽け。婆羅門子あり。字を不害と曰ふ。無量の諸衆生を殺すを以ての故に鴦崛魔と名く。復た母を害せんと欲し惡心起る時、身亦隨ひて動ず。身心動ずるは即ち五逆の因なり。五逆の因の故に必ず地獄に堕す。後に
佛を見たてまつる時、身心倶に動じて復た害を生ぜんと欲す。身心動ずるは即ち五逆の因なり。五逆の因の故に當に地獄に入るべし。是人、如來大師に遇ふを得て即時に地獄因縁滅することを得て阿耨多羅三藐三菩提心を發す。是故に佛を稱して無上醫と爲す。六師に非ざる也。大王よ、復た須毘羅王子あり。其父之を瞋りて其手足を截りて之を深井に推す。其母矜愍して人をして牽出せしめ將ゐて佛所に至る。佛を尋見する時、手足還た具す。即ち阿耨多羅三藐三菩提心を發す。大王よ、佛を見たてまつるを以ての故に現果報を得る。是の故に佛を稱して無上醫と為す、六師に非ざる也。大王よ、恒河邊に諸餓鬼あり。其數五百、無量歳に於いて初て水を見ず。河上に至ると雖も純ら流火を見、飢渇に逼られ發聲號哭す。爾時、如來、其の河側の欝曇鉢林(うどばりん)に在りて一樹下に坐す。時に諸餓鬼佛所に來至して白佛言「世尊。我等飢渇して命將に遠からじ」。佛言く「恒河流水汝何ぞ
飮まざるや。」鬼即答言「如來は水を見、我は則ち火を見る」。佛言く「恒河清流は實に火に非ざる也。惡業を以ての故に心自顛倒し謂って是を火と為す。我當に汝が為に顛倒を除滅して汝をして水を見せしむべし。」
爾時世尊、廣く諸鬼の為に慳貪の過を説きたまふ。諸鬼即言く「我今渇乏して法言を聞くと雖も都て心に入らず。」佛言く「汝若し渇乏せば先ず河に入りて恣意に之を飮むべし。」是の諸鬼等、佛力を以ての故に即ち飮水を得、既に飮水し已りて如來復た爲に種種に
説法したまふ。既に聞法し已りて悉く阿耨多羅三藐三菩提心を發し、餓鬼形を捨てて天身を得るが如し。大王、是故に佛を稱して無上醫と為す、六師に非ざる也。大王よ、舍婆提國に群賊五百あり。波斯匿王、其目を挑出す。前導なければ往きて佛所に至ること得ること能はず。佛憐愍の故に即ち賊所に至り之を慰喩して言く「善男子。善く身口を護り更に造惡する勿れ」。諸賊即時に如來音微妙清徹なるを聞き尋で還りて得眼す。即ち佛前に於いて合掌禮佛して白佛言「世尊。我今佛の慈心普く一切衆生を覆に獨り人天に非ざるを知る。」爾時如來即ち爲に説法す。既に聞法已りて悉く阿耨多羅三藐三菩提心を發す。是故に如來は眞に是れ世間無上良醫にして六師に非ざる也。
大王よ、舍婆提國に旃陀羅の名を氣嘘と曰ふ有り。無量の人を殺す。佛弟子大目犍連を見、即時に地獄の因縁を破ることを得て三十三天に上生するを得たり。如是の聖弟子有るを以ての故に佛如來を稱して無上醫と為す、六師に非ざる也。
大王よ、波羅捺城に長者子の阿逸多と名くる有り。其母に婬匿し是の因縁を以て其父を殺戮す。其母復た外人と通じ子は既に知り已ちて便ち復た之を殺す。阿羅漢有り、是其の知識なり。此知識に於いて復た愧恥を生じ即便ち之を殺す。殺し已りて即ち祇桓精舍に到りて出家を求欲す。時に諸比丘、具さに此の人に三逆罪あるを知りて敢て聽す者なし。聽さざるを以ての故に倍す瞋恚を生ず。即ち其夜に大ひに猛火を放ちて僧坊を焚燒し多く無辜を殺す。然る後に復た王舍城中に往き如來所に至りて出家を求哀す。如來即ち聽し爲に法要を説きたまひ、其の重罪をして漸漸に輕微にし阿耨多羅三藐三菩提心を發せしむ。是の故に佛を稱して世良醫と為す、六師に非ざる也。大王よ、王の本性は暴惡なり。悪人を信受して提婆達多は大醉象を放ちて佛を踐ましめんと欲す。象既に佛を見て即時に醒悟す。佛便ち手を申べて其頂上を摩して復た爲に説法し、悉く阿耨多羅三藐三菩提心を發することを得せしむ。大王よ、畜生は佛を見たてまつり畜生の業果を破壞することを得る。況んや復た人において耶。大王よ當に知るべし、若し佛を見たてまつる者は所有る重罪必ず當に滅することを得る。大王よ、世尊未だ阿耨多羅三藐三菩提を得ざるの時、魔と無量無邊眷屬と菩薩所に至る。菩薩爾時忍辱力を以て魔の惡心を壞し魔をして法を受法け尋いで阿耨多羅三藐三菩提心を發せしむ。佛は如是の大功徳力あり。大王よ、壙野鬼ありて多く衆生を害す。如來爾時、善賢長者の為に壙野村に至り其の為に説法す。時に壙野鬼聞法し歡喜し、即ち長者を以て如來に授く。然る後に便ち阿耨多羅三藐三菩提心を發す。大王よ、波羅㮈國に屠兒あり、名を廣額と曰ふ。日日中において無量の羊を殺す。舍利弗を見て即ち八戒を受け一日夜を經る。
是の因縁を以て命終して北方天王毘沙門の子となることを得。如來の弟子すら尚ほ如是の大功徳果あり。況んや復た佛を也。大王よ、北天竺に城あり、名て細石と曰ふ。其の城に王あり、名て龍印と曰ふ。國を貪り位を重んじて其父を戮害す。其の父を害し已りて
心に悔恨を生じ、即ち國政を捨てて佛所に來至し出家を求哀す。佛、善來と言ひ、即ち比丘と成す。重罪消滅して阿耨多羅三藐三菩提心を發す。大王よ當に知るべし。佛には如是の無
量無邊大功徳果あり。大王よ、如來に弟の提婆達多ありて衆僧を破壞し佛身より血を出し、蓮花比丘尼を害し、三逆罪を作す。如來爲に種種法要を説き、其の重罪をして尋いで
微薄を得しむ。是故に如來を大良醫と為す、六師に非ざる也。大王よ、若し能く臣が語を信ずれば、唯だ願くは速かに如來所に往至せよ。若し見信せざれば願くは善く之を思へ。大王よ、諸佛世尊は大悲普く覆ひて一人に限らず。正法弘廣して包まざる所なし。怨親平等にして心に憎愛なし。終に偏へに一人の為に阿耨多羅三藐三菩提を得しめて餘人は得ざるに非ず。如來、獨り四部之師なるに非ず。普く是一切天人龍鬼地獄畜生餓鬼等の師なり。
一切衆生も亦た當に佛を視ること父母の想の如し。大王よ、當に知るべし、如來は但だ獨り豪貴之人跋提迦王の為に法を演説法するに非ず。亦た下賤の優波離等の為にす。獨り偏へに須達多阿那邠坻(しゅだったあなひんてい・給孤独園長者)所奉の飯食を受くるに非ず。亦貧人須達多の食を受るなり。但だ獨り舍利弗等の利根の為に説法するに非ず。亦た鈍根周梨槃特の為に為す。但だ獨り大迦葉等無貪之性出家求道を聽すに非ず。亦た大貪難陀の出家を聽す。但だ獨り煩惱薄者優樓頻螺迦葉等の出家求道を聽すに非ず。亦た煩惱深厚造重罪者波斯匿王弟優陀耶の出家求道を聽す。莎草(ササメ・かやつりぐさ)の恭敬供養を以て其の瞋根を抜き鴦崛摩羅の惡心害せんと欲するを捨てて救はざるに非ず。但だ獨り有智男子の為に法を演説するに非ず。亦た極愚牉合智者女人の為に説法す。但だ獨り出家之人をして四道果を得せしめず、亦た在家をして三道果を得せしむ。但だ獨り富多羅(犢子部のこと)等の諸怱務を捨て閑寂思惟する為に法要を説かず、亦頻婆娑羅王等の國事を統領して王務を理する者の為に法要を説く。但だ獨り斷酒之人の為にせず、亦た耽酒の郁伽長者(いくがちょうじゃ・舎衛國の長者で出家者とおなじ戒を守ったとされる)荒醉者の為に説く。但だ獨り入禪定者離婆多(りはた・舎利弗の弟)等の為にせず、亦子を喪ひて亂心の婆羅門女婆私吒(ばした・雜阿含經三十四に説く、六子を失い狂亂し露形して馳走し、世尊を見て本心に帰り三歸戒を受けた)の為に説く。但だ獨り己の弟子の為にせず、亦た外道尼乾子(ジャイナ教徒)の為に説く。但だ獨り盛壯之年二十五の者の為にせず、亦た衰老八十の者の為に説く。但だ獨り根熟之人の為にせず、亦た善根未熟者の為に説く。但だ獨り末利夫人(舎衛国波斯匿王妃・勝鬘の母)の為にせず、亦た婬女蓮花女の為に説く。但だ獨り波斯匿王の上饌甘味を受けず、亦た長者尸利毱多(しりきくた・佛を害そうとしたが逆に佛に帰依した)の雜毒之食を受く。大王よ當に知るべし、尸利毱多住昔亦た逆罪之因を作し佛に遇ひ聞法するを以て即ち阿耨多羅三藐三菩提心を發す。大王よ、假使へ一月常に衣食を以て一切衆生を供養恭敬するも、人有りて一念に佛を念ずる所得の功徳の十六分一にも如かず。大王よ、假使へ鍛金して人を為り車馬に寶を載せ、其數各百、以って布施に用ふとも、人ありて發心して佛に向ひ、擧足一歩するに如かず。大王よ、假使へ復た象車百乘を以て、大秦國の種種珍寶を載せ、及び其の女人、身に瓔珞を佩び、數亦百に滿つるを持用ひて布施せんも、猶故ほ發
心して佛に向ひ擧足一歩するに如かず。復た是の事を置き、若し四事を以て三千大千世界の所有る衆生を供養せんも、猶ほ亦た發心して佛に向ひ擧足一歩するに如かず。復た是事を置き、。若し大王をして恒河沙等無量衆生を供養恭敬せしむとも、一たび娑羅雙樹に往き如來所に到りて誠心に聽法するに如かず」。
爾時大王答て言く「耆婆よ、如來世尊は性已に調柔なり。故に調柔を得、以って眷屬と為す。栴檀林の純ら栴檀を以て而も圍遶を作すが如く、如來清淨にして所有る眷屬も亦復た清淨なり。猶ほ大龍の純ら諸龍をして眷屬と為すがごとく、如來寂靜にして所有る眷屬も亦復た寂靜なり。如來は貪所なく、有あらゆる眷屬も亦復た無貪なり。佛は煩惱なく、所有る眷屬も亦た煩惱無し。吾今既に是の極惡之人、惡業纒裹し其の身臭穢にして地獄に繋屬す。云何んが當に如來所に至るを得べきや。吾設し往かば恐く顧念し接叙言説せじ。卿、
吾を勸めて佛所に往かしむと雖も、然も吾今日深く自ら鄙悼して都て去心なし」。
爾時虚空に尋いで聲を出して言く「無上佛法將に衰殄せんとす。甚深の法河是において涸れんとす。大法明燈將に滅せんとする久しからじ。法山頽れんと欲し、法船沈せんと欲す。法橋壞れんと欲し、法殿崩れんと欲す。法幢倒れんと欲し、法樹折れんと欲す。善友去らんと欲し、大怖至らんと欲す。法餓の衆生將に至らんとすること久しからじ。煩惱疫病將に
流行せんと欲す。大闇時に至り、渇法時來る。魔王欣慶して甲冑を解釋し、佛日將に大涅槃山に没せんとす。大王よ、佛若し世を去りたまはば王の重惡更に治する者なけん。大王よ、汝今已に阿鼻地獄極重之業を造る。是業縁を以て必ず受くること疑はず。大王よ、阿とは無と言ひ、鼻とは間と名く。間に暫樂なきが故に名て無間といふ。大王よ、假使へ一人獨り是の獄に堕するとも、其の身長大にして八萬由旬なり。其中に遍滿して間に空處なし。其身周匝して種種の苦を受く。設ひ多人あるも身は亦た遍滿して相妨礙せず。大王よ、寒地獄中暫く熱風に遇はば之を以て樂と為す。熱地獄中に暫くも寒風に遇はば亦た名て樂と為す。地獄中設ひ命終し已るに若し活聲を聞かば即便ち還活す。阿鼻地獄都て此事なし。大王よ、阿鼻地獄に四方に門あり。一一の門外に各の猛火あり。東西南北交過通徹す。八萬由旬周匝して鐵牆あり。鐵網彌覆し其の地も亦た鐵なり。上火下に徹し、下火は上に徹す。大王よ、若し魚の𨫼にありて脂膏焦然するが如く是中の罪人も亦復た如是なり。大王よ、一逆を作る者は則便ち具さに如是の一罪を受く。若し二逆罪を造らば即ち二倍し、五逆を具する者は罪も亦た五倍す。大王よ、我今定んで王之惡業必ず免るることを得ざるを知る。唯だ願くは大王、速かに佛所に往け。佛世尊を除きて餘の能く救ふもの無し。我今汝を愍むが故に
相勸導す」。
爾時大王是語を聞き已りて、心に怖懼を懐き擧身戰慄し五體掉動すること芭蕉樹の如し。仰ぎて答へて曰く「天是れ誰とか為す。色像を現ぜずして而も但だ聲あり。大王よ。吾は
是れ汝が父頻婆娑羅なり。汝今當に耆婆の所説に随ふべし。邪見六臣之言に
隨ふこと莫れ。
時に王聞已りて悶絶躄地し身瘡増劇し臭穢倍前す。冷藥を以て塗りて之を治すと雖も
瘡烝毒熱して但だ増して損ずることなし。
大般涅槃經卷第十七