福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

天皇陛下の御即位灌頂について・3

2019-03-03 | 法話
日本における即位灌頂については「御即位灌頂 冨田斆純」にその精神が書かれています。
「御即位とは天津日嗣高御座業(あまつひつぎたかみくらわざ、続日本紀・文武天皇宣命の記述)であるからその御精神は万世不変のものである。そもそも御即位礼の起源は天祖天照大神が皇孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に『豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらの ちいおあきの みずほのくに)は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。爾皇孫、就でまして治らせ。行矣。宝祚の隆、当に天壌と窮まり無かるべき者なり。(「天壌無窮の神勅」、日本書紀神代紀)』と仰せられて三種の神器を授けられたのが起源である。」

神武天皇のご即位は日本書紀によると「辛酉の年の春正月(かのととりのはるむつき)、庚辰(かのえたつ)の朔(ついたち、BC660/2・11)。天皇(すめらみこと)、橿原宮(かしはらのみや)に於いて即帝位(あまつひつぎしろしめす)。是歳(このとし)を天皇元年(すめらみことのはじめとし)と為す」とされています。古語拾遺にはこの時の様子を記しています。「・・天富命(あめのとみのみこと)は、・・斎斧・斎鋤(いみおのいみすき)を持ち、山を採取し、 正殿を建てた。[底津磐根(ソコツイワネ)に太い宮柱を建てて、 高天原に届くほど高く御殿を造られた。]・・また、天富命(あめのとみのみこと)は斎部の諸氏を率いて種々の神宝・鏡・玉・矛・楯・木綿・麻等を作らせ、 櫛明玉命の孫は御祈玉(ミホギタマ)を造った。・・また、手置帆負命(
たおきほおいのみこと/天照大神が天岩戸に隠れられたとき、彦狭知命と共に瑞殿を造営した神で、工匠守護の神
)の孫は矛竿を作った。・・また皇天二祖の詔のままに神籬を建てた。・・日臣命(ひのおみのみこと/大伴氏の祖。神武天皇即位の際には宮門の警衛を務めた。)は来目部(くめべ・宮廷の警護担当の氏)を率いて宮門を守りその開閉を掌った。饒速日命(にぎはやひのみこと・天孫降臨に先だち、天磐船(あまのいわふね)に乗って天下ったという神。物部氏の祖神と伝える)は内の物部氏を率いて矛と楯を造り、 天富命(あめのとみのみこと)は諸の斎部を率いて天の璽の鏡と剣を捧げ持ち正殿に安置して共に瓊玉を懸けて、その幣物を陳列して殿祭りの祝詞をした。その後、物部は矛楯を立て、大伴来目(おおとものくめ)は杖を建てて門を開け、 四方の国に朝廷と天位の貴い事を示させた。・・」


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